晩餐会開幕
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──晩餐会開幕
私たちはまずアルビオンがルーテティアにおいている大使館に向かった。
私、アーサー、ラムリー中佐の3名で私の着替えが入ったカバンを持ってもらい、車でルーテティアの華やかな通りを駆け抜けて、大使館を目指す。
「“空の巨人、来訪”と」
「ガリア市民はエステライヒのフリードリヒ・デア・グロッセを友好的な存在だとは思っていないようだ」
「ですが、怯えていますな」
「首都に友好的でない空中戦艦がいるのだ。仕方がない」
「それが外交姿勢に響かなければいいのですが」
アーサーとラムリー中佐はガリアの地元紙を見てそう言葉を交わしていた。
「私たちのことは何も報じていないのですか?」
「小さく報じてありますな。“アルビオンの友人たち、空軍基地へ”」
「私たちは友人なんですね」
「ええ。これはちょっとばかり楽観的になれますな。全く」
ラムリー中佐は皮肉気にそう言ってのけた。
「間もなく大使館です」
運転手がそう言い、私たちを乗せた車は大使館に入った
大使館はなかなかの広さのもので、お金持ちが持っているお屋敷のようだ。
「ようこそいらっしゃいました、ジョンソン様。お部屋をご擁してあります」
私たちが大使館に入ると、すぐに人がやってきて私たちを部屋に案内してくれた。私が案内された部屋には女性のスタッフの人が待機しており、カバンに詰められた荷物を解くのを手伝ってくれた。
「では、お着替えを」
「はい」
覚えた通りにドレスを纏い、アクセサリーを付け、化粧をする。手伝ってもらいながらこれらをこなし、私の変身は完了だ。
「お待たせしました!」
「いや。私も今準備ができたところだ」
アーサーはそう言っていたが、化粧に手間取ったので待たせてしまったはずである。
「では、健闘を祈りますよ、殿下」
「ああ。最善を尽くす」
ラムリー中佐に見送られ、私たちは再び車に乗り、今度はガリアのホストがいる屋敷に向かう。
「アーサー。タキシード、似合っていますよ」
アーサーはきっちりと糊が効いたタキシード姿で、ヘアスタイルもフォーマルなそれに変えていた。空軍の制服も似合うけど、タキシードも似合っている。
「ありがとう。だが、ここからはアルバート殿下、と。すまないがそう呼んでくれ」
「そうでしたね。すみません、その、アルバート殿下」
「君にそう呼ばれるのは、少しつらいよ」
私の前にいるのは空軍中尉ではなく、アルビオン連合王国第一王子なのだ。馴れ馴れしくしてきたから実感がないけれど、本来ならば私などとは接点もできないような人なのである。
私たちを乗せた車は静かなルーテティアの郊外に向かい、ある親氏の前で止まった。
「ここがガリア空軍大臣であるモーリス・ブラン閣下の屋敷だ」
「ブラン閣下と会談をするのですよね?」
「そうだ。彼はガリア政界の中ではアルビオンを知る政治家となっている」
私とアルバート殿下は車を降りて、エントランスに来た。
「ようこそいらっしゃいました、アルバート殿下、それからストーナ-様」
「早速だがブラン閣下に挨拶をしたい。彼はどこに?」
「こちらへどうぞ」
執事の人に案内されて、アルバート殿下と私は屋敷の中を進む。
「おおっ! アルバート殿下! この度はお出でいただき光栄の限りです」
ブラン閣下はピエール・クロステルマン空軍基地にも姿を見せていた中年の男性だ。ちょっとお腹が出ていているけど、立派な紳士らしい恰好をしており、私たちが姿を見せると満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「私もお会いできて光栄だ。それもこのような情勢下にあって、我々の友情が変わらないということに礼を述べたい」
「いえいえ。このようなときだからこそです。エステライヒの連中は空中戦艦1隻でルーテティアを大混乱に陥れました。それは我が国の空軍力における劣勢の証。空軍大臣として悔やんで悔やみきれません」
