ダウナー系ギャル式問答
昼休み、俺は屋上で一人で弁当を食べていた。
というか、一人で食べるしかなかった。友達がいないわけじゃない。
いや、やっぱり友達がいないのかもしれない。
そもそも友達とかいうふんわりしたモノの定義とは何か。
「ねえ」
突然、クラスメイトの夏希が俺の隣に座った。
黒髪ロング、ゆるく着崩した制服。でも目は半分死んでる。
いつもダルそうにしている、ダウナー系のギャルってやつだ。
「……なに」
「アンタ、毎日一人で飯食ってるよね」
「……見てたの?」
「まあね。で、思ったんだけど」
夏希はダルそうに身体を傾けながら言った。
「孤独って、ある意味最強じゃね?」
「は?」
「アンタさ、言葉にできない気持ちとか、たくさんあるでしょ。ヴィトゲンシュタインが言ってたんだけどね。『語りえぬものについては、沈黙せねばならない』ってさ。無理に言葉にしなくていいんだよ。まあ、本当は形而上学とか倫理とか、そういう話なんだけどね」
何を言ってるんだこいつ。
「……それ、バカにしてる?」
「してないよ。マジで」
夏希は俺の弁当を覗き込んだ。
「うわ、卵焼き三個。攻めてんね」
「……母親が作ったんだよ」
「お母さん、アンタのこと鶏だと思ってんのかな」
「思ってねえよ!」
「でも三個は多くね?」
「別にいいだろ!」
なんだこの会話。意味がわからない。
「あ、そういえばさ」
夏希は唐突に話題を変えた。
「アンタ、昨日の数学のテスト何点だった?」
「……三十二点」
「マジで? やばいね」
「お前何点だったんだよ」
「九十八点」
「……は?」
思わず二度見した。
「嘘だろ……ギャルなのに」
「ギャルだから勉強できないって、誰が決めたの? デカルトも言ってたじゃん。『我思う、ゆえに我あり』って。アンタが何を思い込もうと、アタシはアタシとして存在してるから」
「……ぐうの音も出ない」
そもそも何なんだこの女は。これ見よがしに哲学者の言葉だしてきて。
先週の倫理のテストもボコボコだった俺への当てつけか。
「カントも言ってたじゃん。『人間は教育によってのみ人間になる』って。アンタ、教育受けてる?」
「受けてるよ! 学校来てるだろ!」
「物理的には来てるけど、精神的には来てないよね。アンタの目、いつも遠くを見てるもん」
ドキッとした。
図星だった。
「……別に」
「嘘じゃん。アンタ、毎日辛そうな顔してるじゃん」
夏希は俺の目を見た。半分死んでる目だけど、なぜか真剣だった。
「ソクラテスが言ってたんだけどさ、『無知の知』って知ってる?」
「……知ってる」
「自分が何も知らないって知ってることが、知恵の始まりなんだって。アンタさ、自分のこと何も知らないって思ってんでしょ」
「……まあ」
「それ、最強じゃん。だって、これから何にでもなれるってことじゃん。のびしろしかないじゃん」
夏希は気だるげに髪を触りながら続けた。
「アンタが一人で飯食ってるのも、友達いないのも、テストの点数低いのも、全部『今』だけの話じゃん。別に未来永劫そうってわけじゃないし」
「……そう、かな」
「そうだよ。だって人間、変われるもん」
夏希は立ち上がって、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「てかさ、アンタ暗すぎ。もうちょい明るく生きなよ」
「……お前に言われたくない」
「まあね。でも、アタシは別に暗くないよ。ただダルいだけ」
「同じじゃん」
「全然違うから」
夏希は屋上を出ていこうとして、ふと振り返った。
「あ、そうだ。明日もここ来るから」
「……は?」
「だって、アンタ一人だとマジで暗いもん。そっから飛び降りちゃいそうで、見てるこっちが心配になる」
「……余計なお世話だよ」
「わかってる。でも余計なお世話って、たぶん優しさの別名だから」
そう言って、夏希は去っていった。
――翌日。
夏希は本当に屋上に来て、俺の隣に座った。
そして、また意味不明な会話が始まった。
「アンタさ、将来何になりたいの?」
「……わかんない」
「じゃあ、今何になりたい?」
「……わかんない」
「じゃあ、今何食べたい?」
「……カレー」
「お、答えられたじゃん。進歩じゃん」
夏希はニヤリと笑った。
「人間ってさ、小さいことから始めればいいんだよ。いきなり『将来』とか考えるから辛くなるの。まずは『今日の夕飯』から考えなよ」
「……それもどこかの哲学者が言ってたのか?」
「言ってないよ。アタシが今考えた」
「……お前、たまにいいこと言うよな」
「まあね」
夏希は目を細めて、少し眠そうに言った。
「でもさ、アタシの言葉なんてどうでもいいんだよ。大事なのは、アンタが自分で考えて、自分で決めることだから」
そして、ぼそりと付け加えた。
「まあ、アタシが隣にいるのは、アンタが好きだからなんだけどね」
「……え?」
「聞こえなかった? もう言わないけど」
夏希は立ち上がって、屋上を出ようとした。
俺は慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待って! なんて!? 今なんて!?」
「別に。独り言」
「独り言じゃねえだろ!」
「じゃあ何?」
「……それ、告白?」
「違うよ。ただの事実の報告」
その言葉は、まるで諦めたような、それでいて温かいような、不思議な響きだった。
自分の中でも身体から熱いものがこみ上げるのが分かる。これはときめきだ。間違いない。
だが、俺の中のひねくれものはそれを頑なに認めようとはしなかった。
「……お前これ何かの罰ゲームでやってるだろ! 絶対どっかにカメラがあるな!? 俺分かってんだから!」
「アンタさぁ、もっと人信じることから覚えなよ」
「いーや! 絶対違うね! これでいい雰囲気になったら絶対黒光りした屈強なヤンキーが『ウェ~イ』とかいって出てくるんだろ!? あまつさえ……あまつさえお前はその男と……! うわああああああああ!」
「出てこないって。あまつさえもないって。アンタの脳、破壊されちゃってるよ」
「残念だったな! 俺は騙されんぞ! フハハハハハ!」
その場にいられなくなった俺は、彼女を置いて全力で屋上から逃げ出した。
独り残された夏希は、ため息をついた。
「……でもあんなのでもすごい好きなんだよなあ」
その言葉はピュウと吹く冬の風と共に、空に霧散するのだった。




