4-05 悪役令嬢に転生した私は失脚後にパイロットになる~えっ待って結局悪役じゃん!?~
【この作品にあらすじはありません】
無限に広がる大宇宙、そこは最後の開拓地。
見渡す限りの闇に、修正液の飛沫を散らしたように星が瞬く。最も近い恒星系からおよそ5光年。銀河帝国の威光は辛うじて届かず、星間自由同盟の手も伸び切っていない暗黒宙域に、青々としたエーテルの輝きを散らして交錯する二つの機影があった。
「こいつ!」
白を基調とした塗装の施された、細身の人型のシルエット。恒星間航行をも可能にするその機体、星間自由同盟軍の誇るハイエンド・モデルのフィフス・パッケージ「グロウファントム」。
その胸部に設えられた球状のコクピットで、精悍な顔立ちの青年――アルフレッド・コールマン――は形の良い眉を不快げにゆがめた。
『コマンドポストからブルーム1、交戦を避けて所定のルートに復帰されたし。繰り返す、交戦を――』
「向こうが逃がしてくれないんだよ、くそっ!」
三度の衝突軌道。大きく円を描くようなマヌーバも、体感にしてみれば一瞬のことだ。迫りくる敵機のエーテルソードの光刃を、電磁偏向シールドでいなす。アルフレッドは怒りのままに通信機にがなり立てたが、手元はそれに反比例するかの如く正確に動いて機体を操作した。すれ違いざまに引き抜いたエーテルナイフの刃を発振させ、蛇のように食らいついてくるビームを払う。
「『MALL-E』! 敵機の特定はまだできないのか!」
『5秒お待ちを』
「長いっ!」
アルフレッドの眼球が、左右のリンクをまるで失ってぐりぐりと動き回る。そうでもしないと把握できないほど、敵の――黒いフィフス・パッケージの攻撃行動は多彩だった。ばら撒かれたホーミングレーザーの網の目を潜るようにグロウファントムを操作して、針の穴を通す突撃を敢行する。しかしそれは読まれていた。敵の置いたビームの射線が、見事にグロウファントムのコクピットを穿つ……まえに、それを読んでいたアルフレッドの手によって射線にエーテルナイフの刃が置かれる。
エーテル波干渉の応用技で弾き返されたビームが出戻りで敵機を襲い、さすがに虚をつかれたのか、それは敵機の肩の先を抉った。
「……!」
踏み込む。隙とも言えないような隙、しかし明確な隙。光速航行モードのスイッチを一瞬入れ、千キロ単位をゼロ秒で飛ぶ。想定外の運用に機体が軋みを上げ、パイロットの身体に甚大な負担をかけるものの、完璧な奇襲。アルフレッド以外がやればそのまま銀河の彼方へ吹き飛んでいく荒業で獲った敵機の背中には、しかし既に迎撃の刃が回されていた。
「なッ!」
泡を食う。必殺の一撃だった。外したことのない奥の手。それを見切られた? アルフレッドは敵機のソードをナイフで巻き取るように捌きながら、再び距離をとる。
『機体の特定が完了しました』
5秒のカウントぴったりに、統合制御インテリジェンスのMALL-Eが告げる。
『銀河帝国軍、ストレイトルーラー。照合率99.85%。個体識別――』
まるでその声が聞こえているのか。そうとしか思えない所作で、望遠カメラの向こう、宇宙の闇に溶けるような黒いフィフス・パッケージ「ストレイトルーラー」は、己が手にした得物を高々と掲げて見せた。
『悪役令嬢』
「冗談だろ……帝国親衛隊!?」
高々と掲げられたエーテルソードの、光の刀身が冗談のように膨れ上がる。アルフレッドは知っている。有名だ。星を斬る者、帝国親衛隊の悪役令嬢といえば、その者を置いて他にない。黒地に鮮烈な赤の差し色が入ったフィフス・パッケージ、人並外れたエーテルで、あらゆるものを両断する暴虐の化身。
総毛立つ。装甲宇宙服の中が、冷汗でぐしょぐしょにになる感覚。しかしそんな代謝と裏腹に、理性は正確に手足を動かしていた。スロットルを限界まで開いて、スラスター制御ペダルを蹴っ飛ばす。強烈な振動がコクピットを揺さぶるが、気合で耐える。機体前面の慣性緩衝器を最大にして、前腕を目いっぱいに開く。光速航行スイッチを入れて切れば、数百キロがゼロになる。グロウファントムのツインアイが、ストレイトルーラーのモノ・アイに反射した。
――衝突。
ストレイトルーラーの細い腰を、グロウファントムの逞しい腕がかき抱く。ボクシングでいうところのクリンチ。ここまで間合いを詰めれば、剣での攻撃は適うまい。すさまじい衝撃に揺れるコクピットで、辛うじて意識をつなぎ留めながらアルフレッドはほくそ笑んだ。
「この距離なら、バリヤーも張れない!」
ストレイトルーラーの腰後ろに回した腕、マニュピレータにはしっかりとエーテルナイフが保持されている。発振器にエーテルが収束していき、今まさに光刃を発せんとしたその時、形容しがたい威圧感、プレッシャーからくる怖気がアルフレッドの背を駆け上がった。
