4-19 この世界に未来があるのなら
生まれ持った超常的なチカラ、能力が最も重視される世界。
街の管理を担当しているイズミは、強引にも「未来予知」の能力を譲渡されてしまう。
イズミが見た未来の姿とは。どう抗うのか。どう進むのか。
世界を巻き込んだ騒動へと、否応なく巻き込まれていく。
「よぅ、イズミ」
「ヤジマか」
廊下で同僚のヤジマとばったり出くわした。
そのまま並んで歩きながら軽口を交わす。
「そちらの部署も最近は忙しいと聞いたが」
「そーなんだよ!! もう暴動デモやら、大規模犯罪やら、果てには能力を完全に消し去る薬とか……やってらんねェー!! 俺も事務職がやりたい、お前のポストと代わってくれよイズミ!!」
「構わんが、全国民覚えるのが前提だが良いのか」
「いや無理。言ってみただけ……はー良いよな。荒事にも巻き込まれない事務員。俺も「瞬間記憶」ほしいわ」
「そんな大層なものでもない。精々見たものを覚えて忘れないだけだ、今度休みを作れたら「能力貸与」で使ってみるか?」
この世界は「能力」のランクに縛られている。ランクの高い能力であれば優遇され、低ければ冷遇される。
ならば言ってしまえば優遇されるのには必ず理由がある。
私の場合はこの「瞬間記憶」だった。
「え、マジで! やってみてぇ!」
「使ってみれば分かるだろうが、お前の「武神」の方がよっぽど使える」
「お世辞がうまいねぇ……おっと、目的地到着ってか。またな」
そんな気軽に会える立場じゃないだろう、なんて言葉を飲み込みながら「あぁ、またな」なんて返す。
暗い路地裏を歩き帰宅している途中で、声を掛けられる。耳馴染みのない声。
「ねぇおじさん、ちょっと道を聞いてもいいかな?」
気質からか反射的に「どうした」と返答しかけ……振り向きざまに姿形を認識して、私は腰のホルスターから拳銃を迷いなく取り出した。
「ゆっくり手を挙げろ。貴様の顔は私のデータにない、誰だ」
私は仕事として『この国に住んでいる、或いは出入りした人間』を能力によって全員覚えている。つまり「知らない」などということは本来あり得てはいけないのだ。
そんな中でも飄々とラフな服装をした彼、背格好で20にもいかないと推測できるほどに若い青年は、笑っていた。
強いて特徴を上げるならそのなりに不釣り合いなイヤホン型のインカムを付けている程度。
「そんなピリピリしないでよ。ここはお約束に則って『怪しいものじゃあありません』とでもこう言っとこうか?」
身振り手振りでオーバーリアクションながらも話し続けている。
しかしそんなものは関係ない。無言でセーフティを外し今すぐにでも撃てる用意を進めれば、彼はつまらなさそうにため息。
まだ私一人に聞かせるための演説は止まらない。
「お堅いねぇ。じゃあ本題──おじさんはこう思ったことはない?」
くるりと一回転。
やけに周囲が静かで、聞き入ってしまう。
「誰かがスキルの地位が高い者が私腹を肥やす一方で、そうでない者が割を食っている。こんなスキルなんてもので何もかもが決まる社会」
──今の世界は間違ってる、って。
「別に思わないが?」
「えっ」
そんな驚かれようとも、私の答えは変わらない。
「社会なぞ誰かの平穏の裏には誰かの不幸が偏在しているのが常だ。私に関係なければ、知ったことじゃない」
「……あー、コレは予想外。てっきり手伝ってくれると思ってたんだけどなぁ」
沈黙。私は相手の出方を伺うための静観。どことなく気まずそうな彼。しかしその雰囲気を破ったのも彼だった。
ポケットをまさぐると、小さなカプセルを取り出す。
「じゃあ、こっちには興味ない?」
「……資料で見たことはあるが、何故貴様が持っている?」
彼の手にあるのは、かつての事件で「能力を消し去る薬」が入っていたカプセルだった。尚更、聞くことが増えたようだ。
