外交交渉
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──外交交渉
アルビオンとガリアの外交交渉は暗礁に乗った。
「我々だけがエステライヒと争っているという認識は間違っています。貴国にとってもエステライヒは脅威であるはず。違いますか?」
アルバート殿下は中立を取るということを示唆したベルナール閣下に告げる。
「脅威ではありますが、まだ外交交渉で解決できるレベルの対立です。外交交渉で解決しなければならないというべきか。エステライヒの作った三帝同盟は殿下も当然ご存じでしょう?」
「……ええ。ルーシ、アナトリアとエステライヒの同盟」
「彼らは東部や南部でもはや脅かされないのです。これまで我々ガリアの安全保障には、ルーシの存在があった。ルーシは反エステライヒであり、我々が西部で、ルーシが東部で、それぞれ牽制し合った」
エステライヒは帝国の真ん中にある国家だ。故にその周囲を囲む多くの国と対立し、東西南北で戦争をやってきた。
だから、エステライヒはどの方角かに戦力を集中させることはできなかった。
その状況が一転した。エステライヒはもはや東と南において脅かされない。
「今の情勢下でのエステライヒとの戦争は我が国にとって致命的になる。戦争は何としても回避しなければならない。エステライヒを刺激するようなことは避けるべきだと私は考えていますし、政府も考えています」
「アルビオンと友好がエステライヒを刺激すると?」
「残念ですが、その通りです」
エステライヒと戦争をしたくないから、アルビオンと同盟するようなことはしない。それがベルナール閣下の言い分であった。
「貴国は陸軍大国でいらっしゃる。エステライヒが仮に東部と南部に戦力を貼り付けずともよくなっても、貴国はエステライヒの侵攻を阻止できるのでは?」
「取り返しのつかない多大な犠牲の末に、ですな。そのような戦いにガリアの若者を送り出したくはありません」
アルバート殿下が説得を続けるが、ベルナール閣下はもう全てを決めてしまったかのように応じようとはしない。
「少しよろしいでしょうか?」
ここで私が気になったことがあるので尋ねた。
「何でしょうか、お嬢さん?」
「空軍を強化するという方法もあります。現在の戦争において航空優勢なき軍隊はどこまでも脆弱です。そして、こと空軍力においてはアルビオンはエステライヒを上回っています」
「ご存じないようだが、エステライヒの空軍も増強されているのですぞ。いずれはアルビオンを上回るそれになるでしょう」
「そうでしょうか? エステライヒが保有している飛行艇のドックが我が国より多いとは思えません。何せ、我が国がそう陸軍を拡張せずともいい環境なのに対して、エステライヒは陸軍が優先の国家のはずです」
私がそういうのにベルナール閣下が目を細めて続きを促すように頷いた。
「空軍力だけに注力していればいい我々と、陸軍にも少なくないリソースを注がなければならないエステライヒ。どちらが大艦隊を持てるかはお分かりでは?」
「しかし、エステライヒの空軍が脅威ではないということはないだろう」
「いえ。恐らくエステライヒ空軍の司令官が思い切った性格をしていない限り、今のエステライヒ空軍には対処可能です」
「何を馬鹿な」
ベルナール閣下が思わずそういう。
「説明を、ストーナー嬢」
「はい、殿下。我々王立軍はその飛行艇の余力を活かして、あちこちで行動できます。ですが、エステライヒ空軍が数の不利であるが故にそこまで広域で活動できません。もしできたとしても全艦隊を投入しなければ各個撃破されます」
私はアルバート殿下に促されて説明を続ける。
「かつての海軍がそうであったように航空優勢を得るには敵艦隊と決戦をするしかありません。ですが、数で劣るエステライヒ空軍が全力で艦隊を投入した場合、彼らは本土防衛のための空軍力すら喪失する危険を冒すことになります」
「では、何のためにエステライヒは空軍の強化を?」
「恐らくは現存艦隊主義のためです。強力な空軍による抑止力を狙っている」
「なるほど」
ブラン閣下が私の答えに納得して返した。
現存艦隊主義は艦隊決戦のような損耗する戦闘を避け、空中艦隊を常に無傷の状態に保ち、そのことで相手に圧力をかけるというものだ。
かつて海軍の用語だったこれは、今では空軍にも適用されている。
「現存艦隊主義は確かに我々に迂闊な行動を取れなくさせますが、敵が決戦に挑めないという状況であるならば、何を恐れる必要があるでしょうか。それなら、我々は敵が決戦に挑まざるえなくなるまで好き放題やって見せましょう」
私はそう述べてニコリと微笑んだ。
「どうですかな、ベルナール? 我々がアルビオンを味方につけた方が、若者を無駄死にさせずに済むかもしれませんぞ」
「私はまだアルビオンの空軍がエステライヒ空軍より強力だと認めたわけではない。それに我々だけが納得しても駄目なのだ。市民が納得する必要がある」
「では、あの忌々しいエステライヒのフリードリヒ・デア・グロッセをアルビオン空軍に撃墜してもらいますか?」
「馬鹿を言うな。そんなことが認められるはずがない」
それ以降はほぼ空軍の話になり、アルビオンと同盟することでエステライヒ空軍に勝利できるかが焦点となった。
だが、何かしらの約束を交わすことはできず、晩餐会は終わってしまった。
「これは失敗なのでしょうか、アルバート殿下……」
「いや。問題は空軍の一点に絞られた。空軍の問題が解決しなければ同盟はあり得ないが、逆に言えば空軍さえどうにかなるならば同盟はあり得る」
「王立空軍がエステライヒ空軍より優れいてるところを見せれば……」
「そうだ。そうなれば同盟はあり得る」
アルバート殿下はそう力強く宣言した。
「であるならば、ウォースパイトの出番ですよ。ウォースパイトで王立空軍の優れたところを示しましょう!」
「ああ。早速タワーズ艦長やラムリー中佐たちに進言してみよう」
そこでアルバート殿下が私の方を見た。
「ここまでこぎつけたのは君のおかげだ。君の空軍に対する鋭い洞察が、我々とガリアの間にある問題を空軍のそれにまで小さくしてくれた。感謝する」
「いえいえ。私の知識なんて雑誌の受け売りですから」
「それでも私を助けてくれた。君には本当に助けられてばかりだ」
アルバート殿下がそういって微笑んだ時、迎えの車がやってきた。
「行こう、ストーナー嬢。ウォースパイトこそが切り札だ」
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