『高エネルギー接近』
MALL-Eの警告を聞く1秒前には、アルフレッドは動いていた。ストレイトルーラーに絡みつかせたグロウファントムの両腕を切除。電磁偏向シールドを2枚とも「そこ」に展開し、イナーシャルキャンセラをマイナス値に入れて急速離脱。
しかしそれでもあまりに遅い。MALL-Eの警告が終わるより早く、シールドは木の葉のように切り裂かれ、グロウファントムの胸部には深々と斬撃が刻み込まれていた。傷口からコクピットブロックを保護する緩衝液がさながら血のように宇宙に散り、間を置かずに凍り付いていく。
モニターの殆どが死んでいた。おそらくマシーンの頭部にも甚大な被害がある。堅牢な前面装甲を飴のように溶断したエーテルの刃はしかし、辛うじてコクピットそのものには到達しえなかった。
アルフレッドが血を吐いた。内臓のどこかをやられたか。しかし目にはいまだ闘志の灯か燃える。
生き残ったモニタが、悠々と得物を提げてこちらに接近するストレイトルーラーの姿をとらえた。
「舐めやがって」
赤く染まりつつある視界に、優雅とすら思える佇まいで剣を構えるストレイトルーラーを睨みつけながら、アルフレッドはいくつかのコマンドとトリガーを押し込んだ。
ストレイトルーラーの動きが止まる。ひどく動揺したような、何にせよ大きな感情の動きがあったのは確かだ。原因は腰後ろ、人でいえば腰椎の位置に突き立った、1本のエーテルナイフに他ならない。離脱の際に切り離したマニュピレータを、遠隔操作して致命の一撃を与えたのだ。
――ザマアみやがれ。
最後に決まったささやかな意趣返しに、アルフレッドはほくそ笑みながら意識を失った。
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「ここは……」
アルフレッドが目を醒ますと、視線の先には煌々と光る青白いパネルライトがあった。鼻を突くのは薬液の匂いか。左右に首を振るのもままならず、しかしここが病院である事だけは窺われた。
「MALL-E、状況を」
『回収作戦は失敗、コールマン大尉の意識消失後、生命維持に全リソースを投入し漂流していた本機を同盟軍所属艦が回収し、重体であった大尉の身柄は同盟軍の病院船に移管されました』
ひどくかすれた声がして、それが自身の声とわかって驚く。どれほど眠っていたのか。枕もとのクレードルに鎮座する球状の筐体が、聞き馴染みのある声で答えた。
「見逃された……?」
まだ覚めやらぬ意識の中に、あの戦闘がフラッシュバックした。こうも圧倒的な敗北を喫したのは、パイロットになってすぐの頃以来だ。大黒星。悔しさはある。しかし湧き上がってきた感情は、思いのほか前向きな色を帯びていた。
「次は、勝つ」
星間自由同盟軍の「英雄」アルフレッド・コールマンと、銀河帝国の「悪役令嬢」との因縁の物語が今、ここに幕を開けた。
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――ちなみに
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「ンン~~~! やっぱアル様つよい! つよつよのつよ! さすが主人公っていうかぁ~~!!」
銀河辺境暗黒宙域、先ほどまで激戦が繰り広げられていた場所で、沈黙したグロウファントムの残骸を前にくねくねと機体をくねらすストレイトルーラーの姿があった。
くねくねと機体をくねらすストレイトルーラーの姿があった。
「いやほんと、バカみたいな性能差を技量でここまでカバーするとか、ほんとやばいわ。推せる。ん~~! 再戦が楽しみ過ぎる!」
『お楽しみのところ悪いがね、大佐。回収作戦は完了した。とっとと帰投してください。あと、その口調は控えてくださいよ』
「おっと、ンンッ、そうでしたわね。――それでは「英雄」アルフレッドさん、また相まみえる日を楽しみにしていますわ!」
ストレイトルーラーのコクピット、華奢な装甲宇宙服に身を包んだ若い女が、あからさまに口調を変えるとそう高らかに宣言した。当然だが、沈黙したグロウファントムは何も言わない。
「おっといけませんわ。救難信号ビーコンをつけて……っと。ん、これでよし。それではごめんあそばせ! オーッホッホッホ!オーッホッホッホッホ!!」
どこか間抜けな高笑いを残して、ストレイトルーラーは次元跳躍・オーバーライドでその宙域を後にした。グロウファントムを回収しに星間同盟軍の艦艇がやってきたのは、その5時間後のことである。