「コレの売人の情報を渡す。だから協力して?」
ニヤリと勝利を確信した顔。
……面倒くさい。
「あぁ、首謀者は捕まえる」
「お、頼もしい!」
「だが先ずは貴様からだ」
「え」
当然だろう。目の前に「何らかの方法で不法入国し」「かつての押収された薬と類似した何かを持っている」。これだけで充分だ。
「貴様を拘束し、上に誰かいるのか吐かせる。全員捕らえれば済む話だ」
「もうちょっと躊躇おうよ!? ほら僕と取引するとかさぁ!?」
「断る」
銃弾を二発、足元と空に向けて発砲。これだけ大きな音があれば異変に気付く者も現れるだろう、と淡い希望を抱きながらも警戒態勢は緩めない。
足に銃口を向けて何時でも撃てるように構え続ける。
「ああもう! 油断も隙もない! 予定変更!」
何となく、嫌な予感。迷わず足に発砲。命中し鉄の匂いが広がるが、構わず彼は独り言を零す。
「そうそう、彼を止めて。うん、了解」
否、独り言ではなかった。
それを理解し再び、今度は胴体目掛けて発砲するも、銃弾ごと私の動きが止まった。
インカム越しに仲間へと指示を飛ばす。たったそれだけのことを失念していた。
何らかの能力による妨害。銃弾を静止させるレベル……そういえば数年前に失踪した高ランクのテレキネシス系の能力保有者がいたな。
周囲の風や目の前の若者は動けているあたり、相当繊細に扱えることも分かった。
「じゃあ、口をあーんしてねー」
いつの間にか接近していた彼の指が、カプセルを伴って侵入する。
もし口が動いていたらこの指を噛みちぎっていただろう。
指でプチリと弾けたカプセルの中身が、私の身体に浸透していく。
「まあ、精々足掻いてね、おじさん。いや、情報監察庁長官イズミ」
そんな声が朦朧とした中で聞こえ、意識がブラックアウトした。
あぁ、コレは夢なんだな。意識が定まらずぼんやり揺蕩う中で、そんな考えをやけにはっきり抱いた。
目の前には私に銃を突きつけているヤジマと、そのヤジマの前で銃を玩ぶ私。
構えて、ザラリと足元の地面が削れる。
普段の軽口のような。それでいて重苦しい雰囲気で、どちらともなく口を開いた。
『イズミ、お前はそれで満足出来るのか?』
『愚問だな。私がいっときの感情で動くわけがないと、知っているだろうに』
『……以前のお前と同じだったらこんな質問する訳ねェだろ』
サイレンサー付きの銃が、パシュンと空気を穿った。
路地裏でクソったれた夢から目が覚める。気絶する前と若者が消え失せた以外は何ら変わりない。
地面へと取り落としていた銃へと手を伸ば。銃弾の残量を確認すれば、記憶にある数と使用した数が一致する。
「……なんだ?」
何か違和感。考えを巡らせれば直ぐに思い至った。
「能力が消えていない」
能力が消えても能力発現中に見たものは記憶処理を受けない限りは忘れない。
しかし、あのカプセルを飲まされてから見た夢も思い出せる。もしあの中身が例の薬ならば、今頃能力を失っているはず。今のことも忘れていくはずだがそうはなっていない。発動中の鮮明さで覚えているのだ。
ならば、あの中身は何だ。何を私は飲まされた。少なくとも碌なものではないだろう。
そしてあの若者の仲間の正体だ。少なくとも三人。
インカムに違和感を感じていたにも関わらずスルーさせるように仕向けた精神系の能力者、私と銃弾の動きを静止させたテレキネシスの能力者。
今思えば周囲が静か過ぎたことと銃声が鳴っても応援が来なかったことから、周囲の音を遮断する能力者もいたと考えてもいいだろう。
「銃使用の事後申請書、警備や監視を潜り抜けた謎の若者、その仲間たちの行方、飲まされたカプセル……はぁ」
これからすべきことを羅列するだけで嫌になる。
思わず天を仰ぎ見たのだった。