アルバート殿下の言葉にブラン閣下は力なく首を横に振った。
「しかし、そのような情勢であるからこそ、今回の会談には列席者が少し増えています。よろしいでしょうか?」
「どなたが出席を?」
「副首相のベルナールです。このタイミングで私があなた方と接触するのを警戒しているようでして……」
「なるほど。それではベルナール閣下も同席を」
「申し訳ありません、殿下」
どうやら会談が始まる前からトラブルらしい。
「不味いな」
「どういうことでしょうか、アルバート殿下?」
「ブラン閣下とだけの会談ならば、問題はなかっただろう。しかし、どうやらエステライヒの空中戦艦による脅迫が効いたのか、ガリア政府は我々とガリアの急速な接近を止めようと考えたようだ」
アルバート殿下によればこういうことらしい。
ブラン閣下は我々アルビオンと協力してエステライヒに対抗しようという政治家だった。だが、フリードリヒ・デア・グロッセがルーテティアに現れたせいで、ブラン閣下のそのような行動にガリア政府が待ったをかけるつもりらしい。
「始まる前から難航しそうですね……」
「その通りだ。我々が努力しなければ」
逆境においてもくじけない。それが必要だ。
それから晩餐会が開かれ、食堂に人が集まる。
「初めまして、アルバート殿下。ガリア副首相のアダム・ベルナールです」
ベルナール閣下は60代後半ほどのおじいさんで、分厚いレンズのメガネの向こうには、こちらを牽制するような輝きがあった。
「初めまして、副首相閣下」
「この度は急な参加を受け入れてくださり、お礼を申し上げます」
アルバート殿下が握手を求め、ベルナール閣下が頭を下げて応じた。
「では、皆さん。まずは食事をお楽しみください」
ブラン閣下がそう言い、私たちは席に着くと食事が運ばれてきた。
まずは食前酒のシャンパン。お酒が苦手な私とアルバート殿下に配慮してくれたのか、少な目のものが出された。
それ以降はガリア料理のフルコースだ。
前菜のエスカルゴ料理やサラダ。魚料理のブイヤベース。肉料理のカモをオレンジソースで味付けした料理などなど。
「ブラン閣下。ウォースパイトとの交流は予定通り行えるでしょうか?」
料理が出される中でアルバート殿下がそう尋ねる。
「努力しております。いかんせん首都の上空にあまり友好的ではない国の空中戦艦が鎮座している現状では、空軍に余力があまりないため……」
ブラン閣下は本当に申し訳なさそうにそういった。
「我々はガリア空軍を強化し、かつ我が国と有事の際に連携できるようにする準備があります。王立空軍はガリア空軍のよき友人となれるでしょう」
「ええ。それを望んでおります。ウォースパイトに乗員たちに我が国の空軍将兵と是非とも交流し、空軍先進国であるそちらの技術を指導していただきたい。それが両国にとって利益になるのは間違いありません」
どうやらブラン閣下はまだウォースパイトの訪問を切っ掛けに、ガリアとアルビオンの外交関係を改善することを諦めていない。
「ごほん。確かにそのような両国の空軍同士の意思疎通を図ることはよいことかもしれません。ですが、ときとしてそれは諸外国に間違ったメッセージを与えかねません」
ここでベルナール閣下が発言。
「そう仰られますと?」
「我が国がアルビオンと同盟を締結するという憶測や、我々がアルビオンと手を組んで他国を脅かすというメッセージです。それらは周辺諸国に不快感を与え、外交・安全保障において緊張感を生んでしまいます」
ベルナール閣下はそういって首を横に振った。
「我が国は現在の段階では、アルビオンと安全保障において何かしらの協定を結ぶつもりはありません。それはエイコート卿にも伝えるつもりです」
「それは……」
「我が国は中立であることが必要であるように思えるのです。我々が貴国とエステライヒの覇権争いにかかわっても不利益しかないですから」
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