23 エルナ視点・アレグラン視点
※エルナ視点
遠くから、誰かの足音が駆けてくる。
戸が勢いよく開き、女将さんたちが飛び込んできた。
そのすぐ後ろには、褐色の髪をひとつに結った落ち着いた雰囲気の女性――このあたりでは腕の立つ産婆として知られる“マーヤおばさん”の姿もある。
「間に合ったね。アルトのおかげだよ」
「よし、エルナちゃん、二階に運ぶよ。ゆっくり立って――大丈夫、私たちがついてるから」
女将さんたちに支えられ、私は痛みに耐えながらも、なんとか立ち上がる。
押し寄せる波のような苦しみに足元がふらつきながらも、皆の温かな手に導かれて、階段を一歩ずつ上っていく。
二階の寝室に運ばれると、マーヤおばさんが手早くお産の準備を整え始めた。
私はベッドに横たわりながら、深く息を吐く。
冷たい汗が額を伝って落ち、息が乱れるたびに意識が遠のきそうになる。
そのとき、階下で、アルトがうろうろと落ち着きなく動き回る足音が聞こえた。
「アルト……大丈夫よ。ちゃんと産むから……」
そう声をかけると、まるで言葉が通じたかのように、足音がぴたりと止まった。
「……っ!」
激しい痛みが全身を駆け抜ける。
息が詰まるような苦しさに、思わず声が漏れた。
――――意識が飛びそう。
身体の奥が、引き裂かれるように熱くて、重くて、どうしようもなく苦しい……。
でも、私、頑張るわ。……だって、みんなが応援してくれてる……
この子が、生まれてきてよかったって思えるような世界にしてあげたいの。
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※アレグラン視点
「お前こそ誰だ?」
「いや、お前こそ……」
「……誰?」
嫌な予感がして、胸の奥がざわりと揺れた。
――嘘だろ。なんでこんな……
「ここは俺が建てた家だぞ。お前ら、どんな権利があってここに来てるんだ!」
絞り出すようにそう言うと、
花束を抱えた男が、人懐っこい笑顔で、軽く頭を下げてきた。
「あっ、カリーナさんの《《お兄さん》》ですよね? 彼女から聞いてます。サイラス君のこと、すごく可愛がってくれてるって。ありがとうございます!」
……兄? 俺が?
俺は……俺は……エルナを裏切ってまで、この家を建てて、カリーナとサイラスを守ってきたのに――なんで俺が、こんな男に、ありがとうなんて言われてるんだ?
「ああ、そう言えば聞いたことがあるなぁ。あんた、この家を建てたって言ってたけど……カリーナさんから、かなり金を借りてるらしいじゃないか? まったく、いい歳して賭け事ばかりしてるとか。ほんとにそんな感じなんだな。駐屯地の雑用係なんだろ? 給料だってたかが知れてるだろうに」
手土産の包みを持った男が、あからさまに俺を見下してくる。
――嘘、だろ……? 俺が、賭け事?
そんな金も時間も、どこにあるってんだ。
雑用係の給料なんて雀の涙。
ガレット兄上に立て替えてもらった金の返済だけでも、毎月ぎりぎりの綱渡りだ。
エルナに渡すよう命じられた金貨4,750枚――懐中時計の時価、250枚は差し引いていいと、エルナのほうから言ってくれた――も、ガレット兄上に立て替えてもらっている。
だが返済が一日でも遅れれば、容赦なく催促されるんだ。
そんな状態で、賭け事? するわけないだろ。
……なのに、さっきまで人懐っこく笑っていた花束の男まで、今はまるでゴミを見るような目で、俺を見下していた。
――なっ、なんでだよ……? これって、どういう状況なんだ……?
やがて、花束の男と手土産の男が口論を始める。
「俺はカリーナと、小さなカフェを始めようって相談してたんだ! その資金も――」
手土産の男が声を荒げると、花束の男がすかさず言い返す。
「は? 俺はサイラスの病気の薬代をずっと払ってたんだぞ。しかもかなりの額だ! あんた、何も知らないだろ」
――薬代? 病気……?
俺の思考が止まる。
……いや、待て。
サイラスは――元気だった。
駆け回って笑って、俺に抱きついてきたじゃないか。
病気だなんて、そんな話……一度も聞いてない。
頭の奥で何かが軋んでいた。
でも、それが何なのか、まだ言葉にならなかった。
俺は玄関の呼び鈴を鳴らした。だが、返事はない。
仕方なく、三人で玄関の前にしゃがみこむ。
互いに視線も合わせず、気まずい沈黙の中、ただカリーナの帰りを待った。
……会えばきっと、何か説明してくれる。
そうだ、これは何かの誤解なんだ。絶対に――違う。違うに決まってる。
……ほら、例えばだけど。
カリーナに、双子の妹とか……姉とか……いたんじゃないかな?
似てるだけの、そっくりさんとか……そう、絶対それだ。
……なあ、頼むよ。そうだって言ってくれ。
……そして。
ついに、彼女は帰ってきた。
サイラスの手を引いて――いや、違う。
サイラスは、大柄な男の肩に乗って笑っていた。
その男とカリーナは、手をつないでいた。
……え?




