4-12 いわく付け屋
「いわく付けてください」
事務所にやってきた女性は開口一番、そう話した。
呪い代行をしている山本末継は近年のいわく付き物件の宿泊ブームにあやかり、「いわく付け屋」という新たなサービスを立ち上げた。そんな山本の元に新たな依頼が舞い込んでくる。
依頼の詳細を聞くとなんと自分自身にいわくを付けてほしいと言う。
嫌な予感がし、断ろうとするも依頼主から提示された額に決意が揺らぎ、依頼を受けることとなった。依頼をこなす過程で依頼主の禍が山本にも降りかかる。
己にいわくを付ける真意とは......?
梅雨が明け、日が照ってきたある昼、私は椅子に腰掛けパソコンのモニターを眺めていた。汗ばんだ手でマウスホイールを回し、メールボックスをチェックしていく。迷惑メールをかき分け、目当てのメールを開いた。
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「いわく付き物件情報のご確認について」
山本様
お世話になっています。
井上です。
先日、いわくを付けて頂いた物件情報ができあがりましたのでご確認のほどよろしくお願いいたします。
料金の方は振り込み済みですのでご確認ください。
添付ファイル「物件情報」
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添付ファイルをダウンロードし、目を通す。
90平米、3LDK、風呂トイレ別、最寄駅から徒歩5分
入居条件:心霊との縁を持っていない方、精神病のない方。鏡に三分以上続けて背を向けない方。
事前に伝えた通りの入居条件であることを確認し、家主へ確認した旨を伝える返信をうち始めた。
呪い代行、というものを知っているだろうか。言葉だけを見ると復讐したい相手に呪詛をかけるといったネガティブなものが思い浮かべられるだろう。しかし、実際の依頼の大半は恋愛沙汰だ。気がある男と付き合いたいだとか、相手から好かれるようにしてほしいだといった調子だ。そんな呪い代行事業の片隅に私もいる。当初は呪い代行事業を立ち上げたはいいものの、由緒ある競合が多く、中々仕事を得ることができなかった。
水道局からショッキングピンクの督促状が届き、いよいよホームレスの仲間入りする頃合いか、と途方に暮れていたある日、現実から目を背けようとスマホを見ていると興味深いものを見つけた。いわく付き物件に宿泊するというサービスを利用している動画だ。宿泊者は「いわく」のストーリーを聞かされ、その後、実際にいわくの付いた物件に泊まり、リアルな心霊現象を体験しながら一夜を過ごす。
その動画は数百万回再生されており、調べていくといわく付き物件に宿泊するサービスは数ヵ月先まで予約が埋まるほどの大盛況のようであった。
昔からいわく付き物件というものは敬遠こそされ、好まれるものではなかったはずだ。ところが最近は様子が変わってきたようである。怖いもの見たさの本物を欲する人間が増えているようだ。その影響かいわく付き物件に宿泊するというビジネスまでできあがっている有り様だ。誰でも世の中のほとんどの情報が知れてしまうインターネットの弊害だと私は思う。
科学が発展し、信仰心は減っていく一方にも関わらず本物を欲するとは矛盾しているようにも思える。いや、むしろ信仰心が減って、自分にとっての本物がなくなっているからこそ、こういったものに需要が生まれているのかもしれない。
需要......いわく付き物件に需要......。
私はすぐさま自身の呪い代行のホームページを開いた。もしかすると今なら「いわくを付ける」ことに需要が生まれているのかもしれない。故意的にいわくを付けるなど素人なら恐ろしくてできないだろう。しかし私には知識がある。自身を守る術もある。
ページを編集し、「いわく付け」というサービスを付け足して前面に出した。ホームページの名前も「呪い代行業者山本」から「いわく付け屋山本」に変更してみた。すると、それが功を奏したのか、しばらくしてから月に何件か仕事が舞い込むようになった。ホームページのアクセス数が増えたお陰か、検索結果のサジェストの上の方に出るようになり、少しずつではあるが次第に「いわく付け」以外の仕事も入るようになった。
メールを送信し、再度メールボックスを確認するが目につくのは迷惑メールばかりだ。背もたれによりかかり、モニターから目を離す。
確かに以前よりは仕事が増え、人間的な暮らしをできるようにはなった。しかし未だ余裕のある生活とは程遠い。車を持つことができないどころか、壊れたエアコンを変えることすらできない。娯楽に使える金などほとんどありはしない。仕事がなければ一日のほとんどはメールボックスをひたすら見つめるか、こうして薄汚れた事務所の天井を眺める他ないのだ。さすがにそろそろ別の仕事をするべきか。どこかに在宅でできるバイトでも転がっていないだろうか。いっそのこと貯金を切り崩して広告でも打ってみるか......。
プルルルルル
やることもなく、現実味のない思考に耽っていると、突然電話が鳴った。慌てて携帯電話をとると知らない番号だ。もしかすると新しい仕事かもしれない。昂る心を落ち着かせながら電話に出た。
「はい、こちら、いわく付け屋の山本です!」
「もしもし、井上と申します。」
電話口からは無機質な女性の声が聞こえてきた。
「そちらのサービスをお願いしたいのですが」
「はい、どのサービスに致しましょうか?」
「あ、えっと、もう事務所の前にいるので直接お話ししてもよいでしょうか」
思わずぎょっとしてしまった。
「え、あ、はい。まあかまいませんけど......。」
電話とメールのみでのやりとりがよいという依頼主には出会ったことがある。むしろそういった人がほとんどだ。呪い代行もいわく付けも人聞きのいいものではない。そんなものを生業としている人間とは必要以上に関わりたくない人間がほとんどだろう。しかし、いきなり会いに来る人間はそういない。全くいなかったわけではないが、アポ無しで来る人間など一癖も二癖もある者ばかりだ。しかも今回は事務所の前で電話をかけるという理解に苦しむ行為をし始めた。
ハズレかもしれないな。
ピンポーン
これから起こるであろうトラブルに頭を悩ませているとすぐにインターホンが鳴らされた。こういった類いは行動だけは早いんだ。こちらの都合を考えるという思考にもリソースを割いてほしい。急いで玄関に向かい、扉を開ける。扉の外には日に照らされ、顔に影がかかった小柄の女性が少し前屈みになって目の前に立っていた。
「えーっと、先ほどのお電話の」
「井上です。」
「あっ、そうそう、井上さんですね。失礼しました。どうぞ上がってください。」
井上を来客用のソファに座らせ、いそいそとお茶を用意しながら、井上の方に目を向けるとずっと俯いている。恋愛沙汰、少なくとも明るい話題ではないなと思いつつお茶を出して対面に座った。
「エアコンが壊れてて、すみません。」
「いえ、大丈夫です。」
長く暗い茶髪、顔はやや下を向いており、よく見えない。しかし、髪から見え隠れする頬は痩けており、骨張っているのがわかった。もう暑いにも関わらず黒いタートルネックにジーンズを履き、手には革製の手袋をしている。汗一つかいた様子もない。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
井上は下を向いたまま抑揚がなく、尚且つはっきりとした声で喋り始めた。
「いわく、付けてください。」
「わかりました。いわく付けのご利用ですね。いわくを付ける場所、物の詳細を教えていただけますか?」
すると井上は顔をぬっと上げた。
「私です。」
底無しの洞窟にでも繋がっているかのような黒々とした大きな目が心の中まで見透かそうとばかりに私を見つめている。
窓から入り込んだ冷たい風がヒヤリと私の首を撫でた。