4-03 バスケ部の篠原さんが「私を寝取って下さい」と迫ってくる!
高校二年生の高倉陽太は、ギャルゲーのうち「寝取られもの」を好んでおり、それを布教していた。
そんな彼は放課後に偶然、後輩の篠原美月が他校の男子たちに絡まれているところを目撃し、助けるが特に三月との関係が深まることはなかった。
しかし、その翌日、篠原は陽太の教室に現れ、突然「私を寝取ってください!」と頼み込んだのだ。
驚く陽太だったが、三月の言葉の裏には、ストーカー的な他校の男子に付きまとわれている事情があり、彼女は陽太に助けを求めたのだった。
そんな中、幼馴染の佐々木みどりとの関係にモヤモヤする陽太。
みどりは先日、大学生の彼ができたばかりだった。つまり、陽太は幼馴染みの女の子を他の男に奪われるという経験をしていたのだ。
三月の出現に、みどりは「まだ」寝取られてない!と否定するのだが……。
「私を……私を寝取って下さい!」
篠原さんは、真剣な表情で俺に言ったのだった——。
時は夕暮れ時。桜の季節も終わり、温かくなった空気を心地よく感じる。
俺は放課後、まっすぐ家に帰ることが多い。
しかし。
いつもと変わらない下校途中のはずだったのに、切羽詰まった声が俺の耳に飛び込んできた。
「ちょっと、やめてください!」
振り向くと、制服からして俺の後輩だろうか? 女の子が一人、他校の男子たちに囲まれていた。
「あんた、西校のバスケ部員だろ? この前の練習試合で見たぜ」
「あ、あの、私これから帰るので!」
「おいおい、せっかく遊びに誘ってるんだぜ? 同じバスケ部なんだしさ、断るなんてないだろ?」
どうやら彼らは近くにある東高校のバスケ部員らしい。体格に恵まれていて並んでいると威圧感がある。
絡まれている女の子は小柄だ。確かポニーテールが似合う可愛いバスケ部員としてウチの高校では有名だったはず。
篠原美月さん、確かそんな名前だったはず。
彼女のことは現在バスケ部に所属していない俺でも知っている。
その可憐さは、まるでオークどもに囲まれるエルフだな。
「ちょっとカラオケでも行こうぜ? 俺たちとさ」
男子たちの声のトーンが上がり、篠原さんの表情には焦りが見えた。彼女は無理矢理男子たちの間をすり抜け去ろうとするが、ガードされ阻まれている。
「通して下さい!」
「だからさぁ?」
苛ついた様子の男が、篠原さんの手首を掴む。
「くぅっ!」
よほど強い力で掴まれたのか、篠原さんの表情が歪む。
俺はどうすべきか考え一瞬躊躇した。普段なら見て見ぬふりをする場面だ。だいたい、篠原さんにだって面識がない。
だが、他校とはいえバスケ部員の横暴を見逃せなかった。
「おい、篠原」
俺の声に、美月と東高の男子たちが一斉に振り向く。
「先輩が呼んでいたぞ。急いで戻らないと怒られるだろ?」
俺はできるだけ自然に聞こえるよう心がけた。東高の男子たちは、一斉に困惑した表情を浮かべる。
「え……? た、確かに!」
篠原さんは状況を察し、すぐに演技に乗てくれたように見えた。頭の回転が早いようで色々察したようだ。
「すみません、先輩。すぐ行きます」
彼女は東高の男子たちに軽く頭を下げて、「ごめんなさい、約束があったんです」と言い残して、踵を返し高校の方に戻っていく。
去り際、かすかに篠原さんの声が聞こえた。
「ありがとうございます、先輩」
ん?
まるで俺を知っているような様子に違和感を抱くが、気にする暇はない。俺は振り返り東高の男子たちの方に向き合った。
しかし、不満そうな顔をしつつも彼らはそれ以上何も言わず、俺の前から離れていったのだった。
「ふう」
息を吐く。手汗をかいているし心臓は早鐘を打っている。正直なところかなりビビっていた。
喧嘩になったら負けていただろう。とはいえ彼らは東校バスケ部の看板を背負っている。暴力沙汰はイヤだったのだ。
何か忘れているような気がしたけど、危機は去った。そう自分を納得させ俺は再び帰路についたのだった。
翌日、放課後の教室。
「おい、陽太! あのギャルゲー、最高だっ!」
教室に残っていた俺に親友の健二が興奮した様子で駆け寄ってくる。
俺はニヤリと口角を上げ「あぁ、あれか」と小声で返した。
すると健二は熱心に話し続ける。
「幼なじみの子を攻略したんだけどさ、途中で寝取られちゃって……それがすごく興奮した」
彼がプレイしているのは、いわゆる寝取られもののギャルゲーだ。
今、ゲーム販売サイトでは寝取られものがランキングを席巻しているという。
元々健二は純愛ものが好きだった。しかし俺が寝取られものを紹介した途端ドハマリしたのだ。
プレイした翌日、泣きながら俺に殴りかかってきて「こんな酷い作品を勧めるなんてあんまりだ」と泣かれた。しかし数日後には嬉々としてこのゲームの素晴らしさを語るようになっていた。
つまり、彼は脳が破壊されたのだ。もしかしたら、最初から適性があったのかもしれない。
彼を見て俺は同胞が増えたと感じ嬉しかった。
これからもどんどん増やしていきたい。
そんな感慨にふけっていた時、教室のドアがゆっくりと開いた。
