演習に向けて
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──演習に向けて
「この子がジョンソン中尉のドラゴンですか!」
ジョンソン中尉がウォースパイトに着任した翌日。
リバティウィング空軍基地に戻り、停泊しているウォースパイトに一頭のドラゴンがやってきた。その子は全長11メートルほどの中型のドラゴンで赤い鱗をしていた。
「グロリアというんだ。グロリア、こちらはストーナー伍長と彼の相棒であるワトソンだ。ご挨拶を」
「あたしはグロリアと言います。どうぞよろしくストーナー伍長、ワトソンさん。何でもアーサーのことを助けてくれたとかで。あたしからもお礼を言わせてください」
グロリアと名乗ったドラゴンはそう言って丁寧にお辞儀した。
「気にしないで。僕たちはこれから助け、助けられで任務をこなしていくんだから。それにジョンソン中尉のおかげで豪華な夕食にありつけたしさ!」
「こら、ワトソン! またそんなことを言って!」
ワトソンがまた空気を読ますに皮肉を言うので私は彼の頭を突いて咎めた。
さて、空軍では基本的に1体のドラゴンに1人の将兵が騎手として付く。騎手以外の人間はあれこれと入れ替わっても、騎手が入れ替わることは基本的にない。
騎手がドラゴンを残して戦死したりしなければ、だが。
なので、ジョンソン中尉も、前任のエドガー中尉がドラゴンごと異動したのを埋めるように、彼のドラゴンごと異動してきたのである。
「おお。ジョンソン中尉、ドラゴンが到着したのだな」
「はい、イーデン大尉。任務の準備はできています」
「結構だ。では、これより偵察飛竜の騎手として君を登録する。実際の偵察飛行における君の同乗者となるのはカーライル中尉だ」
連絡飛竜と違って偵察飛竜の騎手は偵察員として同乗者を乗せて飛行することがある。ドラゴンと違ってこれがエドガー中尉も一緒に連れていかなかったので、ちゃんと人員は残されている。
もっとも同乗者を乗せればそれだけ重くなり、ドラゴンの速度も航続距離も落ちるので、載せないことの方が多い。前任のエドガー中尉もよく同乗者を放って、単独で出撃していたものだ。
「と、ここで諸君も知っているが、合同演習が近々開催される。当然我々ウォースパイトの飛行科も演習に参加する」
そう、2週間後に空軍の合同演習があるのだ。
それまでに準備しなければと急いでいたので、ジョンソン中尉の着任も急がれたという背景がある。飛行長のイーデン大尉も気合が入っている演習だ。
「演習内容には艦載のドラゴンによる飛行演習というものもある。その内容が伝達されているのでよく聞くように。おほん!」
イーデン大尉が芝居がかった咳ばらいをして続けた。
「まず母艦を発艦後、指定されて地点上空から偵察を行い、その情報を記録して母艦に伝達する。それから再び母艦に帰投すること。これが演習の内容だ。簡単ではないかと思ったことだろうが、そう簡単ではない」
私も規模の大きい合同演習は初めてだ。小さい演習ならいくつもこなしてきたが。
「演習の想定として敵性ドラゴンによる攻撃や敵性空中艦隊との遭遇回避などがある。つまり対抗部隊が全力で妨害してくるということだ!」
王立空軍のアグレッサー部隊は有名だ。ベテランの飛竜騎手たちの集まりで、何人もの部隊のエースを名乗っていた騎手たちの伸びた鼻を折ってきたとか。
私も彼らとやり合ったことはない。思わず緊張に息が止まる。
「ウォースパイトからはジョンソン中尉とグロリア、ストーナー伍長とワトソンが組んで出撃する。心の準備はいいか、ふたりとも!」
「は、はい!」
「よろしい。もちろん、演習で優勝するのは我々ウォースパイトの飛行科だ。そのための訓練をこれから2週間、みっちりと行う。早速だが、始めよう」
ううむ。イーデン大尉が気合ばっちりだ。実際に飛ぶ私たちよりも気合が入ってるんじゃないだろうか……?
