烈風 1.
何やら仰々しい装飾の付いた甲冑やら刀やら、持ち主が意味を理解しているのか極めて疑わしい抽象画やら、無駄に金属光沢の目立つ家具の数々。実に気持ちが良いくらいの成金趣味である。
梶谷はつまらなそうに部屋を一周見渡し、副島は深く被ったカンカン帽子の奥で冷ややかな目をしていた。
「わざわざ来てもらって悪いね。座ってくれ給え」
館の主人はそう言って脂ぎった顔を皺くちゃに歪ませて笑顔を作り、梶谷と副島に着席を促した。
豪奢な服装をしているけれど、浅黒い肌や虫食いを埋める様に疎に差し込まれた金歯など、如何にも“成った”人間のそれである。そう遠く無い未来には様になっているのだろうか。
そんな事を思いながら主人の言葉を聞いた梶谷は、一度ソファに手を沈めてから着席し、副島もそれを見て席についた。
「我々が馳せ参じた事については仕事ですのでお構いなく。それで、要件は何でしょうか?」
主人は満面の笑みで「話が早いのは良い事だ」と呟く。
梶谷診療所に依頼をすると言うのに随分とご機嫌である。このままだと“この世をば——”なんて詠い出すのではないか?梶谷の脳裏にそんな冷笑的な思考が沸々と浮かぶ。
「今回君達を呼んだのはね、ある殺人事件の犯人を探し出してここに連れて来て欲しいんだ」
主人の言葉を聞いて、梶谷は「はあ」と相槌を返し「少し考えます」と言って顎に手を当てた。
梶谷診療所についての理解が余りにも朧げ。下手するとこの男は、僕を推理小説の探偵かなんかだと勘違いしている可能性すらある。
胸の内でまず悪態をついた梶谷だったが、成金と言う言葉が巷で聞こえる様になって、いつか訪れるであろう成金からの依頼がこうなってしまう事もある程度予想がついてはいた。
代々金持ちやら権力者やらをやっている様な連中は、互いに想像を絶する程の長い付き合いがあり、それに裏打ちされた強い結び付きがある。
対して“成金”は素性の知れない新参者であり、口が軽いかもしれないし、他者を裏切る事に躊躇が無いかもしれない。
そんな可能性が僅かでも生じている以上、例え極小でも落ちぶれるリスクを蛇蝎の如く嫌う“長い事”やっている連中は、成金に必要以上の情報開示をしない。強大な資金力故に無碍にはしないが、ある程度外側にいる梶谷から見ても一線が存在している事は明らかだった。
有象無象が成った所で所詮は金止まり。角や飛車には成れないという事なのだろう。ルールを決めている奴らが角や飛車側なのだからそれは仕方がない。
それでも“成る”人間は増え続けていくだろうし、人が増えればコミュニティが出来上がる。そこに名を売っておくのは後々得だろう。
そう結論付けた梶谷は一呼吸おいて主人を見つめると口を開いた。
「わかりました。では、現場に案内していただけますか?」
「ああ、では自動車を出そう」
予想外だった言葉に、梶谷は運転手を呼び出そうとする主人を制止する。
「待って下さい。犯行現場はこの家では無いのですか?」
「ああ。ここからちょっと行った通りの路地裏だ。何か不都合があるのかね?」
「その、警察は?」
「動いている。街中で殺人事件が起きたのだ、当然だろう」
「それなら犯人が捕まるのは時間の問題でしょう?」
「それでは足りないのだよ。私は今でこそこんな暮らしをしているがね、元は小さな町工場の貧乏な職人だったんだ。そんな時期を支えてくれたのは家族だけなのだ」
まだ仕事を受けるなんて一言も言っていないのに、重要そうな情報をペラペラと。と言うかもしかして家族が殺されているのか?
金を持てば心に余裕が生まれると言うが、この場合感情が麻痺してしまっているだけなのではないか?
そんな事を冷めた目で考えている梶谷を、主人は何処かギラリとした目付きで見つめる。
「お宅に診て貰えば、どんな死体も病死になると聞いているのだがね」
なんだ、そこまで理解が朧げという訳でも無いらしい。ここまで悪辣な依頼は珍しいが、成金を相手にするとこんなのが増えるのかもしれない。それは気が滅入るなあ。
脳内で様々な思考を巡らせながら、梶谷は無表情で「しかし、それは大変な仕事ですよ。成功の確率は極めて低いと言って良い」と暗に諦める事を促したが、主人は「構わん。金ならいくらでも出す」と言って乱雑に幾つもの札束を机に放り投げた。
「いえ、僕はまだこの仕事を受けておりません」
こんなモノを簡単に受け取ってしまえば後々厄介な事になりかねない。素性を探るのが手間な成金相手なら特にだ。つまり不要な借りである。しかし、不用意なこの男のせいである程度の概要が知れてしまってもいる。
「こんな事されたら、私達のどちらかが何処かで口を滑らせてしまうかもしれませんよ」
主人は、副島が驚きのあまり見開いた目で梶谷を見るよりも早く顔を紅潮させ「そんな事をしてみろ。お前らから殺してやる」と強い口調で言った。
梶谷は目の前の男の粗暴さに閉口しながらも、至って冷静に無表情で「ですので、こちらだけ頂いておきます。一応、手付金という事で。まあ、期待はそこまでしないで下さい」と札束を一つだけ手に取った。
主人は途端に皺くちゃな笑顔を浮かべると「梶谷君、変な駆け引きはよしてくれ。言っただろう?私は元町工場の職人、学がないんだ。それと、また仕事を頼むかもしれないからね。これは今日来てもらった代金という事で良い。ほら、助手の方にも」と抵抗する二人を押し除けて札束を二、三束ずつ、二人の上着のポケットにねじ込んだ。
「困ります。まだ何もしていないのに」
「私は困らない。それに何度も言っているだろう。これは今日来てもらった代金だ。もし犯人を連れて来てくれたら後払いで更に払うよ」
「——では、一度診療所に戻らせて頂きます。事件の詳細については、一度警察に状況を聞いて頂いてからお越し頂くか、お忙しい様でしたらお手紙でも構いません」
「ああ、わかった。頼むよ」
館を後にした二人は、それぞれ疲労感を顔に浮かべて暫く黙ったまま歩いていた。
「成金が下品と言うのは、噂通りだったね」
「ええ」
そんな少しの会話の後、再び訪れた沈黙を破ったのは、二人の後ろから妙に親しげに語りかけてくる男の声だった。
「お兄さん達、田口の館から出て来ただろう?」
振り返った二人の目線の先では、酷く澄んだ瞳の青年が立っていた。梶谷は副島に目配せし、副島は身構える。その後梶谷は笑顔で青年に返事する。
「ええ。我々医者でして、診察を少し」
青年は相変わらず澄んだ瞳で「そうか」と言うと二人のポケットを指差し「良いもの持ってるじゃないか。酒でも奢っておくれよ。今、金が無いんだ」と言った。
絶句している梶谷と副島を見た青年は「どうせあの親父の下品さに辟易していたんだろ?そんな時泡銭持ってんなら、パァっと使っちまった方が良いぜ」と続けた。
梶谷は青年の言う事も一理あるなと思いながら副島を見ると、彼女も青年の提案を魅力的に感じている事を悟り、頷いた。
「そうだね。とても使い切れる額では無いけれど、気晴らしには良いかも知れない」
青年は梶谷の言葉に満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、俺は傳次郎、小林傳次郎だ。じゃ、行こうぜ」




