4-11 悪役転生物語 ~どろぼう少年と人形使いのプリンセス~
この世界では、特別な力を持った子供が稀に生まれる。
マリーは『人形つかい』の力を持って生まれた、皇女の一人。
母親の生まれた国へ向かう途中で何者かに捕まり、仲の良かった姉を亡くした。
これは、前世で犯した罪の報いなのか。
牢屋の中、力を頼りに黒幕に近づくか、それとも逃げるかを考えていた彼女の下に、助けが現れた。
『盗賊』の力を持った少年、マルコ。
商人の家に生まれ、盗むということを嫌う親に力のことがバレて、家出した。
マリーと友達になりたい彼は、マリーと共に事件の黒幕を追うことを選んだ。
実体のない糸を伸ばして人やものを操る『人形つかい』。
欲しいものを探し、忍び込み、手に入れる『盗賊』。
悪役のような力を持った二人の、物語。
「一度全てを失っただけでは、足りないのですか」
古い砦の牢屋の中、マリーは小窓越しに夜空を見上げていた。
「また、わたしは奪い、奪われなければならないのですか」
自身を生まれ変わらせたものに問う。前世で犯した罪の軽重を。
「なぜわたしに、こんな力を与えたのですか」
指先から『糸』を引き出す。これは実体を持たない、彼女の力の像。
自由自在に伸ばすことが可能で、人や物に繋げばマリオネットのように操ることができる。糸越しに目や耳を借りたり、心を読むことも可能だ。一度にたくさん伸ばせば、周囲の状況を走査することだってできる。
いくらでも悪用が可能な力を、罰を受ける者に持たせるだろうか。
生まれ変わった理由がどんなものであれ、まだ彼女は死ぬつもりがない。最愛の姉、そして侍従と護衛を殺した賊達の人数、配置は調べた。牢の鍵も『糸』で容易く開けられる。ここから逃げ出すだけなら、難しいことではない。問題は逃げ出した後にある。
「わたしの足で、人のいるところまで歩く……厳しそうね」
数多く居る中の一人とはいえ、マリーは皇帝の娘だ。そんな者をさらい閉じ込めておく場所が、人里に近いはずがない。
逃げるという選択にはもう一つ問題があった。
ここから逃げてしまえば、襲撃の首謀者を探すことが難しくなる。
読み取った賊の記憶によると、今回の襲撃は依頼された仕事だった。皇女どちらかは生かして引き渡す、という条件付き。誰が、何のために実行させたのかは誰も知らない。
ここで逃げなければ、危険と引き換えに首謀者に近づくことができるはずだ。
しかし、それをするには『糸』の力が頼りない。
複雑な操作には相応の集中力が必要になる。人間の操作には慣れていないこともあり、複数人に見つかった場合のリカバリが難しい。
ここからの脱出も、『糸』のことを知られず十にもならない少女一人と侮られているからこそ可能なのだ。マリーの身柄が取引の材料にされると考えた場合、より警備の厳重な場所に移送される可能性が高い。ここ以上に人の多い場所へ連れていかれてしまったら、自力での脱出はおそらく不可能。
どちらにするか、彼女は未だ決められない。逡巡ついでに、『糸』を伸ばして周囲の状況を探る。
「……えっ!?」
誰もいなかったはずの場所に、誰かが現れた。それもすぐ近くに。
どうやって、なぜ、だれが、どうして。脳裏に浮かんだ言葉が消える前に、誰かは牢のすぐ外に来ていた。マリーよりも背は高い。
「ようやく、見つけた」
薄汚れた外套の下から現れたのは、人のよさそうな少年の顔。マリーには見覚えが無い。しかし彼の顔には、はっきりと喜びが浮かんでいる。
「君も、そうなんだろう? 僕と同じ、特別な力を持って生まれた子」
「あなたは誰?」
「ああ、ごめん。まだ自己紹介をしてなかったね」
強い喜びが少年の顔から引き、穏やかな笑顔へと変わった。
「僕はマルコ。『盗賊』の力で同じ境遇の仲間を探して、ここに来た」
「どうして?」
「家出して一人でいることに、耐えられなくなったから」
マルコはマリーに家出の経緯を話してくれた。
彼の家は先祖代々商人で、家業に誇りを持っている。マルコも当然同じような考え方をするようになったが、そのせいで生まれ持った力が好ましいものに思えなくなった。
「本当に小さいころは、人から隠れたり、カギを開けたりするのが楽しかった。でもうちは商売をやってるから、盗みには厳しくて。大きくなるとあまり使わなくなった」
しかしある日、彼の力が家族に露見してしまった。
「盗まれたものを取り返そうと力を使ったら、そのことが親にバレてね。家にいるのが辛くなったから逃げ出したんだ」
「……自分の部屋でもないけれど、どうぞ」
指から伸ばした糸を使って、マリーは牢のカギを開けた。
「君もカギ開けができるんだ」
「マリーと呼んで。わたしの力は『人形つかい』、こんな風に人やものを操ることができる。わたしがこんなところにいる理由は、わかる?」
「さらわれたんだよね。ここにいる人たちに」