「ジョンソン中尉もストーナー伍長も騎乗するのは戦闘飛竜ではない。が、今回はアグレッサー部隊の戦闘飛竜を退ける必要もあるだろう。よって、射撃訓練を行う」
「了解!」
射撃訓練は苦手なのだが、ドラゴンと空中戦艦に乗り続けるために頑張ろう!
射撃訓練で準備されたのはエンフォーサー小銃というボルトアクション式ライフルだ。口径は7.7ミリでマガジンには10発の弾が入る。
私たちが使うのはそんなエンフォーサー小銃の中でも、騎手たちが使うカービンモデルで、それは銃身が短くなっているものだ。狭い艦内やドラゴンの上で扱うには、このようなモデルでないと大変。あちこち銃がぶつかってしまう。
「さあ、構え!」
私とジョンソン中尉はリバティウィング空軍基地の射撃場で訓練を受ける。訓練を担当するのはイーデン大尉だけでなく、ウォースパイト乗り込みの空軍陸戦隊の軍曹もいる。陸戦隊の軍曹はとても厳しい教官だ。
まずは立った姿勢での射撃訓練で、私は慣れない小銃を頑張って構え、銃口を的に向ける。何度教わっても慣れない作業だ。
「姿勢がなってないぞ、ストーナー伍長! もっと全身で構えるんだ! 腕だけで照準しようとするな! 足をしっかりと踏ん張れ!」
「は、はい、教官!」
もう構えるだけでも大忙し。そして、ここまで頑張っても的に当たるかどうかは分からない。発砲すると肩を始めとして体中に反動が来るのだから。
「ジョンソン中尉! あなたはなかなか堂に入っているな! 文句なしだ!」
「ありがとう、軍曹」
ジョンソン中尉はこういうことには慣れているのか、私よりも遥かにちゃんとした構えで小銃を的に向け、見事に的の真ん中を撃ち抜いていた。
「続いて伏せた状態での射撃訓練を開始する!」
「了解です!」
基本的に私たちが使うのはこの伏せた射撃だ。
だって、ドラゴンに乗ったまま立つなんてことはまずないのだから。基本的にドラゴンの背に伏せているか、あるいは膝立ちになっているかだ。
「少しはましになったな、ストーナー伍長! だが、まだまだだ! それでは敵のドラゴンに追い回されるぞ!」
「はい、教官!」
これならひたすら走らされる訓練の方がマシである。私は基地を何十周してもへばらないくらいで、持久力はある方なのだが、こういう技術が必要なものを覚えるのは時間がかかるのだ!
それでも訓練はイーデン大尉の宣言通り、みっちりと行われた。
「よろしい! 今日の訓練はここまで! 銃を武器庫に返還してくるように!」
「了解です!」
やーっと終わったー!
もう日はすっかりと落ちており、基地の周囲は暗い。私とジョンソン中尉は大忙しでリバティウィング空軍基地の武器庫に武器を返還し、食堂に駆け込んだ。
「何とか夕食には間に合いましたね」
「ああ。空軍はちゃんと食事はとらせてくれるのか」
「そりゃあそうですよ。お腹が減っていたら何もできませんし」
しかしながら士官用の食堂はもう閉じていたので、ジョンソン中尉は私と一緒に下士官及び兵卒用の食堂に入った。
「しかし、射撃訓練は疲れますね……。もっと目に見えて上達するならやりがいもあるんですが……」
「ふむ。実は射撃に関する陸軍の教本を持っている。空軍陸戦隊のやり方とは異なるものの、分かりやすく記されている。よければ君に貸そう。どうだろうか?」
「おお? 是非ともお願いします!」
「では、食事の後で届けるよ。分からないことがあれば言ってほしい。私も君に助けられてばかりでは面目ない」
「そんなことないですよ。ジョンソン中尉は射撃が得意じゃないですか。その才能があれば恥ずかしいことなんてありませんよ」
「そうなのだろうか?」
「そうです、そうです。私も誰よりもドラゴンに上手く乗れるというのを他にない才能だと思って胸を張って生きていますから!」
私はそうニッと笑ってジョンソン中尉に言った。
「そうか。他にはない才能があれば、それを誇りに……」
ジョンソン中尉はひとりそう呟いていた。
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