4-07 生殺与奪の権利は彼女にあります……故郷に帰らせてください
昔昔ある所に、男の運命を記した本がありました。どんな女と仲良くなったか。どんな力を手に入れ窮地を脱するのか、「大丈夫?��の攻略本だよ!」など、それはもう事細かにある本でした。
しかし誰もこの本を信じませんでした。当時の暦とは表記が違い、与太話であろうと誰もが思っておりました。
ただ、数度の戦争を超え。数多の国家と文化が併合し。暦がかつての本と同じになった数百年後。
ハラン・デストラクが奴隷を買ったことで全てが始まります。
「そ・れ・と、あなたの致命的な弱点を知ってます。生殺与奪の権利はどっちにあるか、お分かりで?」
「……この子、いくら?」
予言書を持った女シータと、故郷に帰りたいハランは旅を始める。
本に書かれた情報を活用し、美味い利権や起こりうるトラブルを利用し、無事に故郷のある土地に帰れるのか。
二人の男女がおりなす、予言書(攻略本)を活用した冒険譚である。
俺の記憶、つまりハラン・デストラクの人生で牢屋が一切似合わない奴隷を初めて見た。
エルドラ王国の国境付近に駐在する、エルドラ軍にある所属部隊がなくなったのを契機に退団。故郷に帰るための身支度にと荷物を揃えるうちに人手が欲しくなり、奴隷を買おうと考え、店に訪れたのが始まりである。
(別次元の生き物みたいだな、不釣り合いにもほどがないか?)
奴隷商に案内され、いわくつきであるが故に安いと豪語された俺は。彼女がいる部屋へと案内され、一目見ての感想がそれだった。
「白髪か、いいね」
「へへ、初対面にゃあ受けがいい自慢の一品さ」
この辺りでは珍しい白髪。非常に手入れされた長髪に、着せれられた質素な服の袖からでる華奢な手足。
次に彼女の瞳だ。こちらをスッと見つめるその眼は美しい深紅。夜中でも焚火のように揺らめく瞳を持つ彼女に、俺は一瞬でも魅了されたのだ。
ただ、それ以上に目を惹くのは。顔の半分を覆う口枷だ。
分厚い布を何枚も縫い合わせ口があるであろう位置に幾何学模様が描かれたソレは、絶対に喋らせない為に高い金がかかった特殊な口枷。
部隊の時に扱った経験からスグに分かった。
「また高価な口枷っすね」
「へぇ……こいつ、シータに合わせた特注品でさぁ」
この少女は、魔術師と呼ばれる生き物だ。
魔力を使い、魔術を動かすことが出来る教育を受けたものたちを指す。
魔術以外にも動かせる物はいるが、口枷をされることは無いので、ほぼ確定だろう。
(……奴隷堕ちとはねえ。珍しいな)
魔術を扱う者は、奴隷に堕ちることはほぼ無い。
理由は簡単。単純に引く手数多で、魔術師はどんな場所でも人手不足だから。
相当な怨みを買って他者に蹴落とされるか、やむを得ない事情があったか。理由はどうあれ珍しいことである。
奴隷とは思えない存在に面食らっていると、口枷に疑問を感じたと取られたのか、奴隷商の男が二本指を動かしてパクパクさせる。
「喋る余地を作っちまうと詠唱して殺されるんでさぁ」
見当違いの心配をされているなあ。
ただ、事実だ。補足として、手足の枷を忘れると魔法陣を描かれ殺される。魔術師はこの世界で二番目に恐ろしい生命体だ。
「お前さんが質問を投げてアイツが首を動かす形で交渉してくれ」
「わかった」
内心、逃走経路の組み立てを始めている。
この子は魔力を操り魔術を生み出し相手を殺す使い手。魔術には相当の知識とセンス。そして教育が必要な金食い虫である。元上官がひーこら言いながら魔術の教育機関に学費を支払っていた。
そんな価値ある少女が奴隷堕ち。しかも見目麗しいと来た。
圧倒的訳アリ。絶対に欲しくない。帰郷の為に必要なだけなのに、厄ネタは抱え込みたくない。もっと後腐れのない奴隷がほしいが、お金がないのも事実。
「……なあ、この子ホントにお値打ち価格なのか?」
「おい不満か?」
「厄介事確定じゃないよな。場所とのアンマッチが凄いし、もっと安くしないと売れないだろこの子」
「……いいかお前みたいな金がねえ奴はみんな同じことをいった。やれ訳アリだの、見目麗しき地雷、だの言いたい放題だ」
クワっと目を見開き牢屋の中に、つかつか入ってくおっさん。
「見な、この美髪。オイル手入れでぴかぴかスラリとした手足!口枷も苦痛にならないように高価!元魔術師だから頭脳もあるぜ。商品価値はきっちりだ」
少女が触られる時、こっちを見る深紅の瞳が変わっている。過去の経験上、あれはドヤしてるな。
「……で、お値打ち価格の原因は?」
「実はコイツ、数回買われててな。出戻りだ」
「よくあるのか?」
「うちの奴隷たちをなめんじゃねえ。こいつ以外はどれも良い子たちだ。識字率も高く教育してある。返品はねえ」
「よっぽどのドジっ子とかか?」
おっさんは頭をぽりぽりと書き、呟く。
「……簡単にいやあ自主退職して帰ってくんだよ」
「それができる契約書をむすんでるのか?」
「んなわけねえ。奴隷の人権を売ってる以上、自主解放なんざ自分を買い戻す以外ありゃしねえ」
奴隷商売とは人間の権利を売買している。買われた以上、奴隷当人には権利はない。それこそ買った本人が権利を売るか、滅多にないが自主的に手放すしかない。
つまり、滅多にない後者が起きている。
「話の限りじゃあ、どうにも予言書が不幸を呼び込むらしい」
「予言書? 御伽噺か軍のやる気を上げるぐらいにしか使わんだろう」
「こっちもそう思ってた。だけど、アイツが持ってるアレを見ろ」
先ほどから視界に映っていた本を指さす。
見た目からしてかなり分厚く、今の製本技術では到底見られない。表紙は何やら人物が複数人書かれ、読めない言語で書かれているが。一か所だけ擦れているが読める箇所があった。
(大丈夫……本だよ……?)
