4-18 箱入り魔王様の非合法なお見合い
先代魔王が亡くなり早数十年が経った。
人間と同様の寿命の血筋である現魔王、グレイギースは少し焦っていたのだ。
このまま独り身であれば、自分の代で血筋が途絶えてしまう、と。
彼は従者たちに『どんな手を使ってもいい、女なら誰でもいい。お見合い相手を見繕え』との命令を下した。
主人公であるロヴィはグレイギースにの側近ではあり、彼の命令にも忠実であった。
さあ、今宵のお見合い相手はどんな人なんでしょうか?
いかにも倫理観のない蒼瞳だ。
魔王であるグレイギース様は、執事兼仲人の私が攫ってきた女性たちに溜め息をつく。
大人びた仕草は、若くとも先代魔王の面影があるような。
グレイギース様は髪をかき上げながら、近くへ来いと手招きをした。
「ロヴィ、もっと強い女はいないのか」
「充分お強い方たちですよ?」
「我には戦えそうな女に見えないが」
「本日の担当は私ですよ。
戦闘においての強者はご用意できません」
再度、二人で彼女ら見回す。
謁見の間にて、枷を掛けられ跪いている。
20前後で銀髪をひとつ結びにした女性に、5にも満たなそうな同色の髪をした幼女。
30は超えているであろう茶髪の女性の三人組か。
ひとつ結びの女性による騙したな、とでも恨み言を吐きそうな視線は無視するとして。
注目すべきは彼女らの纏う雰囲気。
「ふむ、貴族か」
「お分かりでしたか」
「夫人に娘、使用人といったところか?
……そうか、確かに強い女たちだ」
失望の瞳は希望の瞳へと変化を遂げ、ついにはしゃがみ込んで観察を始めた。
幼女の顔を覗き込むと、漆黒の髪は垂れ下がり細く柔らかな髪を撫でる。
うん、そろそろ良いだろう。
いちゃついてる二人は放っておき、未だ睨みをこちらに向ける者たちへ問いかけた。
「で、御二方は何が目的でこちらに?」
ひとつ結びの肩が跳ねる。
黒髪の方は……僅かに視線が柔らかくなったか。
「……誰があなたのような方にっ」
「保護でございます」
「シリエっ!?」
推測が無事、確信に至ったようだ。
立場もグレイギース様の仰る通りで合っている。
「ミリターヤ夫人。
相手が魔族であろうと強き者たちの保護を受けなければ、私たちは生き残れませんよ。」
「そうだけどっ!」
「何よりも、ヤラパお嬢様が信じた者ですよ?」
「……まあ、そうね」
主従の論争の終着点は私たちの側へ。
とても都合がいい。
私たちの、いや、グレイギース様の計画が上手く進みそうだ。
順調すぎてつまらないな。
少し、ちょっかいをかけてみるか。
問題はない。
ちょっと話題を掘り返して、軽く論点をズラしてあげるだけ。
「保護、ですか。
『美味しい木の実がある』と拐かし、気絶する毒の実を食べさせた者の元で?」
「自覚あるじゃないのっ! やっぱりダメよ。ヤラパ、他の生き残る道を探しましょ?」
ミリターヤ夫人は私たちへの不信感が強い。シリエも不信感はあるものの、ヤラパというお嬢様のお陰で薄まっている。
再燃した感情のまま、夫人は娘へ説得を行う。成功すればシリエも一網打尽にできる良い手。
だが、もう遅い。
「では、ヤーちゃんと呼んでもいいか?」
「うん! アタシね、ギー様と結婚する!」
母と従者の論争を尻目に、グレイギース様はヤラパお嬢様へ愛を囁いていたのだ。
年の差は大体15年前後。
先祖代々魔王様の家系は、寿命が人間と同等である。
もし私、従者の家系である人間と結婚すると200歳差になるため、15年程度は誤差だろう。
なお、
「ヤラパ!?」
「お嬢様、どうされたのですか」
人間の価値基準ではおかしいようだが。
「ヤーちゃんはあの胡散臭い男を信頼した時点で、とても強い存在だな」
「うん! アタシね、イケメン好き!
