【全年齢版】優しい辺境伯と童顔の女騎士の婚姻にまつわるお話
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「おかえりアイリーン! ケガしてない?!」
大きな体躯にむぎゅむぎゅと抱きしめられる。
「メルク様ー! あんたが力の限り抱き着いたらアイリーン潰れちゃうぞー!」
「そうですよー! でっけえ犬とちっせえ子犬くらい差があるんだから手加減してやってー」
「してるよー」
これでも?
と頭に疑問が浮かぶ。
外野と大型犬がわちゃわちゃ話してる間も、分厚い筋肉に覆われた胸元に抱き込まれて窒息寸前なんだけど?
「ねぇ? アイリーン? ケガしなかった? 大丈夫だった?」
いい加減離せと腕を叩いてみると、やっと解放された。
新鮮な空気が美味しい。
……抱きしめられてる間の、メルク様の匂いに包まれているのも決して嫌な訳じゃないけど……。
「……大丈夫ですよ。こう見えて辺境騎士団の一員なんですから」
不安そうな表情でこちらを覗き込んでくる彼の、ふわふわした明るい金髪に指を通す。
柔らかな感触に、あぁ、今回も無事に帰れたとほっと息を吐く。
「アイリーンが強いのは知ってるけど……こんなに可愛いのに……いてっ?!」
わたしのコンプレックスを刺激する一言に鉄拳制裁を加える。
「悪かったですねぇ! チビで童顔でっ! だいたいメルク様が大きくなり過ぎなんですよっ! 昔はあんなに可愛かったのにっ!」
今では見上げる程の長身になった乳兄妹で幼馴染の顔を睨みつける。
「……アイリーンは今も昔も可愛いよ?」
こてりと首を傾げるその姿に、幼い頃の思い出が蘇る。
何も考えずにいられたあの頃。
先代の辺境伯夫人がメルク様を出産したタイミングでわたしが産まれたからという理由で、わたしの母がメルク様の乳母に選ばれたのだ。
本来であれば、この地を治める辺境伯家と、辺境伯家を主家と仰ぐ平民ギリギリの我が家なぞ、お近づきになるのも厳しい関係だ。
だけどおおらかだった先代辺境伯様が、乳母をしている母を思いやって、メルク様とわたしを分け隔てなく育てる環境をくださったから……。
メルク様とわたしは本当の兄妹のように、幼馴染のように、近い距離間で育ってきたのだ。
だけど……。
本来であれば、こんな親しい距離では接してはいけない相手。
それを理解する年頃になった今。
メルク様から離れたくて、でもお支えしたくて、辺境伯家お抱えの騎士団の一員になった。
辺境の森に出る野獣や野党を討伐する為に、組織された騎士団の一員に。
そうすれば若くして辺境伯となったメルク様のお役に少しでも立てると思ったから。
討伐を終えて帰ってくると、迷子になった大型犬のように不安そうなメルク様がわたしを毎回お出迎えすることになるとは思ってもみなかったけど。
怪我がないかと確認のために、抱きしめられたり身体に触れられたりするようになるとは思ってもみなかったけど。
ていうか、よく他の騎士から文句出ないな?
こう……依怙贔屓とかに思われないかな?
みんな笑ってるけど……。さすがメルク様の騎士団だ。気のいいひとが多いなぁ。
そうは言っても、さすがにそろそろ誰かメルク様を諫めてほしい。
どう考えても年頃の男女の距離じゃないもの。
メルク様は本当の妹みたいに思ってるからだろうけど。
だけどわたしは……メルク様が好きなんだから。
だから......メルク様に抱きしめられるのも……本当は辛い。
だって諦められなくなるから。
だけどそろそろ諦める必要があることを知った。
この前メルク様の側近のお一人が、メルク様のご結婚について話してたからね。
きっと王都の貴族のご令嬢とかをお迎えするんだろうな。
だから......。
「そういうのは、いずれお迎えになる奥様にお伝えください! 一介のお抱え騎士に言うものではありませんよ?!」
ピシリと現実を突き付けて、くるりとメルク様に背を向ける。
「う~ん、伝わらない」
なんて呟きは、わたしの耳に届かなかった。
◇◇◇
「今度王都から客人を迎えることになってね~。ちょっとアイリーンに手伝ってほしいんだけど」
そんなことを言われたのは、そろそろメルク様のお誕生日が近い春の日のことだった。
このタイミングでいらっしゃるお客様ということは……。
チクリと胸を刺すトゲに気づかないふりをしながら、是を返す。
「畏まりました。どのような作業をいたしましょうか?」
メルク様の執務室。
側近の方もいるので、主と仰ぐ辺境伯様と一介のお抱え騎士である距離を間違えないよう慎重に言葉を紡ぐ。
「んとね? 今母上が、父上と遊びまわってて、この家女主人が不在でしょう?」
「……さようでございますね?」
いや、遊びまわってるって……。先代辺境伯夫妻は、現役の頃は討伐や何やかやとお忙しく辺境を離れることが難しかったから、メルク様に爵位を譲った今、様々なところに足を運んでいらっしゃるだけで……。
決して遊んでるわけでは……ないよね?
