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夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!  作者: 青空一夏


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 魔獣はアルトと名付けた。

 アルトと暮らし始めて、もう二月(ふたつき)ほどが過ぎていた。


 開店準備が一段落するころ、私はいつものように食堂の奥のソファ席に腰を下ろす。

 大きくなったお腹をそっとなでながら、隣にぴたりと寄り添って横たわるアルトに、頬をすり寄せた。


  銀灰色の毛並みをもつ魔獣――アルトは時折嬉しそうに尻尾を揺らした。見た目は大きな犬にしか見えないため、食堂に来る誰もが(アルト)を怖がることはない。それどころか、今やこの町の人気者になっていて、商店街の女将さんたちにすっかり懐いていた。今日も変わらず、近所の商店街の女将さんたちが食堂に集まってくる。

 私の身体を気にかけつつ、にぎやかなおしゃべりの花を咲かせた。


「エルナちゃん、お腹大きくなったねぇ……歩くの大変だわね。気をつけてね」

「この前仕立てた妊婦服、どうだった? 着心地悪かったら言ってね。もっと柔らかい布で作ってあげれば良かったわ」

「最近よく眠れてる? お腹が大きいと寝苦しいでしょ。抱き枕を作ってきたのよ。これ、使ってみて」

 少し照れながらも、私は笑顔で「ありがとうございます」と頭を下げた。みんながこうして来てくれることが、心強くて、嬉しい。



「アルトちゃん、今日もお利口さんねえ。ほら、林檎を持ってきたよ」

「苺もあるよ~。朝仕入れたばかりの、甘いやつ!」


 そのとき――アルトがぴくりと耳を動かし、女将さんたちの声に反応するように立ち上がった。

 そして、ひょいと軽やかな足取りで歩み寄り、差し出された苺のそばへと顔を近づける。


「ふふ、やっぱり来たわね。はい、どうぞ」


 アルトは嬉しそうに尾を小さく振りながら、苺をひと粒ずつ、大切そうにかじっていく。

 その仕草はまるで、おやつをもらった子どもみたいだった。


「ほんと、なんでアルトちゃんって、こんなに食べ方が可愛いのかしらねぇ……」

「いつも苺のヘタのとこだけ、ちゃんと残すのね」

「ほんとに賢い子だわ……果物と甘いパンが好きなんて、うちの孫と一緒よ!」


 女将さんたちの目はすっかりトロけていた。


 そんな和やかな空気の中、食堂の扉の鈴が鳴った。


「おはよう」


 低く、けれどどこかやさしい声。レオン騎士団長が、毎朝の日課のように現れた。


「アルト、今日も元気か?」


 アルトはレオン団長を見上げ、しっぽをふわりと一振りして応える。


「果物に、干しぶどうがたっぷり入った甘いパンを持ってきたぞ。おや、もう女将さんたちにもらっているのか?……もっと肉が好きなもんだと思ってたが、ほんと、お前は変わってるな。女将さん達、いつもエルナとアルトがお世話になってます」


 女将さんたちは、レオン団長に軽く会釈を返す。


「ありがとうございます、レオン団長。アルト、ほら、お礼は?」


 苺を食べ終わったアルトは、くぅんと鳴いてから、レオン団長の手に鼻をすり寄せた。レオン団長は微笑んで、ふわふわの頭を撫でる。


 そして、私の方をちらりと見やると、少し照れくさそうにしながら、持ってきた品を順に並べていく。


「それから、これも。いつもの薬草と、腰当てクッション。お腹の重さで腰が痛むって言ってたよな。それに……春物の軽い上着と、えぇと……髪飾り。無理はするなよ」


「ふふっ……ありがとうございます」


 女将さんたちがにやにやしながら後ろでヒソヒソ声を飛ばす。

「また団長さん、来たわよ」

「あれ、毎日じゃない?」

「気遣いが、まるで妻を溺愛する旦那なのよ」

「いっそのこと、結婚しちゃえばいいのに」


 私はその声に顔が熱くなる。レオン団長も耳まで赤くなりながら、アルトを散歩に連れて行った。

 夕方になると、トミー(かつての部下)がアルトを連れて散歩に出かける。


 町の人々は、そんなふたりに果物(アルトの好物)を分けてくれたり、優しく声をかけてくれたりする。

 一緒に暮らし始めたころは少し痩せていたアルトも、今ではふっくらとして、すっかり健康的になった。


 日々は静かに、穏やかに流れていく。

 私の体は少しずつ重くなり、椅子に腰かける時間も増えてきた。

 それでも――

 周りの人々のあたたかさと、アルトのやわらかなぬくもりが、いつも私を優しく支えてくれていた。




 そしてある朝のこと。その日は食堂の定休日だった。

 空はどこか白く霞んでいて、肌寒いような、でも春の匂いが混じった静かな朝だった。

 私はふいに、下腹に鈍い痛みを感じて、思わずしゃがみ込む。


「あ……」


 お腹に手を当てた瞬間、体の奥で何かがゆっくりと動き出すのを感じた。まだ弱いけれど、確かに始まっている――そんな予感。


アルトがすぐにそばへ駆け寄り、私の顔をじっと見上げる。その金色の瞳には、不安と心配が浮かんでいた。


「大丈夫……だから……女将さんたちを呼んできて……生まれそうなの……」


 かすかに微笑んでみせると、アルトはしっかりと理解し、くるりと振り返って駆け出した。戸口を軽やかに抜け、まっすぐ商店街の方角へ。


 遠ざかっていく足音を聞きながら、私はそっとお腹に手を当てる。――陣痛の痛みをこらえながら。





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