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5.

 少女達の上半身には椿やら桜やらの花々、或いは市松や千鳥といった幾何学模様が咲き乱れ、それらの高い彩度は何処か落ち着かない彼女らの所作と共振を起こして眩暈を伴う様だった。

 ほんの二、三年前まで私もあの眩暈の一部だったのだ。そんな感慨を覚えながら副島はまだ新しげに見える石畳を歩いていた。どうやら欧化政策の煽りで作られた女学校らしく、建物の外観やエクステリアは副島の通っていた女学校に比べて異国情緒が色濃く現れている。そんな景観にまだ物珍しい副島の洋装は映え、彼女の姿を見た少女達は色めき、何やらひそひそと肯定的な語り合いを始めるのだった。


 少女達の反応に誇らしげな気分だった副島だが、今回ここに来た目的を思い出して景色を改めて眺める。そうしてベンチに座って談笑している二人の女学生を見つけ、手始めに彼女達から話を聞こうと考えた。片方は小花柄、もう片方は兎柄の着物を着ていた。


「もし、お嬢さん方」


 突然見知らぬ女性に話しかけられた二人の女学生は警戒心を隠しきれていない様子だったが、副島は気にする事なく続ける。


「佐伯ハルさんを探しているのだけど、何処に居るかご存知ない?」


 それを聞いた小花柄の着物の女学生は少しはにかみ「ああそれでしたら、きっと井上先生の所にいらっしゃると思います。先程二人でいるのを見掛けたばかりですから」と言った。兎柄の女学生はそれを聞くと露骨に顔をしかめた。


「また井上先生?」


「“また”というのは、その井上先生とハルさんは一緒にいる事が多いの?良い仲、みたいな?」


 この時副島には“井上先生”の性別すら分かっていなかったが、彼女はかなり強引な形で話題に恋愛を絡めた。

 恋愛話が嫌いな女学生など居ないというステレオタイプな思想がそうさせたのかも知れないし、或いは佐伯ハルが三島信一の愛人であるという仮説を否定したかったのかも知れない。

 しかし小花柄の女学生は少し困ったように笑うだけである。


「どちらかと言えば、井上先生の片想いのような感じです。ハルさん、美人ですから」


 兎柄の女学生が続く。


「井上先生、千代さんが亡くなってからずっとハルさんに付き纏っているんですよ。不謹慎だし、厭らしいわ」


 想像していた雰囲気とは少し違うが、ともあれ女学生達との心理的な距離が少し縮んだ実感を得た副島は話の継続を試みる。


「千代さんが亡くなった事とは、あまり関係ないような気がするね。それこそ不謹慎かも知れないけれど」


 副島の言葉に小花柄の女学生は何処か試すような表情で「ええと、お姉さんは女学校に通ってらしたのですか?」と聞いた。


「ええ。もう二年と少し前の話だけれど」


「それだったら理解出来ると思うのですが——」


 小花柄の女学生はそう言って隣をちらりと見た。視線を受けた兎柄の女学生は先程までとは打って変わって赤面し、小声で「ハルさんと千代さん、“エス”だったんです」と言った。


副島は少し驚いた顔をした後「ああ、なるほど」と短く答えた。


 女学校とは、謂わば良妻賢母の育成機関である。この場所でお嬢様達は、決められた相手の為“だけ”に教養を身につけ、花嫁修行を行なう。当然、別の男性との交遊など厳禁であり、彼女達が胸をときめかせながら読んでいる小説に出てきがちな大恋愛など夢のまた夢であった。


 そんな男性優位社会が強いる貞操義務や閉塞感、ロマン主義的な自由恋愛への強い憧憬、思春期特有の反抗心などが絡み合って生まれたカウンターカルチャーが“エス”という訳である。


 簡単に言ってしまえば女学生間の同性愛的関係なのだが、結局殆どの女学生は決められた相手と結婚し子供を育て、若き日々の思い出の一つになっていく様なものでもある。一部そうはならずに心中事件を起こしてしまう場合もあったが、基本大して問題視される事はなく、寧ろプラトニックであるなら微笑ましいとさえ考えられていた。


「それは確かに、井上先生に良い気はしないわね」


 副島も女学校に通っていた身だったのでエスという文化について、と言うよりはそれに対する女学生達の熱量について多少の理解があった。彼女が次の言葉を探していると、小花柄の学生が遠くを見て「あっ」と声を出した。


「噂をすればハルさんですよ、あそこ」


 小花柄の学生は目を輝かせ校舎の方を指した。

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