4-13 星山蒼空の戦闘姫
近年、行方不明者、自殺者、未解決殺人事件が増えていた。
謎の異次元存在が地球に訪れ、それぞれの好みで人間を気ままに捕食しているのだ。
不動勇士は、際立って顔がいいものの、それ以外は残念な熱血脳筋高校生男子。
ある日、突然、異次元にさらわれ、異次元存在『主様』がつくりだした世界に放りこまれる。
そこはイケメン、美女、美少女ばかりが集められ、美しさを力に換える『戦闘姫』か、彼らを絶対服従で使役する『マスター』となって戦う、力づくで何でもできる弱肉強食ワールドだった。
見た目だけはすさまじく良い勇士は、多くのマスターから狙われる。
だが、人を戦闘姫にするのも、自分がなるのも、まっぴらごめん。
そんな勇士に、星山蒼空という少年が解決策を持ちかけた…。
『主様』の目的は何か。そして勇士はこの世界から脱出できるのか?
闇のなか。うっすらと輝く大勢の人影――異次元存在が、男女どちらか判別のつかない奇怪な声で喋っている。
ホスト役は少し離れ、残りは輪になって同格のゲストたちだ。
「おいおい、人間っていうのは、肉を食うのが一番美味いんだぜ?」
「私はちょっと。血だけ吸わせていただきます」
「そんな生臭いのごめんだよ。生命エネルギーだけ吸収するのが一番だね」
「俺もエネルギー吸収派だけど、方法は疑似生殖行為。快楽で活性化させると美味いから」
「快楽? ぬるいなあ。やっぱ恐怖だろ」
「いや、苦痛だね。生かさず殺さず、お願いだからもう殺してって言うまで苦しめる、あれが最高」
「いやいやいや。方法はあくまで疑似生殖行為で、もう殺してくれって言わせたのが最高ですよ。恐怖、快楽、苦痛、すべてのスパイスが効いて、これ以上ないほど活性化します。ぜひ一度お試しあれ」
「もう、みんな行儀悪すぎ! 好きなとこばっか食べないで、嫌いなところも全部食べなさいよ」
「俺は骨までちゃんと、残さず食ってるぞ。当然血も。というか、分離めんどくさい」
「死体の始末も面倒くさいですよね」
「だから全部食べなさいって!」
「お前らなんで殺しちゃうの? 生かしておけば、また回復して食べられるのに」
「そう思って帰すんだけど、半殺しだから生存半々なんだよ」
「疑似生殖行為も死にはしませんが、死んだようになったり、自分で死んだりしますねえ」
ずっと黙っていたホストが顔をあげた。
「一番いい方法があります」
すべてのゲストが口を閉じ、いっせいに注目する。
「私のやり方を、みなさんにお勧めします」
近年、行方不明者、自殺者、謎の失踪事件や殺人事件が増えていた。
時代の流れとか傾向とかで片づけられていたものの、このところ世間ではこんな風に噂されるようになった。
「ねえ、二組の不動、やっぱ行方不明らしいよ」
「ああ、やっぱり? あいつ実はすっごい顔よかったもんね」
「よかったけどね」
「あれは絶対、ない」
「うん、顔良くても、ない」
『見た目がいいと行方不明になる』
そしてそれは事実であった。
で、彼らがどこに消えたかというと。
闇の空間にぽっかりと浮かぶ箱庭のような世界。
世界はとてつもなく高い壁に囲まれている。
その中に、現代、未来、過去、SF、メルヘン、ファンタジーなど、時代も文化も技術レベルもさまざまな場所が、区画分けされてつめこまれている。
その世界を、外壁に沿った岩山から眺めている背の高い少年。
そばには緑色のスライム状生物。大きな一つ目で少年を見あげている。
着崩れた制服姿、伸ばしっぱなしのボサボサの髪が風になびく。
顔立ちそのものは端整で、よく見ればとてつもない男美人である。
「勇士さん」
「……」
「勇士さん」
「……」
「不動勇士さーん、聞こえてますかああ? 勇士さーん!」
「聞こえてるよ、ぶよぶよ」
「あ、それはよろしうございました。で、私の名前は『ぶよぶよ』にお決まりですか?」
「いや、そういうわけじゃ……ぶよぶよは酷いよな。じゃ、緑色だから、ミドリ」
「かしこまりました。ただ、私のこの色は単なるデフォルトでして、お好み次第で自由に変更可能ですが、どうしますか?」
「え、色変えれんの?」
「人間が知覚できるすべての色に変更可能です。サイズの方も、一立方センチメートルから四立方メートルの範囲で、形状もその範囲で自由に設定可能、勇士さんがご存じのものであれば、生物でも機械でも、何でも似た形になれます、単色ですが」
「じゃ、バイクとか」
「可能です」
緑色の大型バイクに変形する。一つ目がついている。
「これ、乗れるの?」
「勇士さんの体重の十倍まで搭載可能です。バイクとして走行可能かという意味でしたら、もちろん可能です」
「そうだったのか……ていうか、そんな機能があるなら、早く教えてくれよ」
ミドリの一つ目が剣呑に据わる。
「私の話をまったく聞いてくださらなかったのは、勇士さんではありませんか」
「う……」
「主様が集めた皆さんに、この世界の事情やルールをご説明するのが、我々の最初の仕事ですのに……私が勇士さんのお世話についてから、もうすぐ一週間ですよ」
「悪い、なんか変なモンスターがごちゃごちゃうるせえなって」