だからギー様も好き!」
まあ姿形と年齢がイコールで繋がっている種族の定めだろう。
と、思考を巡らせていた時。
「あの、えーっと、あなた?」
「はい、ロヴィですが」
お嬢様の正気を確かめるために半狂乱状態で動き回るシリエとは別に、感情的であったはずのミリターヤが話しかけてきた。
なんだろうか。
文句を付けに来たにしては、妙に理性的なように見える。
怪訝な顔にならぬよう気を付けながら、言葉を受け入れる準備をした。
「あの、コチラはどこでしょうか?
随分と立派な場所でいらっしゃるので」
「ん? ああ」
そう言えば伝えるのを忘れていた。
聞いてきたのは……今更ながら、高位貴族への無礼を働いた可能性を考えたからだろうか。
無理に伝えなくとも良いのだが、聞かれた以上は答えておこう。
ちょっと面白そうだし。
「魔王城です」
「魔王、城?」
その後、甲高い悲鳴と歓喜の重低音が不吉なハーモニーを奏でた。
◆
翌日、早朝の執務室にて。
私が注いだ紅茶を啜りながら、グレイギース様は眉間にシワを寄せていた。
結局、あの場での実質的な婚約はなかったことに。
色々と理由はある。
しかし、一番は間違いなくアレだろう。
「で、魔王様はロリコンと呼ばれているわけですか」
「クビにするぞ。単に気が合っただけだ」
プライドの高い魔王様が、侮辱的な響きを持つ言葉に耐えられなかったから。
代わりに友人として、魔王城にて保護しておくことに。
形としては『グレイギース様の結婚大作戦』は失敗に終わり、敵対関係であるはずの人間を保護する結果に
やはり彼女らは強かであった。
「不思議ですね、魔族であれば200歳程度の精神性のはずでしょう?」
「我が幼いと言いたいのか?」
おっと、グレイギース様の機嫌がさらに悪くなってしまいそうだ。
フォローはしておこう。
「いえ、ただ社会経験が少ないことが原因ではないかと思いまして」
いわゆる箱入り息子だ。
しかし先代は早くに亡くなっている。
故にグレイギース様は私などの従者が支えていかなければならないのだ。
グレイギース様の結婚を急ぐ理由も、魔王の血筋を途絶えさせたくないがためだろう。
「……仕方ない。
魔王であろうが、亡くなった妻によく似た一人息子には過保護になるだろう」
グレイギース様は、母親のことをよく知らない。父親のことも、断片的な記憶のみで深い理解には至らないだろう。
知らなくていい。
理解はしなくていい。
アレのことは未知のまま、グレイギース様には幸せに生きて欲しい。
唇から、耳障りの良い言葉を紡ぐ。
「人間も魔族も、寿命以外変わりませんからね。魔王の血筋ならば、ほぼ人間でしょう」
沢山の真実の山には、小さな嘘が埋め込まれている。
全て本当である必要もないのだから。
「みんな、仲良くなれば良いのにな」
「そうですねえ」
窓から暖かな日差しが部屋を照らす。
平和でのどかな、束の間の休息。
紅茶も冷めた頃に、扉が空いてボーっとしていた意識が覚醒した。
「ギー様! あっローにいもいる!
お庭でね、シリエとお母様が変なことしてるの!
いっしょに見に行こ!!」
綺麗に結われた銀髪は、愛情のこもった白いリボンが付けられている。
無邪気な笑顔にはとても良く似合う。
言いたいことだけ言って、ヤラパはトテトテと恐らく庭へ戻った。
「だ、そうですが。どうします?」
「友達の誘いだ。乗るに決まっている」
冷めた紅茶は飲み干された。
流れるように庭へ向かったグレイギース様のカップを回収しておく。
片付けをしてから、庭へ向かおう。