空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセ
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──空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセ
「結局、僕たちは飛ばなくてよくなったの?」
「そうみたい。演習は中止だって」
ワトソンが退屈そうに尋ねるのに私はそう返した。
突如ガリア共和国の首都ルーテティアに現れたエステライヒ帝国の空中戦艦。それに対処するためにガリア空軍は演習どころではなくなり、私たちは何のために訪問したのか分からないぐらい暇だった。
「残念。ガリアのドラゴンたちを見てみたかったのにな。僕よりも速く飛ぶドラゴンはいたと思う?」
「君がいつだって一番速いよ」
「それは何より」
ワトソンはそういって小さく笑った。
「諸君! 状況が明らかになった!」
ここでイーデン大尉がハンガーに戻ってきて告げる。
「まずエステライヒ空軍の空中戦艦の名はフリードリヒ・デア・グロッセ。本艦と同じく最新鋭艦である。そして、今回の彼らの突然の出現は決して戦争のためではない、とのことだ」
空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセ!
アーサーが言っていたエステライヒ空軍の最新鋭艦だ。そして、アーサーが脅威に感じていた飛行艇でもある。
「フリードリヒ・デア・グロッセはあくまで親善のために訪問したとのことだ。空中戦艦をいきなり他国の首都に送り込んでおいて何が親善だと思うかもしれないが、ガリア側も受け入れを決定している」
私たちは何か月も前からずっと準備してきて、ちゃんとガリアにもいつ伺いますというのを通知していた。
だが、どうやらフリードリヒ・デア・グロッセはいきなりやってきたけど、私たち同じように親善のためだと言っているらしい。
滅茶苦茶じゃないかな……。
「どうやらガリア側でもエステライヒ空軍の受け入れを事前に通達されていた人間がいるらしい。それと、だ。本国からの情報だが、エステライヒ空軍の空中艦隊がガリアとの国境線近くで演習を始めているとのことだ」
イーデン大尉は渋い表情でそう伝えたのだった。
「予定は未定になったが、いずれにせよ我々の役割は変わらん。ガリアとの友好関係構築と両国空軍の連携を図って行動を続ける。以上だ!」
と、イーデン大尉は言ったものの具体的な行動は示されていない。
「エステライヒはガリアに圧力をかけるつもりらしい」
アーサーはふと私にそういった。
「ええ。国境線近くでの演習って、要は空中艦隊を国境に集める口実ですよね」
「我々がガリアとの関係改善を図ったタイミングでの行動だ。我々とガリアの連携を阻止し、ガリアを中立にしておくことが目的だろう」
「そして、各個撃破、ですかね」
「最悪の場合はそうなる」
アーサーは険しい表情でそういった。
各個撃破は軍隊の基本のような戦術だ。敵に対して局所的に数の優勢を取り、それによって敵を確実に撃破していく。集まれば10になる戦力でも1が10個の状態で散らばていれば5の戦力で撃破できる。
「外交交渉はどうなるんでしょうか?」
「それは予定通りだ。ガリア側も今になってキャンセルするようなことはしていない。ただ、我々にとっては逆風が吹いているな……」
私の問いにアーサーがため息交じりに答える。
私も憂鬱な気分になってきたので、遠くに見えるフリードリヒ・デア・グロッセを見つめる。エステライヒ空軍の飛行艇は何隻か知っているけれど、やはり艦のシルエットにはそのようなエステライヒの色が見える。
飛行艇の設計というのはそれぞれのお国柄が出るものだ。その国が必要とする飛行艇はその国の抱えた環境によって異なるし、飛行艇を設計する個人または組織の設計思想というのも影響する。
「遠目に見ている分にはいいんですけどね」
私はフリードリヒ・デア・グロッセを見つめてそう呟いた。
それから私たちは待ちに待ち続けた。フリードリヒ・デア・グロッセが現れたことで当初の予定は全部吹っ飛び、イーデン大尉が言ったように予定が未定になっていまったのだから仕方ない。
「ジョンソン中尉」
そんなときにハンガーを訪れたのは外務省のエイコート卿だ。
「ストーナー伍長も一緒に来ていただけますかな?」
「ああ」
少し疲れたような表情をしたエイコート卿に呼ばれて私とアーサーは人払いがされ、空軍陸戦隊の歩哨が警備している部屋に入る。
「不味い状況です」
エイコート卿は開口一番にそういった。
「フリードリヒ・デア・グロッセもエステライヒの外交団を乗せています。そして、彼らはガリア政府に安全保障関係の交渉を求めている情報が入って来ました」
「このタイミングはやはり我々の動きを牽制するためか?」
「それ以外に考えられません」
アーサーの言葉にエイコート卿は頷く。
「ガリアは我々の友好国というわけではありません。そんなガリアが我が国と友好関係を構築しようとした矢先にこの動きです。エステライヒは我々とガリアとの関係改善を妨害するつもりですよ」
「しかし、ガリアにとってもエステライヒは脅威だろう?」
「ええ。ですが、そうであるが故に我が国とエステライヒの争いに巻き込まれるのはごめんだという声もガリア政府内では聞かれます。エステライヒの圧力に負けて、中立を維持しようとするかもしれません」
エイコート卿がこの世の終わりみたいな表情で言うので私も暗い気分になってきた。
「エイコート卿。諦めるにはまだ早いぞ。このような状態でもできることはあるはずだ。考えてみてくれ」
「では、ガリアとエステライヒの本格的な外交会談が始まる前に、我々がガリアと会談を行いましょう。ガリアとエステライヒ間で何かしらの約束が交わされる前に我々が先手を打つのです」
「いい手のように思える。頑張ってくれ」
「むろん、あなた様方にも協力していただきますよ。幸いなことにガリア側のホストであるブラン空軍大臣は晩餐会を中止にはしていません。今日、あなた様方にガリア政府の意向を調べてもらい、さらには態度の軟化もお願いしたい」
「ああ。私も手を尽くそう。戦争を回避するためだ」
エイコート卿に言われてアーサーが頷く。
そして、私たちはエイコート卿と分かれた。
「いよいよ今日ですね。準備はどこでしましょう?」
「大使館に一度向かうので、そこでやろう。私もそこで着替えるつもりだ」
「了解です。……上手くいくと思います?」
私はエイコート卿が気弱になっていたこともあって、思わずそう尋ねた。
「きっと上手く行くよ。心配はいらない」
アーサーはそう私を励ましてくれた。
一世一代の晴れ舞台にして勝負どころまで残り数時間……!
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