2.
梶谷と副島が“ひとまずの仕事”を終えて帰路に就く頃には、既に日が暮れていた。急速に普及し、いつの間にか至る所に立っている電灯がそれぞれ道を照らし始めている。
等間隔に並んだ電灯の弱い灯りに照らされ、夕暮れの街にゆっくりと明滅する彼らの格好は、よく言えばハイカラであり、悪く言えば酷い西洋かぶれである。すれ違う若者は羨望の眼差しを、ある程度歳をとった者は冷ややかな視線を二人に向けた。
「いやあ、急な依頼で碌な説明もなかったのにお手柄だったね。初仕事だとは思えないよ」
上機嫌な梶谷に対して、副島は不機嫌そうに黙っている。
「しかし阿片か。酔っ払ったとは苦しい言い訳だな。あの主人、横浜での貿易で財を成したと聞いたから、阿片の入手自体は容易いだろうけれど」
副島は黙ったままである。
「——ああそうだった。もう話していいよ」
梶谷の言葉が終わるのと殆ど同時に、副島は透き通るような高い声で梶谷を非難し始めた。
「先生。男装など本当に必要だったのですか?長時間話せないのがあんなにも不快だとは思いませんでした」
それを聞いても、梶谷は前を向いたまま微笑むだけである。そんな梶谷を見て副島は更に不機嫌な表情を強め、小走りで梶谷の隣に並ぶと彼の顔を覗き込む。
「それともそういうご趣味がおありでしたか?軍隊経験者には男色家が多いと聞いた事がありますが」
副島の皮肉を聞き、梶谷はとうとう我慢出来ずに声を出して笑うと、口角をそのままに副島を見た。
「カナちゃん。確かに君は優秀で、進んだ考えを持っているけれど、それが全ての他者に同様という訳ではない事を知っておかなければならないよ。きっとあの主人なら大丈夫だったろうけれど、あの手の秘密を女に知られる事を嫌う人はこのデモクラシーの時勢でも無視出来る程少なくないんだ。それと、僕に男色の趣味はない」
副島の眉や艶のある唇は歪み、澄んだ瞳は変わらず梶谷を睨むが、彼女の喉が震える事はなかった。梶谷の指摘は、梶谷よりも寧ろ副島の方がより身に沁みて理解している。事実彼女は事件現場に向かう前、梶谷に男装を指示された時も時代遅れだとは思いながら文句ひとつなく受け入れていたのである。
しかし副島は、筋違いで的外れでも文句の一つ梶谷に浴びせなければ、いや、そんな事では気が済まない程に、怒っていた。
梶谷はそんな副島を孫娘を見る老人のような優しい顔で一瞥し、前を向く。
「やはり君は優秀だ。君が何に怒っているのかはよく解るし、今ここでそれを責め立てたって不思議じゃないけれど、君はそれをしない」
梶谷と副島は、洋風な煉瓦造りの建物の前で足を止めた。扉の右側に表札と思しき石板が掲げられ、梶谷診療所と記されている。
「着いたね。話は中でゆっくり聞こうか」