ぱたぱたと俺の目の前にやって来る女子が一人。
見覚えがあった。昨日、ひょんなことから助けることになった、バスケ部の女の子。
彼女は真剣な表情で俺を見つめ、口を開く。
「あの……高倉先輩、お願いがあります!」
教室の空気が一瞬で緊張感に包まれる。
「はい?」
「私を……私を寝取って下さい!」
「へ?」
「……私を寝取って下さい!」
篠原さんの声は決意に満ちていた。
クラスの全域から視線が集まるのを感じた俺は、彼女の手を引き、早々に教室を立ち去ったのだった——。
「ただいま」
俺は自宅玄関のドアを開ける。しかし返事はない。両親は夜まで帰ってこない。
ため息をつきながら自室のドアを開けると、
「おかえり、陽太」
聞き慣れた声に俺は驚いて顔を上げた。
ベッドの上で、幼なじみの佐々木みどりが寝そべっていた。長い黒髪を広げ、スマホを片手に持っている。
「み、みどり? どうしてここに?」
みどりは無邪気な笑顔を浮かべる。
「だって、陽太のお母さんから鍵もらってるし。それに、陽太の顔見たかったんだもん」
「あ、ああ」
同意しておいてアレだけど、問題はそこじゃない。
みどりには彼氏がいる。なのに、どうして俺の部屋にいるのか? それが問題だ。
しかも、その彼氏は俺の先輩だ。今は高校を卒業し、遠い大学に通っている。
つい先日、先輩は引っ越し先へと向かう途中に電話をし、みどりに告白をした。
ダメ元だったらしい。
その話を聞いたとき、みどりはてっきり断るものだと思っていた。すぐ遠距離恋愛になるし、俺のことを考えてくれるのだと想像していた。
しかし、みどりは告白を受けたと俺に報告をしてきたのだ。
つまり、俺はみどりを奪われた。
ただ、寝取られはまだ無いはずだ。
だけど正確には寝取られとは違う。いわゆる「BSS(僕が先に好きだったのに)」という別ジャンルの展開だ。
そんなどうでもいいことを考えながら、僕は疑問を口にする。
「でも、彼氏がいるんだろ? いいのか? 俺の部屋なんかに来て」
「うーん、他の男の子の家に行くのはダメだと思うんだけどねえ」
「俺でもダメだろ」
「そうなのかなぁ? だって寂しいし」
その曖昧な言葉と、彼氏に対し不誠実な言葉にイラつきつつも俺は追い返せない。
俺はたぶん、みどりのことが好きだった。なぜなら告白を受けたという話を聞いたとき、胸がズキリと痛んだからだ。
「それってどうなの」
相変わらずみどりは俺のベッドに寝転がっている。
しかも、今オーバーサイズのTシャツを着ているため、大きな膨らみがチラチラ見える。
みどりは先輩の彼女だ。そう考えると悪い気がして目を逸らしたとき、みどりはにっこりと笑って言った。
「でも、陽太がいてくれるから平気だよ」
思わせぶりなセリフだ。みどりは本心をあまり口にしない。俺もそうかもしれないが、だからこそすれ違ってしまったのか。
俺は話題を変えようと思い、ふと篠原さんのことを思い出した。
「今日さ、すごいことがあったんだけど……」
みどりは興味深そうに身を乗り出した。
「へぇ、どうしたの?」
「昨日、後輩の子を助けたんだけどさ」
俺は昨日のことを簡単に説明した。東高の男子たちのこと、篠原さんを助けたこと。そして今日、篠原さんが突然現れて——。
「私を寝取って下さいって言ってきたんだ」
みどりの目が大きく見開かれる。
「えー!? そんなの、まるでギャルゲーじゃん!」
「そうだな……っていうか、単に『寝取る』の意味を間違って覚えていただけみたいだけど」
「どういうこと?」
「どうやら篠原さんは他校の男につきまとわれているらしい。その男は篠原さんがつきあうって約束をしていないのに、彼氏・彼女の関係になったと思い込んでるみたい」
「怖っ」
「だよね。で、俺と仲良くなっているところを見せつけて諦めさせたい、とそういう話らしい」
「ふうん。どうして陽太なのかな」
「さあ?」
みどりは身を起こし、俺をじっと見つめた。
「で、どうするの?」
「うーん、その男がどんなやつか、篠原さんの言っていることが本当か確かめようかなと——」
ピンポーン。
そこまで話したところで、インターフォンが鳴った。
「あ、誰か来た」
俺は玄関に向かいドアを開ける。空が既に暗くなっている中、玄関口には篠原さんが立っていた。
「こ、こんばんは、先輩」
「え? あ、ああ……こんばんは」
どうしてここに? そんな疑問が頭をよぎると同時に、篠原さんは俺の傍のみどりを指差した。
「あ、あなたは先輩が寝取られた幼馴染みのみどりさんだ!」
「違う、まだ寝取られてないって!」
条件反射のようにみどりは返事をする。ん? まだ……?
俺を置いて、すかさず篠原さんは反論する。彼女は思ったことを素直に口にするタイプみたいだ。
「でも寝取られの定義だと寝取られているのでは?」
どこかで聞いた構文のようなことを言い放つ篠原さん。反論するみどり。
「いや、だからね——」
俺を置いて、二人は言い合いを始めたのだった。
あれ? これって、もしかして修羅場?