事故発生
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──事故発生
私はハーネスを付けたジョンソン中尉をワトソンに乗せ、リバティウィング空軍基地を離陸した。これから目指すは我らが母艦ウォースパイトだ。
「ストーナー伍長。ウォースパイトは今作戦行動中だと聞いているが、どのような任務を実行中なのだろうか?」
「定期哨戒飛行です、中尉。リバティウィング空軍基地の第5空中戦艦戦隊は、順繰りで哨戒飛行を担当しています。訓練もかねての飛行ですよ」
ジョンソン中尉が後ろから尋ねるのに私はそう返す。
「やはりトラブルが起きるのはガリア共和国だろうか?」
リバティウィング空軍基地が守る大陸海峡。私たちアルビオン連合王国が海峡を挟んで面するのが、ジョンソン中尉が口に出したガリア共和国だ。
「いいえ。ガリアとトラブルはほとんどありません。私たちが相手にしているのは、もっぱら空賊ですね。大陸海峡にも出没するんですよ、空賊」
「そうなのか。エステライヒ帝国とは?」
「そっちもトラブルの話は聞きませんが……。私が知らないだけということもあります。後で飛行長のイーデン大尉などに尋ねられるといいでしょう」
「分かった」
やっぱり将校になると自分の日々の任務だけではなく、国際情勢とかも知っておかないといけないのかな? なんだか大変そうだ。
私はドラゴンに乗って、あとは空中戦艦に乗りたいだけで空軍に入っているから、国際情勢やら何やらはさっぱりである。
「間もなくウォースパイトに着きますよ」
私はウォースパイトの定期哨戒コースを把握しており、後は時間と速度を合わせて飛行するだけだ。
洋上には目印になる目立つ地形や建物はない。なので、そういうものを指標にして飛行することはできない。なので、私たちは時間、速度、方位から常に自分がどこを飛んでいるかを把握し、目的の場所に飛べるように訓練されている。
計算というか暗算が苦手だった私は特に苦労した!
「あれがウォースパイトか?」
「ええ。そうです」
「とても立派な飛行艇に見える。聞いていた以上だ」
「でしょう?」
ジョンソン中尉が感嘆の息を漏らすのに私は自慢げに笑って見せた。自分の乗っている飛行艇はもはや自分の家みたいなもので、人に褒められれば素直に嬉しいものだ。
『ウォースパイト。こちらソードフィッシュ。着艦の許可を求める』
『ソードフィッシュ。こちらウォースパイト。着艦を許可する』
ウォースパイトは巡航速度である10ノットで飛行しており、それに向けて私は慎重にアプローチしていく。大きなウォースパイトとは言えど、着艦できる場所は限られている。下手なところに勝手に降りたら始末書ものだ。
慎重に、慎重に飛行甲板を目指して速度を落とす。
飛行甲板に近づくと発艦したときと同じように着艦の手伝いをしてくれる飛行科の将兵が飛行甲板に現れた。
飛行甲板の安全確保、着艦した後に風などで飛ばされないようにロープでドラゴンを固定する準備、着艦後に騎手と搭乗者がカラビナを使って自分を固定するロープの準備などなど。
「着艦!」
無事にワトソンはウォースパイトの飛行甲板に降り立ち、すぐさま待機していた飛行科将兵によってワトソンがしっかりとロープで飛行甲板に固定される。
「お疲れさまでした、中尉。乗り心地はどうでした?」
「信じられないほどよかったよ、ストーナー伍長。本当に素晴らしいものだった」
「ありがとうございます!」
さて、これで任務は完了だ。イーデン大尉に報告しないと。
私はワトソンにカラビナで固定しているハーネスをワトソンにカラビナを付けたまま、艦に固定するほうのロープに通す。一度外してから嵌めると、その外している僅かな間が危険だったりするのだ。
そのとき、ぐらりとウォースパイトが揺れた。同時に警笛が鳴り響く。急な旋回を警告するための警笛だ。
見ればウォースパイトの前方に民間の飛行船がいた。小型の飛行船で間違ってウォースパイトの進行方向に入り込んでしまったようだ。
それを回避するためにウォースパイトが艦を傾斜させて旋回して、回避運動を行う。飛行甲板にいた将兵たちも、私も吹き飛ばされないようにしっかりとロープを握る。
「あっ!」
そこで悲鳴のような声が上がり、私が後ろを振り返る。
ああ! ジョンソン中尉が空に放り出されてる!? ど、どうして!?
「将校転落! 繰り返す、将校が転落! 救助に当たります! ワトソン!」
「了解だ!」
私はワトソンを艦に固定したロープを急いで外すと緊急発艦。そのまま海上に向けて落下しつつあるジョンソン中尉を目指して急降下する。
「間に合って……!」
この高度から海上まではほんの10秒程度だ。それまでに間に合わなければ……!
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