30 レオン視点
レオン視点
「お返事は……しばらく、待ってもらえますか?」
その言葉のあと、エルナはもう何も言わなかった。
伏せたままのまなざし。静かに重ねられた手が、かすかに震えている。
彼女なりに一生懸命考えて出した結論なのだとわかるし、気まずく思っていることも伝わってきた。
俺はうなずくことしかできなかった。
無理に言葉を交わすこともせず、ただ隣を歩いた。
教会を出てからも、エルナは何も言わず、俺も沈黙を貫く。
――やっぱり、俺じゃ駄目だったんだろうな。
そう思うしかなかった。
エルナは、誰かを傷つけるような言い方はしない。
だから、はっきりと断らなかったのも――きっと、気を遣ってくれたのだろう。
好みじゃなかったのかもしれない。
俺は背が高く鍛え抜かれた体をしているが、派手な顔立ちではないし、会話で人を楽しませるような男でもない。
騎士として、男としての誇りはある。
だが、隣に並ぶ相手としては……何かが足りなかったのかもしれない。
それでも、彼女のそばにいたいと思ってしまう。
ルカと笑っている姿を、これからも見ていたい。
何かを求めたり、欲しがったりするつもりはない。ただ――
支えになれたら、それだけでいい。
それが、今の俺にできる精一杯だ。
エルナ視点
季節がゆっくりと移ろい、気づけばルカは一歳を迎えていた。
時間が過ぎるのは、本当にあっという間だった。
寝返りを打って、笑って、つかまり立ちをして――
そして、ある日のことだった。
ルカは食堂の隅で、積み木を積んだり崩したりしながら、キャッキャと笑っていた。
その様子を、レオン団長が椅子に腰かけて、微笑みながら見守っていた。
しばらく夢中で遊んでいたルカが、ふいにふらりと立ち上がった。
「……あっ」
私は思わず息をのむ。
ルカは、ヨチヨチと小さな足を動かし、レオン団長の方へと歩いていく。
「ルカ……おいで」
団長がそっと手を広げた、そのとき。
「……パ……パ!」
拙くも、はっきりとその一言が聞こえたのだった。
レオン団長は一瞬、何かの聞き間違いかと思ったように目を見開いて固まっていた。
「……今、ルカ……なんて?」
再びルカが小さな声で「……パパ」と言いながら手を伸ばすと、団長は、信じられないという顔つきで、その小さな体をそっと抱き上げた。
そして――次の瞬間、ルカの小さな背中をぎゅっと抱きしめたまま、肩を震わせていた。
「……はは、ダメだな……歳を重ねると涙もろくなるようだ……」
低く絞り出すような声。その目には、抑えきれない涙が浮かんでいた。
ルカは団長の胸に頬をすり寄せ、無邪気に、にこにこと笑っていた。
私も胸がぎゅっと締めつけられて、切なくて――気づけば、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
ルカは、レオン団長のことが大好きなのだ。
自分を心から守ってくれる存在だと、ちゃんとわかっているみたい。
そう思った瞬間、ますます涙が止まらなくなった。
こんなにも尽くしてくれて、惜しみない愛をくれるレオン団長が、すぐそばにいるのに――
私はどうして、踏み出せないんだろう……
そんな感動的な一幕のあと、扉の外からぱたぱたと足音が近づいてきた。
「ルカちゃ~ん、会いに来たわよ~!」
元気な声とともに、商店街の女将さんたちが笑顔で入ってくる。手には焼きたてのパンと色とりどりの果物。
「これ、ルカちゃんが好きそうでしょ? 今日は甘くてやわらかいのを選んできたのよ~」
ルカはきょとんとしながらも、女将さんの顔を見るとにっこり笑って、両手を伸ばす。
その姿に、女将さんたちは「可愛い~!」と声を揃えた。
「もちろん、アルトの分もあるわよ。あんたはルカちゃんのお兄ちゃんだものね!」
アルトは尻尾をぱたぱた振りながら、女将さんたちのもとへ駆け寄る。
そのあと、ルカとアルトはちょこんと並んで座った。
それぞれに用意された小皿には、果物と甘いパンが盛られている。
ルカは、小さな指でパンをちぎって口に運びながら、アルトの顔をちらちらと見ている。
アルトもまた、ルカに合わせるように、ゆっくりとパンをかじっていた。
そのうちルカが、ひとかけらをつまんでアルトの前に差し出した。
「ん、あうと」
それが“はい、アルト、食べて”のつもりなのだと察したのか、アルトは鼻を鳴らし、ぱくりと受け取った。
ふたりでパンを口に運んだあと、ルカが「んふっ」と笑って、アルトが尻尾をふりふり。
息ぴったりのその仕草に、思わず頬が緩んだ。