「うん。だからアイリーンに女主人の仕事を請け負ってもらいたいなって」
母上に色々習ってたでしょ? とにこりと笑うメルク様。
確かに先代夫人のお手伝いは騎士になる鍛錬と並行して色々してたけど……。
その過程で色々教わってたけど……。
でも……。
「それはお客様に誤解を招くのでは?」
メルク様のお誕生日を祝いにわざわざ辺境まで来るなんて、メルク様の花嫁様候補ではないの?
そんなお方の前に、意気揚々とわたしみたいなのが姿を現して采配を振っていたらまずいのでは?
「全然大丈夫だよ~。だからアイリーン、引き受けてくれるよね?」
ニコリと穏やかに微笑んでるけど、なんだが妙な圧を感じて、それに押されるように頷いてしまった。
それがやっぱり失敗だったと気づくのは、実際にお客様を迎えた時だった。
◇◇◇
「あなた……この家の女主人を気取ってらっしゃるけど、本来は辺境伯騎士団の騎士なんでしょう?
ていうかあなたみたいな幼い方が騎士なんて務まってるのかしら? それとも騎士団所属って……そういうこと?」
にやりといやらしい笑みを浮かべる目の前のご令嬢に、何と返すのが正解なのか。
さっぱり分からず曖昧な笑みを浮かべてしまう。いや、言葉の意味はわかるけど……。ご令嬢にしては下品な思考だとも思うけども……。
それが気に障ったのか、目の前のご令嬢と連れの男性がますます嘲るような笑みを浮かべた。
だけど相手に何と返せばいいのか……。
目の前のお二人は、やはりメルク様のお誕生日を祝いに来たご令嬢と、付き添いのご令嬢の兄君だった。
どうやら、先代辺境伯夫人、つまりメルク様のお母様の縁戚らしい。
と言ってもそんな近い血族ではないのも確かで。
明らかにご令嬢の方はメルク様の妻の座狙いだった。
そんなお気持ちを持ってきたのに、わたしのような者がいたら面白くないだろう。
滞在中何かと絡まれて、メルク様が優しく相手を諫めて、相手が悔し気な表情を浮かべて去っていくというのがここ最近の定番だった。
ちなみに今はメルク様の介入は期待できない。
今夜はメルク様のお誕生日パーティということもあって、周辺の親しい方々や騎士、辺境伯領を治めるにあたって重要な人物をお招きしているのだ。
ということは主役のメルク様はあちこちに引っ張りだこということだ。
もちろんわたしも女主人の代理を任されている事もあって、食事などに目を配ったりお客様に不都合がないか見回ったりと忙しく動いていた。
んだけど……。
途中でこの兄妹に捕まって、会場から連れ出されてしまった。
そして何やら色々と責められているのだ。
思わずはぁとため息を吐く。
それが気に障ったのか、相手たちはますますぎゃんぎゃんと喚きたてる。
うーん、わたしが口出すことじゃないけど、辺境伯夫人と仰ぐならこのご令嬢以外がいいなぁ。
なんて詮無いことを考えていたせいか。
兄の方に腕を取られた。
続いてご令嬢の方に反対の腕を掴まれる。
もちろん本来のわたしは騎士なのでひねり返すこともたやすいが、メルク様の客人であるということに躊躇が生まれた。
あと、メルク様から今日の為にと贈っていただいたドレスを汚してしまうことにも。
その隙をついて、男の方から無理やりに何かを飲まされる。
息ができないように鼻を摘ままれ、無理やりに喉を流れ落ちていくソレを吐き出したくとも腕に絡みつくご令嬢が邪魔でうまく動けない。
「っ!? な、何を……」
かはりと空咳をすれば、二人から解放される。
途端、かくりと足から力が抜け、冷たい石畳の上に頽れる。
「へっ! 本当に騎士なのかよ。弱っちいなぁ」
嘲るような男の声に怒りがこみ上げるも、ふるふると震え出す身体が言う事を聞かない。
「ねぇ? お兄様? この女どうするの?」
カツリと石畳を鳴らして令嬢の方が近づいてきた。
「んー? そうだなぁ? ん? 結構可愛い顔してるじゃねぇか。いっそキズモノにしてやるか?」
ニタニタと嗤いながら、男がわたしの顎を掴む。
そのまま無理やりに上向かされて、首が痛い。
「あら! いいじゃない! キズモノにしたら、辺境伯夫人になろうなんて微塵も思わなくなるでしょうしね!」
手を叩いて喜ぶご令嬢。
それに同意を返すご令嬢の兄。
突如として貞操の危機というヤツに迫られたわたしの思考は、さっきの薬のせいかままならない。
こんな状況なのに、じわじわと熱く火照る己の身が信じられない。
「ふっ……く……あっ……」
口を開いた途端溢れ出す自分の声が信じられない。
