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ダウナー系ギャル式問答

作者: けにぱんち
掲載日:2025/12/06

 昼休み、俺は屋上で一人で弁当を食べていた。

 というか、一人で食べるしかなかった。友達がいないわけじゃない。

 いや、やっぱり友達がいないのかもしれない。

 そもそも友達とかいうふんわりしたモノの定義とは何か。


「ねえ」


 突然、クラスメイトの夏希が俺の隣に座った。

 黒髪ロング、ゆるく着崩した制服。でも目は半分死んでる。

 いつもダルそうにしている、ダウナー系のギャルってやつだ。


「……なに」

「アンタ、毎日一人で飯食ってるよね」

「……見てたの?」

「まあね。で、思ったんだけど」


 夏希はダルそうに身体を傾けながら言った。


「孤独って、ある意味最強じゃね?」

「は?」

「アンタさ、言葉にできない気持ちとか、たくさんあるでしょ。ヴィトゲンシュタインが言ってたんだけどね。『語りえぬものについては、沈黙せねばならない』ってさ。無理に言葉にしなくていいんだよ。まあ、本当は形而上学とか倫理とか、そういう話なんだけどね」


 何を言ってるんだこいつ。


「……それ、バカにしてる?」

「してないよ。マジで」


 夏希は俺の弁当を覗き込んだ。


「うわ、卵焼き三個。攻めてんね」

「……母親が作ったんだよ」

「お母さん、アンタのこと鶏だと思ってんのかな」

「思ってねえよ!」

「でも三個は多くね?」

「別にいいだろ!」


 なんだこの会話。意味がわからない。


「あ、そういえばさ」


 夏希は唐突に話題を変えた。


「アンタ、昨日の数学のテスト何点だった?」

「……三十二点」

「マジで? やばいね」

「お前何点だったんだよ」

「九十八点」

「……は?」


 思わず二度見した。


「嘘だろ……ギャルなのに」

「ギャルだから勉強できないって、誰が決めたの? デカルトも言ってたじゃん。『我思う、ゆえに我あり』って。アンタが何を思い込もうと、アタシはアタシとして存在してるから」

「……ぐうの音も出ない」


 そもそも何なんだこの女は。これ見よがしに哲学者の言葉だしてきて。

 先週の倫理のテストもボコボコだった俺への当てつけか。


「カントも言ってたじゃん。『人間は教育によってのみ人間になる』って。アンタ、教育受けてる?」

「受けてるよ! 学校来てるだろ!」

「物理的には来てるけど、精神的には来てないよね。アンタの目、いつも遠くを見てるもん」


 ドキッとした。

 図星だった。


「……別に」

「嘘じゃん。アンタ、毎日辛そうな顔してるじゃん」


 夏希は俺の目を見た。半分死んでる目だけど、なぜか真剣だった。


「ソクラテスが言ってたんだけどさ、『無知の知』って知ってる?」

「……知ってる」

「自分が何も知らないって知ってることが、知恵の始まりなんだって。アンタさ、自分のこと何も知らないって思ってんでしょ」

「……まあ」

「それ、最強じゃん。だって、これから何にでもなれるってことじゃん。のびしろしかないじゃん」


 夏希は気だるげに髪を触りながら続けた。


「アンタが一人で飯食ってるのも、友達いないのも、テストの点数低いのも、全部『今』だけの話じゃん。別に未来永劫そうってわけじゃないし」

「……そう、かな」

「そうだよ。だって人間、変われるもん」


 夏希は立ち上がって、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「てかさ、アンタ暗すぎ。もうちょい明るく生きなよ」

「……お前に言われたくない」

「まあね。でも、アタシは別に暗くないよ。ただダルいだけ」

「同じじゃん」

「全然違うから」


 夏希は屋上を出ていこうとして、ふと振り返った。


「あ、そうだ。明日もここ来るから」

「……は?」

「だって、アンタ一人だとマジで暗いもん。そっから飛び降りちゃいそうで、見てるこっちが心配になる」

「……余計なお世話だよ」

「わかってる。でも余計なお世話って、たぶん優しさの別名だから」


 そう言って、夏希は去っていった。


 ――翌日。

 夏希は本当に屋上に来て、俺の隣に座った。

 そして、また意味不明な会話が始まった。


「アンタさ、将来何になりたいの?」

「……わかんない」

「じゃあ、今何になりたい?」

「……わかんない」

「じゃあ、今何食べたい?」

「……カレー」

「お、答えられたじゃん。進歩じゃん」


 夏希はニヤリと笑った。


「人間ってさ、小さいことから始めればいいんだよ。いきなり『将来』とか考えるから辛くなるの。まずは『今日の夕飯』から考えなよ」

「……それもどこかの哲学者が言ってたのか?」

「言ってないよ。アタシが今考えた」

「……お前、たまにいいこと言うよな」

「まあね」


 夏希は目を細めて、少し眠そうに言った。


「でもさ、アタシの言葉なんてどうでもいいんだよ。大事なのは、アンタが自分で考えて、自分で決めることだから」


 そして、ぼそりと付け加えた。


「まあ、アタシが隣にいるのは、アンタが好きだからなんだけどね」


「……え?」

「聞こえなかった? もう言わないけど」


 夏希は立ち上がって、屋上を出ようとした。

 俺は慌てて追いかけた。


「ちょ、ちょっと! ちょっと待って! なんて!? 今なんて!?」

「別に。独り言」

「独り言じゃねえだろ!」

「じゃあ何?」

「……それ、告白?」

「違うよ。ただの事実の報告」


 その言葉は、まるで諦めたような、それでいて温かいような、不思議な響きだった。

 自分の中でも身体から熱いものがこみ上げるのが分かる。これはときめきだ。間違いない。

 だが、俺の中のひねくれものはそれを頑なに認めようとはしなかった。


「……お前これ何かの罰ゲームでやってるだろ! 絶対どっかにカメラがあるな!? 俺分かってんだから!」

「アンタさぁ、もっと人信じることから覚えなよ」

「いーや! 絶対違うね! これでいい雰囲気になったら絶対黒光りした屈強なヤンキーが『ウェ~イ』とかいって出てくるんだろ!? あまつさえ……あまつさえお前はその男と……! うわああああああああ!」

「出てこないって。あまつさえもないって。アンタの脳、破壊されちゃってるよ」

「残念だったな! 俺は騙されんぞ! フハハハハハ!」


 その場にいられなくなった俺は、彼女を置いて全力で屋上から逃げ出した。


 独り残された夏希は、ため息をついた。


「……でもあんなのでもすごい好きなんだよなあ」


 その言葉はピュウと吹く冬の風と共に、空に霧散するのだった。


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