「遥か彼方まで放り投げられましたね。たいそうな強肩でいらっしゃいました」
「ごめん」
「いえ、お気遣いなく。叩き潰されて即死んだものもおりますから、勇士さんはお優しいほうです」
「いや、ほんと悪かった。街に帰るまでに、話聞かせてくれよ」
「かしこまりました。ですが、ここを降りるだけのバイクテクニックはお持ちですか?」
「いや、無理」
ひゅううう……とてつもない、目もくらみそうな高さ。
「では、大型の鳥などお勧めします。脚につかまればすぐに下までお連れできますよ」
「は、それってつまり、登るときも?」
「(にっこり)可能でした」
鳥に変形したミドリにつかまって、勇士は岩山を後にした。
空中から世界の風景が見える。
現代風の街並み、未来風のビルやアリーナ。サイバーパンクな暗い都市。和洋中の時代がかった街や建物。SF風の基地や工場。絵本のような村や物品がいろいろ生ってる森。ファンタジーな城や塔、ダンジョン。
「この世界は、主様が集めた皆さんの飼育場です。主様は皆さんをお食事として集められました」
「は? 食事?」
「ご安心ください。血、肉、生命エネルギーといったものはいっさい奪いませんので、命に別状もないし、体を損傷することもありません。それどころか」
ミドリがいきなりぶよぶよのスライムに戻った。勇士はミドリをつかんだまま落下する。
「!!!?」
地上に思いきり叩きつけられた勇士は、ぐしゃりと潰れる。ぼよんと弾んだミドリが、勇士のもとに戻る。
地面に広がったおびただしい血液、正視しがたい惨状。
「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一」
血まみれの勇士の手がぴくりと動き、
「ぐは、ぐほ!」
がばっと起きあがる。全身に血はついているが、傷も損傷も一切ない。
「このとおり、体の損傷は死を意味しません。死に至る損傷を受けた場合はカウント十で、それ以外の負傷は一晩寝れば治ります」
「口で説明しろよ!」
「だって勇士さんはちゃんと聞いてくれないし、理解も遅いから」
「ぐううう……」
「その他、最低限の生命維持と、衛生面は保証します。それ以上をお求めでしたら、すべて力ずくで獲得してください」
「……はああ?」
「もっとも、ご自分で発揮する力には限界があります。より強い力をお求めでしたら、より美しい方に同意をいただき『戦闘姫』となってもらってください」
「戦闘姫? 戦闘姫ってあの……」
「はい。あの戦闘姫です。すでに多くの方が、あなたを戦闘姫にしたいと同意を求めて殺到していらっしゃいますね」
「あれかよ!」
「勇士さんが相手の同意をとれば、勇士さんがその戦闘姫のマスターです。戦いに限らず、すべての命令に絶対服従させることができます。逆に勇士さんが相手に同意すれば、勇士さんが戦闘姫です。その方をマスターとして、すべての命令に逆らえなくなります。勇士さんの意思に関係なく、絶対服従です」
「最悪だな」
「そのかわり、戦闘姫となれば、お持ちの美しさをすべて力に変えて戦えるようになります。さらにマスターのサポートでドレスアップし、さらなる力を発揮することも可能となります」
「だとしても最悪だ」
「この世界では、必要なもの、欲しいもの、すべて力づくで手に入れていただくことになっています。勝者が正義です。勇士さんのようにフリーのままですと圧倒的に不利です。相手はほぼ戦闘姫ですから、まず勝ち目はありません」
「逃げるくらいならできたけどな」
「フリーのどなたかを見つけて、同意を得て戦闘姫とするか、なるべく高ランクのマスターを選んで戦闘姫になることをお勧めします。契約の解除はマスターの任意ですので、戦闘姫側から不可能です、ご注意ください」
勇士は目だけで周囲を探った。
「なるほど、よくわかったよ。でもとりあえず話は終わりだ、バイクになってくれ」
「かしこまりました」
ミドリがバイクに変形すると、勇士は即乗って発進する。
「うおおお、遅えええ!」
「私自身の移動速度は、勇士さんが走る最高速度までです。それ以上の速度をお求めでしたら、むしろ自転車などご自分で漕いでいただくことをお勧めいたします」
「ロードレーサー、変形できるか?」
「かしこまりました」
バイクがロードレーサーに変形した。
だが、凸凹の地面に細いタイヤがひっかかり、思いっきりひっくりかえる。
「ぐおおお!」
車体からふっとんで地面に転がる。
「……こういった地面では、マウンテンバイクの方がよろしいかと」
「先に言え! つか、そうしてくれ!」
「ご命令に従うのが最優先ですので」
頭上を人影が交錯した。
起きあがる勇士のまわりに『戦闘姫』たちが次々に着地する。
和服、中国服、チャイナドレス、メイド服、王子服、ゴシックロリータ、半重力構造のロングコート、アイドル風、ファンタジー風、SF風。
あらゆるジャンルのコスプレのような装いの美男美女が十数人。
その後ろには、実に悪そうな顔つきだが、これも美男美女ばかりが六、七人。
「見つけたぜ、磨けば光る噂のレア者!」
「早い者勝ちだ! 捕まえろ!」
命令された戦闘姫がいっせいに飛びかかってきた。