10 アレグラン視点
「これが俺の部屋?」
自分でも情けないほどの声が出た。
兵士は気まずそうに一瞬だけ目を逸らし、「失礼します」と言って立ち去っていった。
静かになった空間に、風が隙間から吹き込む。
――寒い。体ではなく、心が……いや、身体も寒いな――へっ……くしゅん!
そうだ、荷物を前の部屋から持って来なければいけない。
俺は重い足を引きずり、かつて使っていた騎士棟の一室へ向かう。俺は一応、騎士団における将校格の身分だった。
階級に応じて与えられた部屋には暖炉があり、使い込まれているが質の良い机があり、身の回りの世話をする部下たちが、寝具や鎧の手入れを欠かさなかった。
だが、俺の部屋に着くと、俺の名札が掲げられていたその扉には、既に白紙の札がかけられていた。扉を開けると、整えられたベッドと清掃された床。机の上には何もない。
まるで、最初から俺などいなかったかのように“次の入居者”のために準備された部屋がそこにあった。
俺の荷物は、廊下に出されていた。粗末な木箱の中に、着替えや鎧のパーツが無造作に突っ込まれている。
まるで、誰かの“忘れ物”でも扱うように。
ふと気配を感じて顔を上げると、廊下を通りかかった若い兵士たちと目が合う。一瞬だけ、彼らの表情が凍りつく。だが、すぐに気まずそうに視線を逸らし、会釈すらせずに通り過ぎていく。
そのあと、今度は別の二人組がやってきた。こちらは遠慮という言葉を知らないらしい。
「え、まだ騎士用の棟にいたんすか……あ、いえ、こりゃ失礼。でも、もう出てったと思って……」
「幽霊かと思いましたよ。いやマジで。だって顔真っ青ですよ」
兵士がこんな舐めた口を騎士の俺にきくなんて。いままではあり得なかったことだ。
俺はその日から、『騎士の称号を持った雑用係』という希有な存在になったのだった。
◆◇◆
モップをかけていると、背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。
「なぁ、知ってるか? 今、駐屯地の廊下、全部“モップ騎士様”が磨いてるらしいぞ」
「“モップ騎士様”? ああ、あの精神修行中のアレグラン先輩か」
「そう。“鍛錬”だってさ。雑巾とモップでな」
笑いをこらえるような声。
「昔は偉そうに訓示垂れてたよな。“騎士らしく誇りを持て”って」
「誇りを持て? 今じゃその誇り、モップで拭き取ってんじゃねぇの?」
どっと小さな笑いが起きる。
俺は、モップを動かす手を止めなかった。止めたら、負けだ。
――だが、悔しさがこみ上げて、目の奥がじわっと熱くなる。
「騎士の称号持ってるくせに、誰にも敬語使われてないって、すごいよな」
「ある意味、伝説だな。騎士でここまで落ちたやつ、前代未聞じゃね?」
俺の後輩だった若手騎士たちの、くすくすと笑う声が、俺をたまらなく惨めにさせたのだった。
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次話はエルナsideになります。アレグランのざまぁも、まだまだ続きます!




