8.
三島千代のそれと異なり、三島信一の屍体は見るも無惨な姿だった。
椅子に座ったままの彼の、その首から上に対してだけ執拗に、何らかの鈍器による強い殴打を複数回与えたのだろう。頭部の皮膚が所々、毛髪や肉ごと剥がれて骨を顕にしている。
また、首がありえない角度で上向きに曲がっており、ドアに背を向けて座っているにも関わらず、不細工に陥没した顔面がドアを通って部屋に入る梶谷の姿を上下反対に見ていた。
三島千代の扱いとは相当な差があるが、しかし何処か偏執的であるという点に於いて、近しい部分が梶谷には感ぜられた。
——ここまでの財を成した男の最期が、“変態性欲の猟奇殺人者に撲殺される”か。
何処か感傷的に屍体を観察している梶谷の後ろで、副島は周囲に漂う血の臭いと独特の臭気の為に軽く鼻を押さえた。
そんな副島に気が付いた梶谷は幾つかの小物が乱雑に置かれているテーブルに歩み寄り、その上からパイプを選んでハンカチ越しに摘むように持ち上げると副島に向かって振って見せる。
「こんな酷い撲殺屍体を作るのに縛る必要もないとは、やはり阿片は恐ろしいな」
血の臭いに混じる独特の臭気は阿片から発せられているのだと察した副島は、無意識に呼吸を浅くした。
「犯人は、三島家に何らかの恨みがあったのでしょうか」
梶谷はパイプを机上に戻しながら、キョトンとした顔で副島を見る。
「犯人の事なんて、もうどうでも良いじゃないか」
梶谷の回答は、既に副島にとってそこまで驚きに値するものではない。が、疑問が全く無い訳でもない。
「では何故、こんなに急いでここに来たのですか?」
冷静に質問を続ける副島に口角だけで笑顔を作りながら、梶谷は机の上から一冊の手帳を拾い上げて中を眺める。そして手帳のある部分を指さして副島に見せ「これを確かめにきたんだ」と言った。
梶谷が指差した先では、週明けに梶谷診療所に支払いをしに行く旨の予定が書かれていた。
「これさえあれば、少なくとも一月分は引っ張れるだろう。ちょっとした情報収集の報酬としては上等だ」
きっと彼は、手帳に記述が無ければ書き足す位の事は平気でやっていたのだろう。副島にはそんな嫌な信頼があった。
「では、もう戻るという事で宜しいですか?夕食の為にお買い物に行きたいのですが、何か食べたい物があれば言って頂けると助かります」
「惨殺死体を前にして献立の話とは、君も随分この仕事に慣れたものだね」
「そんなんじゃありません」
場に似つかわしくない会話をしながら部屋を後にする梶谷と副島を、三島信一の陥没した顔面が静かに見つめていた。