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すやすやと眠っていたアルトだったけれど、一刻ほど経つと、まるで何事もなかったようにぱちりと目を覚ました。でも、目を覚ましたその姿は――やっぱり、あのときのままだった。
銀灰色だったふわふわの毛並みは光をはじくような純白に変わり、もふもふ度がアップしている。ひとまわり大きくなった身体には、透き通る羽がふわりと揺れていた。
額には、仄かに光る角が生えていて、その姿は神々しさと愛らしさが同居していた。どうやらこの変化は、一時のものではなく、アルト自身の「本来の姿」だったらしい。
そんなアルトが、ルカと中庭でのんびりと過ごしていると、貴婦人たちが一斉に近づいてきて、口々に褒め称えた。
「まぁ、なんてお行儀のいい子ですこと! あんなに優雅な神獣、まるでおとぎ話の中から抜け出してきたみたい!」
「見てくださいませ。あの繊細な羽、もしかしたら飛べるのかしら? 素敵! また輝く角が愛らしいですわね」
アルトはふわりと尻尾を揺らして得意げな顔をしていた。
「あるとはすごいんだよ! ぼくのいちばんのおともだち!」
ルカも誇らしげに言うと、旦那様もにやりと笑った。
「そりゃあ自慢もしたくなるさ。守ってくれて、寝ぼけたルカに毛を引っ張られても、じっとしてる神獣なんて、そうはいない」
「ふふ、本当ね。アルトったら、皆に褒められてすっかり得意になっているわ」
アルトはちらりとこちらを見て、ますます胸を張った。
「さすが神獣様……子供がお好きなのですわね」
義姉のヴェルツェル公爵夫人が感心したように言うと、貴婦人たちも一様に頷き、なかにはありがたがって両手を合わせて拝んでいる方までいた。
私は、よく頑張ったアルトへのご褒美に、苺をひと粒差し出す。大きな身体の神獣が、それを大事そうに、ちょっとずつかじって食べる姿が愛らしい。もちろん、ルカにも苺をあげる。ふたりして並んで苺を頬張っている様子は、この上なく微笑ましくて、まるで絵本の一場面のようだった。
幸せそうな顔を見ているだけで、胸の奥がふんわりとあたたかくなる。自慢の家族よ。
◆◇◆
そして、夜。
食卓を囲む我が家の団らんの時間。今日もレオンとルカと、こうして並んで座れることが、私には何より嬉しい。
「ルカ、にんじんさんもピーマンさんも、ちゃんと食べてあげなきゃ」
「……うん……ちょっとだけなら……」
そう言いながら、ルカはそっと手元のお皿をずらして、アルトの方にピーマンを放り投げた。見ていないふりをして、私は心の中で笑った。案の定、アルトは何も言わずに、ぱくりとピーマンを飲み込んだ。
「……アルト、お前……共犯か?」
旦那様がぼそりと呟いて、ふふっと笑いをこらえる。
ルカも「アルトはやさしいんだよ」と得意げに言っていた。
「まったく、しょうがない子たちね」
私は呆れたふりをしながら、つい笑みをこぼしてしまう。
こんなふうに、笑いながら過ごせる日々が、いつまでも続いてくれたら――そう願わずにはいられなかった。
食後にはルカとアルトがじゃれ合い、旦那様と私は湯気の立つお茶をゆっくりと口に運ぶ。とりとめのない会話をしながら、私は静かに、心からの幸福を噛みしめていた。
※レオン視点
王都騎士団本部の執務室に、予期せぬ知らせが届いた。
「団長、至急の命です。陛下が、ただちにお越し願いたいと」
伝令の言葉に、俺は眉をひそめた。
「理由は?」
「神殿より、何やら“報告”が届いたとか……詳しくはわかりません」
「神殿から……?」
その言葉に、一瞬だけ眉が動いた。
だが、心当たりはまるでない。
神殿と何か揉めるような覚えなんて――いや、むしろここ数年、関わること自体がほとんどなかったはずだ。なぜ、自分が? 首をかしげるしかないまま、俺は王宮へと向かった。
謁見の間に着くと、陛下から早速お言葉がかけられる。
「レオン、神殿からこんな文書が届いている」
陛下が机上の羊皮紙を指さした。
手に取って目を通した瞬間、息が詰まるのを感じた。
『王都騎士団長レオン殿が、神獣を私的に操り、騎士団の力をもって王都制圧を企てている――との密告が神殿に寄せられました。つきましては、当該事案についての事実確認のため、レオン殿を神殿へ召喚いたしたく、陛下のご裁可を賜りたく存じます』
……は?
一瞬、誰のことを指しているのかわからなかった。
しかし、どこをどう読んでも、俺のことだ。
だが、何をどうしたらこんな話になる?
冗談にもほどがある。
まったくもって、荒唐無稽。
「誰がこんな……」
俺が呟くと、陛下も苦笑を浮かべた。
「くだらない話だと余も思っている。だが、神殿からの正式な要請だ。無視はできぬ。誤解を解くためにも、近く説明に出向いてもらいたい」
「……了解しました」
紙を握る手に、知らず力がこもった。書かれている内容は、あまりにも馬鹿げていて――笑えるどころか、腹が立つ。
「……陛下。これは、まったくの誤解です」
そう前置きした上で、アルトに関する経緯をすべて説明した。
かつて野営中に出会ったこと、妊娠中のエルナを守るために食堂へ住まわせたこと――。
今では、ルカの親友で、家族として過ごしていること。
そして、つい先日、ルカをかばって姿が変わったことで、ようやく神獣だったと知ったこと。
「私的に操っているなどという事実は、一切ありません。アルトはだいじな家族です」
俺は、はっきりとそう言い切った。
「ふむ、余はレオンを信じておる。まぁ、気楽に説明をしてくればいい」
陛下は穏やかにそう言ってくれたが。神殿の召喚に応じ、俺はコルネリオ大神官の前でアルトとの経緯をすべて説明した。だがその話を聞く大神官の顔は、最初から最後まで、不満そうに歪んだままだった。
「……なるほど。王都制圧というのは誤解だったのですね。ですが――アルト様が“神獣”と判明した以上、その所有権は神殿にあると認識しております。そして、まだいくつか……話し合わねばならぬことがございます」
次々と飛び出す、あり得ない“主張”。俺は思わず拳を握りしめた。
――これはもう、俺への宣戦布告だ。




