ガリアへの飛行
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──ガリアへの飛行
いよいよ私たちがガリア共和国に向かう日が訪れた。
「荷物を持とう、ストーナー伍長」
「すみません!」
私が持っていたドレスやアクセサリーが入った大きなかばんを、アーサーが軽々と抱えてウォースパイトへと運んでくれた。
ウォースパイトではようやくウォースパイトに腰を下ろしたラムリー中佐だ。
「それは私の部屋に置いておこう、ストーナー伍長。その方が望ましい」
「ありがとうございます、ラムリー中佐」
私が狭くて共用の部屋に女物のドレスなど持ってきたら正体があっという間にばれてしまう。それを察してラムリー中佐はドレスやアクセサリーのかばんを彼の個室に置くことにしてくれた。
「いよいよですね、ジョンソン中尉」
「ああ。いよいよだ」
私たちはガリアに向かい、そこで秘密の外交交渉を行うのである。
これは私たちの祖国アルビオン連合王国の命運を左右するものだ。
「諸君。ついに我々はガリア共和国に向かい、任務を果たす!」
ハンガーではイーデン大尉が気合を入れていた。
「既に外務省からは特命大使であるエイコート卿と随行員が乗り込んだ。失礼がないように! 諸君らひとりひとりが空軍を代表していると思うように!」
「はい!」
外務省からはエイコート卿というお髭のおじいさんがウォースパイトに乗り込んだ。旅客飛行艇ではなく、空中戦艦に乗り込むということで、カラビナやハーネスに四苦八苦しているのをオライリー伍長たちが目撃して噂していた。
「では、諸君らがそれぞれの義務を果たすことを祈る!」
イーデン大尉はそれで締め、私たちはそれぞれ離陸に備えた。
『艦長より全乗組員へ。本艦はこれより離陸する。離陸に備えよ』
スピーカーからそう告げられ、私たちはハーネスがカラビナでちゃんとウォースパイトに固定されていることを確認。
ウォースパイトは滑走をに入ると一気に加速し、そのまま離陸した。
「ガリアまではすぐだな」
「ガリアのお土産って何にする?」
イーデン大尉が艦長たちと話し合うために席を外すとハンガー内は私語で満ちる。
「ストーナー伍長。少しいいだろうか?」
「はい、ジョンソン中尉」
アーサーに呼ばれ私たちは彼の部屋へ。
「君には事情を説明しておくべきだと考えている。我々がガリアに向かう意味。それを君にも把握しておいてもらいたい」
「分かりました」
「まず我が国とガリアの関係だが、決して良好とは言えない。これまで我々は植民地の奪い合いなどで関係を悪化させてきた。それに政体の違いもある。だが、そうであるが故に今回彼らとの関係改善を目指すのだ」
アーサーがそう語り始め、私は頷く。
「それはなぜか? エステライヒ帝国との対立がより深刻になっているからだ。エステライヒ帝国は近年急速に海空軍を拡大した。空中戦艦の数で我が国に匹敵するのは、彼ら以外に存在しない」
「そんなに……」
「さらにエステライヒ帝国は東のルーシ帝国、南のアナトリア帝国と三帝同盟という同盟を締結した。エステライヒ帝国はこれまで大陸の中央にあり、東西南北で脅かされていたが、そのうち東と南において彼らは安全を手にした」
ルーシ帝国は大陸の東にある巨大な帝国で、アナトリア帝国は私たちとは宗教も文化も異なる南の帝国だ。
「我々の同盟者は……今は存在しない。我々は長年大陸に対して中立を維持していた。そのことは君も知っているだろう?」
「ええ。大陸にはこのグレート・アルビオン島が脅かされたときのみ介入するんでしたよね。確か大陸におけるパワーバランスがなんとかかんとか……」
「大陸の勢力均衡の維持が我々の方針だった」
私のうろ覚えの記憶をアーサーが補足してくれる。
「今回はその勢力均衡が崩れた、と?」
「そうだ。政府はそう判断している」
なるほど。大陸の情勢がお互いを牽制しあっているなら私たちは平和。だが、一方に力が偏れば、それは戦争の危機となるわけである。
「我々はガリアと同時にロムルス王国にも働きかけを行っている。今から同盟者を作り、エステライヒ帝国との間の勢力均衡を作るんだ」
「しかし、エステライヒ帝国はよく他の帝国とそんなにあっさり同盟できましたね」
「かの国には鉄血宰相と言われる優秀な政治家と、それを理解している若く、賢明な皇帝がいる。皇帝の名はルートヴィヒ。我々の最大の脅威となっている人間だ」
エステライヒ帝国がここまでの外交的勝利を勝ち取ってきたのは、その鉄血宰相と若き皇帝のおかげらしい。
ルートヴィヒという皇帝。
彼はアルビオン連合王国と戦争をするつもりなのだろうか?