「そう。お母さまの母国へ行く途中で襲われて、一番仲の良かった姉さまも、その時に死んでしまった。どうしてこんなことになってしまったのか、わたしは知りたいの。……手伝ってくれない?」
マルコの顔に、再び喜びが浮かんだ。
「僕を頼ってくれるんだね」
「わたしは今、あなたしか頼れない」
「それでもうれしいよ。……具体的には、どうして欲しい?」
予想外の救援を得た今、マリーに迷いは無かった。
「マルコ。わたしを、お母さまのところまで連れて行って」
危険は冒さない。姉の死の原因に、生きて辿りつく。
「まかせて。マリーをここから盗み出して、お母さんのところまで持っていってみせるよ」
盗賊らしい言い換えをしたマルコは、マリーの体が横向きになるよう抱き上げた。
「……この抱き方はちょっと」
「ダメ?」
「背負って」
「お姫様はこうやって運ぶって聞いたんだけどなあ」
「……どこで?」
「ごめん、覚えてない」
マリーのリクエストに応えて、マルコは彼女を背負い直す。その際彼は、外套を留めるひもをゆるめて内側に彼女を背負った。
「ごめんね。注意深い人相手だと、『隠れ身』が見破られるかもしれないんだ。君のことは隠させて」
「私が見えたらまずいの?」
「昔、少し目立つ服でかくれんぼしてたら気付かれたことがあるんだ。用心させて」
「ならわたしも、少し細工を……」
指から伸ばした『糸』を、クモの巣のように牢へ張り巡らす。ここへ来た者に「マリーがまだそこに居る」と錯覚させる仕掛けだ。
「これで、探しに来るタイミングを遅らせられるはず」
「それじゃ、行こうか」
マルコが軽く深呼吸をすると、二人の体が『何か』に包まれた。自身の『糸』と同じように、力の性質が可視化されたものなのか、とマリーは考える。
「大きな声は、出さないでね」
ささやくようにマルコは言い、歩き出した。マリーも『糸』を周囲に伸ばし、見つかりそうな状況に備える。
確認した賊の位置、動きは内部からの脱出よりも、外部からの侵入を警戒しているように見えた。
「人の気配なら僕も分かるよ」
「用心するに越したことはないでしょう? それに、何もかもマルコに頼るつもりは無いから」
「もう少しくらい甘えてくれてもいいけどなあ」
「それなら、今よりもっと苦しい時に甘えさせて」
生まれ変わってから、マリーはずっと甘え続けてきた。
そしてそのせいで、インチキみたいな力を持っていながら、こんな状況に陥った。
「マルコ、誰か近づいて来る」
「……いるね」
マルコは進路を変えることは無い。不測の事態はあり得るが、すれ違うことすら避けなければならないほど、『盗賊』の力は頼りないものでは無い。
通路に足音を響かせて、賊の一人が近づいてくる。背から伝わる強張りも、少しずつ強くなっていく。
通路の向こうに、とうとう相手の影が見えた。当然、相手からもこちらが見える。
一歩、また一歩互いに距離を縮めるが、マルコたちに気付くことはない。
すれ違い、距離が開き、再び互いの姿は見えなくなった。
「……これで信用してもらえた?」
「信用していても、あまり何度もやりたくないわ」
見つかったときのために、マリーは賊に『糸』をつないでいた。最悪の場合は意識を奪い、仲間を呼べなくする必要があったからだ。
「マリーは用心深いね」
「……マルコは、前世の事ってどのくらい覚えてる?」
「どうしたの急に」
「前世で、同じことを兄弟に言われたから」
死んだ今生の姉と同じように仲が良く、最も激しく殺し合った相手。
「前世のわたしも大きな家の生まれだったの。父が死んでから、バラバラになりそうな家を何とかつなぎとめようとしたんだけど……わたしはその兄弟と争うことになった」
権力争いの結果、勝利はした。
「私が勝って家がまとまり、家の外との争いにも勝ち続けてきた。けれどわたしは、その過程で恨みを買い過ぎたの」
積もった恨みの矛先は、前世の彼女に向かなかった。
恨まれて自身が殺されるなら、どれだけ良かったか。
「ここから逃げられたら、わたしはこんなことが起こった原因を探して、戦いを挑む。でも、その時に同じようなやり方はしたくないの」
まだ頼りないとはいえ、『人形つかい』の力がある。前世では選べなかった選択肢が、選べるはず。
「ここから逃げたあとも、マルコは力を貸してくれる?」
「僕はマリーと、友達になりたいと思っているよ」
返ってきたのは、直接的な答えではなかった。
「友達は、商売の関係と違って利益を間に挟まない。楽しいことも辛いことも、分かち合う間柄だと思う」
「力を、貸してくれるの」
「そこは、『いっしょに戦う』って言って欲しいね。貸し借りじゃないんだから」
「……わたしはあなたに、何を返せるかしら」
マルコは愉快そうに笑った。
「これからいっしょに、笑ったり泣いたりしてよ」