いや本ってことしかわからん。というか表紙に大丈夫なんて文言がある時点で怪しすぎるだろ。
この手の本は、過去の経験からして悪辣な詐欺本だ。部隊が壊滅したのも一冊の本が原因だったしな。
とりあえず、絶対に読みたくない不穏な予言書であることは確かだ。さっさと売り飛ばした方がいいと思う。
「中身は何かいてるかわからん。だが、この女は読める。そして事実、予言通りになっている。買われた先でも言い当てるし、先日もこの建物の裏手にあった財宝を言い当てやがった」
「たまたまだろ」
「日付聞いただけで、遠くであった町の壊滅とかも言い当てた。数度あったんだホラじゃねえ」
巷では多数の預言書が出回っているが全て偽物だと、王国の発令があったばかり。
予言書を見たら回収しろと言われていたが、偽物でも娯楽として消費される一面もあり、中々特殊な文化醸造が行われている。
「売ろうとしたら暴れるし、本は絶対手放しはしない。内容も絶対らしい......て前この子が言ってたし、そんなもんなんだよ」
ただ、例外が今は目の前にあるってわけか。
「それを聞いて面白がった客が買ってくんだが……最終的にこの土地の奴隷小屋に帰ってくる。どんな待遇でもな。最初はそれはもう綺麗な所においてたんだがなぁ……」
奴隷界隈にも転落人生はあるんだなと、学び。腹は決まった。
「よし、別の牢屋に案内しろ」
「おいおいおいおい、荷物持ちを魔術こなしてくれる逸材だぜ!?」
「今回の採用は見送らせていただく」
退職する未来しかみえねえ、採用するかこんなもん!
「頼む買ってくれ、この子が売れれば頭痛の種がなくなんだよお」
「俺を最後の人柱にするのはやめてくれ」
厄介払いじゃねえか!
手を必死に擦り合わせ、俺の顔を伺われるが。厄ネタ一杯コレクションな退職娘はほんとに勘弁してくれ。
「安心しろ、買ったら返品は今度こそ受け付けん。いい加減この土地から離れてもっと売れる土地へ行くんだよぉ」
「その土地はどこだ、押し掛けないから教えろ!」
「夜逃げ予定地なんて言うわけねえよ!」
「もう買う気がないからご破算だよ!こっちは軍退団時の荷物もあるんだ。まともな子を選ばせてくれ!」
そう言い争っているとガンガンと音がなる。
鳴りどころに目を向けると牢の鉄格子に、退職娘が頭をぶつけていた。
「おいおい、どうした。悪かった落ち着け」
「ふぐむ、ふぐむむむ」
慌てておっさんが駆け寄り。
「まあ、まて触る」
彼女の手に触れた。
おっさんは手に触れると「ああ?」「おうおう」「おおう……?」と唸っている。
……なるほど特殊性癖の発露に見えたが、あれは魔力を通して会話するときに使う【念話】だ。接触が必要だが、使い勝手がいい。
ただ、なぜこの場面で使ったのか意図はわからない。
が、瞳がちらちらとこっちに向いている。
つまり何かしら俺に関すること。なんなら手にある予言書に記されていたとみるのが妥当か。
(常に予言書を気にする必要があるのか、面倒臭いな。もういっそのこと密かに忍び込んで燃やすか……?)
この子とは別の子を選ぶ決意を確固たるものにしつつ、数分。奴隷商が俺に向かって手をこまねいている。
入れということだろう。
「……手に触ってくれって。普段、俺以外に使わせたことないんだが」
「念話か」
「ああ、なんとも優秀な奴隷様だろ。滅多にない反応だしちょっと受けてくれないか。たぶん、死にはしない」
「確率は」
「八対二。二割の確率で魔力を流し込まれて死ぬ可能性があるが」
「……その可能性だけならまあ。最悪俺も流し込んで相打ちにもっていく」
「店の評価を下げる真似はやめてくんねえか、兄ちゃん」
魔力感知の訓練は叩き込まれているし、来たとしても俺の能力で相打ち覚悟。
そう判断し、恐る恐る手に触れる。
そうして得体の知れない存在に警戒心が高まった、俺の脳裏に響いたのは。
『あの……身長176cm髪は茶色。好きな物はピーマン。嫌いな物はニンジン。趣味は鍛錬のハラン・デストラク様ですよね。愛称はハランで、武芸百般を収め戦場を駆け回っていた伝説の男。待っていた甲斐がありました。あの、ファンです!』
ハラン・デストラクの個人情報であり。
『そ・れ・と、あなたの致命的な弱点を知ってます。生殺与奪の権利はどっちにあるか、お分かりで?』
「……この子、いくら?」
「態度が打って変わりすぎだろ、兄ちゃん」
奴隷とは思えない高圧で、怖気が奔る、脅し文句であった。





