合同演習の開催
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──合同演習の開催
私たちはウォースパイトで合同演習が開かれる北部にやってきた。
参加する飛行艇が集うのは、その北部にある連合王国最大たる空軍基地──イーグルピーク空軍基地だ。
「おおー! あれは空中飛竜母艦ですね! あっちには空中巡航艦!」
「少し興奮しすぎじゃないかい、伍長……?」
王立空軍のあらゆる飛行艇が集まったかのような光景に私は大興奮!
空中飛竜母艦は偵察を行う偵察飛竜から敵ドラゴンの駆逐までを行う戦闘飛竜などを艦載した特殊な飛行艇である。しかし、演習に来たのはその先駆けであるフューリアス1隻だけのようだ。
空中巡航艦は速力と機動性、それから居住性に優れた飛行艇だ。長距離の飛行任務にも耐えられるため、海上交通路を防衛する任務や逆に敵のシーレーンを脅かす任務を果たすことがある。
「ああ!? あそこにいるのは本国空中艦隊旗艦のアイアン・デューク!」
「そうだ、伍長! あれを見れば分かるな! これまでにない規模の演習だ! 気を抜くな! それぞれがウォースパイトを代表する将兵だという自覚を持つように!」
「了解!」
イーデン大尉が注意するのに私は素直に頷く。
まさか本国艦隊旗艦まで参加しているとは! 飛行艇マニアにはたまらない! これは記録しておかなければ損だ!
私はそう考えてスケッチブックと鉛筆を取り出した。
「……やはり情勢が緊迫化しているためだろうか……」
「え?」
私が初めて見る空中戦艦アイアン・デュークをスケッチブックに写生し始めたとき、ジョンソン中尉が憂鬱そうにそう呟くのが聞こえた。
「連合王国はエステライヒ帝国が急速に海軍と空軍戦力を増強していることを警戒している。彼らは連合王国に対して挑戦しているのだとハミルトン首相は言っている。そう、我々が持っている海外領や植民地を要求しているのだと」
「エステライヒ帝国が……」
エステライヒ帝国は大陸中央にある巨大国家だ。一時期は内戦に明け暮れていたが、近ごろ完全な統一を果たしたと学校でほんのり教わった記憶が僅かにある。
「もしかして、戦争になるんでしょうか?」
「そうはさせない。そのために我々がいる。そのはずなんだ……」
「そうですよね。我々の空軍は世界最強ですよ!」
そうそう、エステライヒ帝国がどれだけ頑張ったって歴史ある王立空軍に勝てるはずがない。こんなにたくさんの飛行艇がいることだし。
「そうであることを祈りたい。しかし、エステライヒ空軍にて最近就役した空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセはウォースパイトを上回る巨大なものだと聞いた。我々も油断はできないだろう」
「そんな空中戦艦が……!?」
「ああ。ウォースパイトと同じ最新鋭艦だ」
私がジョンソン中尉から聞かされるまでフリードリヒ・デア・グロッセなる空中戦艦について全く知らなかった。
私は空軍で与えられる情報の他に、空軍マニアの雑誌や同人誌も買いあさっているが、そのような情報を持っていなかったのである。
「もしかして、ジョンソン中尉もお好きなんですか?」
「……? 何を?」
「飛行艇に決まってるじゃないですか。よければ私のコレクションをお見せしますよ。模型からスケッチまでいろいろありますから。その代わり、そのエステライヒ空軍について教えてくれませんか? 模型とかあります?」
私がそう提案するのにジョンソン中尉は一瞬戸惑ったのち、不意に笑い出した。
「ははっ! そうだね。空中戦艦1隻で両国の戦略バランスが崩れるはずもないし、空軍だけで戦争は決着しない。私は神経質になりすぎていたようだ。もっと君のように楽観的に考えた方がいいね」
「……? ? ?」
私の発言がどういう風に受け止められたのかよく分からない。
けど、ジョンソン中尉は出会ったとき以外で初めてこんなに笑った気がする。
「いつか君の招待に預からせてもらうよ、ストーナー伍長。私にも君の興味を引けるだけの話ができればいいのだが」
「ええ。是非ともいらしてください」
私は下士官として飛行艇の任務がない間が宿舎暮らしだが、部屋には飛行艇の模型や本が山ほどある。ちなみに性別は何とかまだ隠せているところだ。
「ほら。見てください、中尉。あっちには空中巡航戦艦の先駆けであるインヴィンシブルがいます! このウォースパイトもあの飛行艇から始まったといって過言ではないのですよ。知ってました?」
「どういう繋がりがあるのだろうか?」
「空中巡航戦艦は空中巡航艦と同等の速力と戦艦と同等の主砲が求められた飛行艇なのです。そして、演習の結果、このような速力の速い飛行艇こそが、空中決戦において大きな役割を果たすと分かったのです」
「ふむ。確かに機動力がなければ戦うこともままならない。陸戦においては大陸革命戦争のときに証明されていたね」
「陸戦のことはよく分からないですけど、空戦において空軍は速力を重視しし始めます。空軍大臣のチャーチル卿もそのひとりで、彼と空軍参謀総長が考えたのが、これまでにないサイズの砲を載せた高速艦、なのです」
「なるほど。それがウォースパイトというわけだね?」
「ええ! その通り! あの本国艦隊の旗艦たるアイアン・デュークは20ノット程度が最大速力です。ですが、このウォースパイトは24ノットとインヴィンシブルの25ノットに迫る速力なんですよ!」
私は自慢げに飛行艇知識をジョンソン中尉に披露した。
「君は本当に飛行艇が好きなんだね」
「昔からの憧れでした。ずっとドラゴンや空中戦艦に乗りたかったんです」
「その夢がかなったようで、よかった」
ジョンソン中尉はどこか優し気にそう言ってくれた。
「ジョンソン中尉は空中戦艦に乗りたかったんじゃないんですか?」
「……私はある使命を果たさなければならない。そのために空中戦艦に乗る必要があった。しかし、ドラゴンには昔から乗っていたよ。私はドラゴンは好きだ」
「私はドラゴンも好きですよ。彼らは賢くて、強い。尊敬に値する戦友です」
「ああ。私もそう思う。彼らは大事な戦友だ」
きっとそう思えるジョンソン中尉は他人を見下したりしないいい人だ。
「我々の出番まではもうしばらくある。飛行艇について教えてくれるかい?」
「もちろんです! 任せてください!」
私が一生懸命知識を披露する中、ジョンソン中尉は安らかに笑っていた。
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