1 新婚初夜・天然エルナ、ルカはピンチ?
※レオン視点
まさか、新婚初夜に、こんな夜を迎えるとは思わなかった。
ベッドの真ん中には、堂々と長くなって寝そべるアルト。
いつもは食堂の隅で丸くなっているくせに、今日に限ってなぜか、どいてくれない。どかそうと押してみても、びくともしないのはどういうことだ。
さらに追い打ちをかけるように、ルカが「パパとねるー!」と元気いっぱいに潜り込んできた。
もちろん、笑顔で迎え入れたさ。あんな瞳で見上げられたら、断れるはずがない。
俺の腕の中で、ルカはすっぽりと収まり、安心しきった顔で眠っている。
背中には、ぴったりとくっついてくるアルトの体温。もふもふであったかくて、でも少し暑すぎるかな。動こうにも、前にはルカ、後ろにはアルト。完全に、寝返りの自由を奪われていた。
その向こう側から、エルナのすやすやとした寝息が静かに聞こえてくる。
アルトのせいで顔は見えないが、その呼吸だけで、どれほど安心して眠っているかが伝わった。それだけで十分だ。
結局、一睡もできなかった。だが、それでもいいさ。
この温もりに包まれているだけで、家族になれたんだと実感できたから。
思い描いていた“新婚の夜”とは、ちょっと――いや、だいぶ違うが。
これが俺たちらしい新しい日常なのだろう。
※エルナ視点
新しく増築した貴族用のカフェには、朝からたくさんの貴婦人たちが集まってくれていた。
「グリーンウッド侯爵夫人が、自らお料理をなさって、給仕までするなんて……本当に大丈夫なんですの? よく旦那様が許してくださいましたわねぇ」
そんなふうに気遣ってくださったのは、ドネロン伯爵夫人。初対面なのに、私の体調まで心配してくださるなんて、なんて優しい方なのだろう。それなりに従業員も雇ったから、前より楽になったぐらいなのに。
「ありがとうございます、でも大丈夫です。私、元は騎士でしたから、体力には少し自信があるんです。旦那様もすごく優しくて、“好きに生きればいい”って言ってくれるんですよ。もう完璧すぎて、どうして私なんかを選んでくれたのか、今でも不思議なくらいです。でも、伯爵夫人のように、初対面でここまで私を気遣ってくださる方に出会えるなんて……このカフェを始めて本当によかったって思います」
私がそう答えると、ドネロン伯爵夫人は目を瞬かせて黙り込み、そっと紅茶に口をつけた。
その様子を見ていた周囲の貴婦人たちが、顔を見合わせて、くすくすと小さく笑い合う。
――あぁ、きっと皆さんも、ドネロン伯爵夫人のような思いやりのある方に感心されているのね。
初対面なのに、体調を気遣ってくださるなんて、なかなかできることじゃない。私も見習わなくちゃ。
「レオン団長って、女性の美醜にはこだわらない方なんですね。あの方はとても人気があって、狙っていた令嬢も多かったんですのよ?」
比較的若いレーリー侯爵令嬢が、そう言って旦那様の“長所”を教えてくださった。
「まぁ、同感です! 旦那様は上辺じゃなくて、人の中身――心を見てくださるんです。それに、あれほど素敵な方なら、女性に人気があるのも当然でしょう? 本当に、あの方の妻でいられることを誇りに思っています!」
そう言うと、レーリー侯爵令嬢はなぜか一瞬きょとんとした顔をして、それからそっと目を逸らした。
――えっ、私……なにかおかしなこと、言ったかしら?
奥のソファ席から、義姉であるヴェルツェル公爵夫人のくすくすとした笑い声が聞こえてきた。
「エルナさんったら……これなら、私が守ってあげる出番はなさそうね。ふふ、なかなか、いいわよ。その調子」
なぜかヴェルツェル公爵夫人に褒められて、私は首をかしげた。その視線の先――中庭では、ルカが少し年上の男の子におもちゃを取られていた。
相手は、たぶん4歳くらい。服装からして、上級貴族のご子息だろう。
「こんなの、“平民”が持ってちゃダメなんだぞ。ぼくが使う!」
男の子は、ルカがいつも大事にしている木彫りの騎士人形を奪い、得意げに振り回している。
ルカはうつむいたまま、ぽろぽろと涙をこぼしていたのだった。