「もし、今回の外交に失敗したら戦争になったりするんでしょうか……?」
「分からない。その可能性は皆無ではないが、近年の戦争は誰もが望んで起こすのではなく、安全保障環境の摩擦によってやむなく引き起こされるものになりつつある」
「望まないのに戦争が?」
「戦争は昔のように勇敢な兵士と将軍が、彼らだけで戦い、そして短期間で終わるものではなくなった。一度戦争を始めれば、大勢を巻き込み、大勢の死者を出して、国土が荒廃して終わるものになる」
「そんなことは誰だっていやですよね!」
「それでも戦争でしか国益が守れないと思い込んでしまえば、緊張が高まり、予期せぬ衝突で戦争になってしまうんだ」
私は飛行艇は好きだが、だからと言って戦争が好きなわけじゃない。戦争なんて起きない方がいいって思っている。
「それを防ぐにはどうすればいいのでしょうか……」
「まずは対話によって緊張を緩和すること。それから戦争に訴えれば得られるものより、失うものが多いという状況を作ること。つまりは対話と抑止力。このふたつだ」
「外交は分かります。大抵の人は話せば分かってもらえますし、話ができる相手だって認識してもらえば、殴りかかるのも躊躇うはずですよね」
「それと無理解が一番よくない。無知は容易に恐怖を生み、恐怖は緊張を生む」
「よく分からないものは確かに怖いです。お化けとか……」
「お、お化けか」
私が子供のころからお化けが怖かった。そんなものはいないよと言われたって、そんなの分からないじゃないかと思っていた。
まあ、実際にお化けを見たことはないんだけどね。
「それから必要なのは抑止力だ。入り口に警備員が武装して立っている郵便局とそうではない郵便局では後者の方が襲われやすい」
「簡単に強盗ができるからですよね。難しければ考えなおすということでしょうか?」
「武装した警備員は強盗犯を銃撃して射殺するかもしれない。死んでしまうということは強盗で金銭を手にするというより、遥かに不利益だ。そういうリスクとリターンの計算の末にお互いリスクが高いという状況を生み出す」
「なるほど。戦争をすれば大損害が出るとはっきり分かれば戦争なんてしませんよね」
「ああ。今回のガリア訪問ではその点も話題になる」
私がポンと手を叩いて納得するのに、アーサーが続ける。
「ガリア空軍は君の方が詳しいだろうが、そこまで力のあるものではない。もし、東と南で安全を確保したエステライヒ帝国が、西のガリア侵攻を企てた場合、このままならばそれは成功してしまうだろう」
そして、大陸海峡の向こうはアルビオンにとって敵対的な勢力が占領する場所となり、いよいよグレート・アルビオン島も危機にさらされるとアーサー。
「我々はガリア空軍との協力関係を築き、同国の空軍力を強化する。それが我々に求められていることだ。私たちが接触するガリア政府の高官も空軍の関係者となる」
「確かにガリア空軍は自分が知っている限り、あまり強くありませんね。彼らに空軍を強化するように訴え、それを助ければ、エステライヒ帝国がガリアに侵攻する可能性もなくなる、と」
「そうだ。だが、我々はあまり相手に約束はできない。我々の役割は本格的な政府による外交交渉に先立ち、両国の緊張をほどくことだ。我々が勝手に交渉してしまうわけにはいかない」
「了解です」
私たちがミスをすれば、戦争になるかもしれない。そう考えると少し怖かった。
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