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店の扉を開けて「営業中」の札をかけた瞬間、表の通りから元気な声が飛んできた。
「エルナちゃん、今日は開くのちょっと遅かったじゃないの~!」
「そんなことありませんよ。予定通りです」
八百屋、魚屋、乾物屋の女将さんたちが、どやどやと連れ立って店に入ってきた姿に、私は思わず笑みをこぼす。
「朝の忙しさも、ここのスープで救われる気がするわ」
「うちの夫も、ここのスープが大のお気に入りでさ。買って帰ると、すごくご機嫌なのよ」
「楽できていいわよね。私も家族に買って帰ろうかしら? エルナちゃん、5人分なんだけど大丈夫?」
「もちろん。たっぷり煮込んでありますから、あとでパック詰めしますね」
私の作るスープは好評で、お持ち帰りする人も増えてきた。とてもありがたい、と思っている。
「それにしてもエルナちゃん、最近ちょっとふっくらしてきたんじゃない?」
「そうそう、顔つきも柔らかくなった感じ。前はもうちょっと、こう……キリッとしてたでしょ?」
「……きっと最近よく食べてるからです」
笑顔を崩さずにそう答えながらも、私は内心ひやっとしていた。
――やっぱり、気づかれてないとは言い切れないかも。
この子のことは、もう少しだけ、秘密にしておきたかった。周りが優しいことはわかってる。だけど、妊娠を伝えたら、きっとみんな心配して、気を使って、腫れ物みたいに扱ってくるだろう。それが嫌だった。
私は“可哀想な女”になりたくない。
昼の営業がひと段落した後、エプロンをはずして裏口の階段を上がった。三階の屋上は、お気に入りの場所だ。
干し野菜を載せたざるがいくつも並んでいて、その間を洗濯物が風に揺れている。鉢植えのハーブに水をやってから、私はベンチに腰を下ろす
ひと息つこうと目を閉じた、そのとき——
「エルナ! 屋上にいるのか?」
団長の声がして、私は目を開けた。
「……どうしてここに?」
「厨房にいなかったからな。多分、屋上だと思った」
団長は片手に厚手のストール、もう一方の手には工具袋を持っていた。彼は無言で少しガタがきていたベンチの前にしゃがみ込み修理してくれる。手慣れていた。
作業を終えると立ち上がり、私にストールを差し出した。
「屋上で座るなら、これを膝にでも掛けとけ」
相変わらずぶっきらぼうだったが、言葉の端々に優しさが滲んでいた。
私は胸の奥にじんわりと温かいものが広がるのを感じながら、静かに礼を言った。
「ありがとうございます……」
団長は小さくうなづくと、ベンチを軽く叩いてその安定感を確かめる。
「これでしばらくは大丈夫だろう」
その後、彼は近くの木箱に腰を下ろし、しばらくの沈黙が流れた。やがて、ぽつりと口を開く。
「例の駐屯地からアレグランが、一時的に王都に戻ることになった」
「なぜですか?」
「実家──セルデン男爵家からの呼び出しだ。王都の屋敷に顔を出すはずだ。……俺が“王都に近寄るな”と命じていたが、正規の申請を通されたら拒めなかった。一応セルデン男爵家の三男で貴族籍に入っているからな。……ここに来る可能性もある」
セルデン男爵家は、王都西区の古い屋敷に代々住まっている。領地こそ持たないが、社交界ではそれなりに顔の利く家柄。名だけはある。私は何も言えずに、黙って団長を見た。
「ユリルとトミーを交代で行かせる。朝だけじゃなく昼間もな」
「私なら大丈夫ですよ。アレグランひとりなら……」
団長は私のお腹をチラリと見て首を振る。
「念のためだ。夜は女性騎士に泊まらせよう」
その頃、アレグランは
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※次話はアレグランが実家に呼ばれるお話です。ざまぁ第2弾です。