あられもない発情した女の声に気づいたのか、兄の方がニタニタ嗤う。
「へぇ。声も可愛いじゃねぇか……こりゃ楽しめそうだっ……ぐぇへっ!!」
ぼやけた視界に映ったのは、突如として吹っ飛んでいく男の身体。
一拍の後に響き渡るご令嬢の悲鳴が耳障りだ。
ぼんやりとした甘ったるい熱に脳内を焼かれ、徐々に遠ざかる意識の端。
最後に耳にした声は……メルク様のものだった……はずだ。たぶん。
いつも優しく笑うメルク様のお言葉とはとても思えなかっただけで……。
「お前達何をしてる? アイリーンに手を出すとは死にたいのか? あぁ、死にたいんだな。なら仕方ない。
辺境でコトを起こしたなら、辺境の流儀で答えてやろう。
おい。コイツらを地下牢につないでおけ。……絶対に逃がすなよ?」
その言葉を最後にわたしの意識は……ふつりと途絶えた。
◇◇◇
その後、飲まされた薬は媚薬だったらしくどうしようもなくなったわたしは、メルク様に純潔を散らされた。
そのままわたしはあれよあれよという間にメルク様の妻に、ひいては辺境伯夫人になっていた。
うん、びっくりした。
一番びっくりしたのは、びっくりしてたのはわたしだけで、周囲は平然……というか当然みたいな顔で祝ってくれたことだけど。
慌てて帰って来られた先代夫妻にも諸手を上げて喜ばれたこともびっくりだったし。
さらにびっくりだったのは、わたしが以前小耳に挟んだメルク様の側近の方が話してたメルク様のご結婚について、あれ全部相手はわたしで考えられていたらしい。
……え? なんで? って疑問に思ったのは仕方ないと思う。
外堀だけ順調に埋められててびっくりしたけど……結局メルク様を諦めきれずにずっと好きだったのはわたしだから。
降ってわいたような幸福に、素直に身を任せることにした。
あと、わたしに媚薬を持ったあの兄妹だけど……。
怒涛の勢いで結婚を推し進めるメルク様にわたしがわたわたしているうちに、辺境伯領から姿を消していた……みたいで。
だって、あの後誰も姿を見てないって言ってたし。
お義母様(とお呼びしないとしょんぼりしたお顔をされる)に伺っても、何だかイイ笑顔で『気にすることなんて何もないわ?』って言い切られるだけだったし……。
……その後ぼそりと、『辺境伯家の花嫁に手を出すってどういうことか思い知らせてやったわぁ!』って呟いて高笑いしながら去っていったお義母様。
……あのお二人、生きてるよね?
あの、媚薬のせいで熱に浮かされていた状態で耳に届いた、メルク様のいつになく冷酷なお声がそう思わせる。
そしたら見かねたお義父様(とお呼びしないとしょんぼりしたお顔をされる)が、『生きてはいるけど二度と会うこともないから忘れていいからね』っておっしゃるから、もう忘れることにした。
だって、わたしは優しくて、わたしの前以外だとちょっぴり怖い、だけど優しい旦那様と幸せになるのに忙しいからね。
「おかえりなさい旦那様。ケガしてない?」
「ただいまアイリーン! 今日も愛してるよ!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ……そうになってメルク様が慌てて力を緩める。
それが物足りなくて、ちょっと拗ねた顔をしてしまう。
「そんな残念そうな顔しないで? 力の限り抱きしめたら君と……この子が潰れちゃうからね」
そう言ってわたしの膨らみ始めたお腹を撫でるメルク様。
あぁ、幸せだ。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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外堀埋め埋め囲い込み系ヒーローでしたー。
完全にやらかした兄妹は、遠い縁戚というだけでメルク様の妻の座に収まって甘い汁を啜ろうとして押しかけてきてやらかした残念兄妹です。
近い親戚たちはメルクがアイリーンを囲い込んでるのを知っていたので、そういう話を持って行ってわざわざ怒りを買うような真似はしていなかったのですが……。
メルクもアイリーンの前では大型犬のように人懐っこく優しい男ですが、アイリーンのいないところでは厳しくも頼れる辺境伯をしています。
なので、男性率が高い騎士団でもアイリーンに手を出すおバカさんはいなかったのに……兄妹……。
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!