ドレスアップ協奏曲
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──ドレスアップ協奏曲
「初めまして。私はレクシー・バーティ。今回はお手伝いに参りました」
そう自己紹介するのは30代後半ほどの美しい女性だった。
私がアーサーの頼みを引き受けてから、すぐにこの人がやってきた。彼女がラムリー中佐が準備したお手伝いさんらしい。
「よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ。では、早速参りましょう。王都まではここからすぐです」
私たちは何と王都ロンディニウムまで買い物に出かけるのだ。
ドーンハーバーの商店街にも衣料品店やアクセサリーを扱う宝石店はあるのだが、このレクシーさんのお眼鏡にはかなわなかったらしい。
「まずはドレスを選びましょう」
そう言ってレクシーさんはお高そうな店に私とアーサーを連れて入った。
「いらっしゃいませ、バーティ夫人」
「今日はこの子のためのドレスを選びに来ました。手伝っていただけます?」
「もちろんです」
お店の人と顔見知りらしく、レクシーさんが頼むと店員さんたちは笑顔で応じた。
「まずはこちらで採寸を」
「は、はい」
こんな高級なお店、一度も来たことないから凄い緊張する。
私は店員さんの指示を受けてジャケット、シャツ、ズボンを脱ぎ、採寸に応じようとしたとき、やってきた店員さんが首を傾げて見せた。
「あの失礼ですが、お客様。ブラはどうなさりました?」
私の胸には布が巻いてあるだけだ。
「いや。小さいからいらないかなって思いまして……。着けた方がいいです……?」
「それはもちろんです! その点も選ばせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「一応お願いしておきます」
私は男装して過ごしているので、ブラはしないし、パンツも男物だ。久しぶりに女性として振る舞うならば、ここら辺はほぼ全て入れ替えないといけないだろう。
採寸が終わり、ブラをパンツが4着ほど選ばれ、それからドレスに。
「このドレスはいかがでしょうか? 流行りのものです。形状がAラインのものなので比較的足が長く見え、小柄な方にも似合いますよ」
「へえ。よさそうですね。レクシーさんはどう思います?」
私はよく分からないのでレクシーさんに尋ねておく。
「ウェストの位置をもうちょっと高くしてもらえるかしら。それと腰のリボンの位置も併せてあげてくれる?」
「畏まりました、バーティ夫人」
バーティさんはあれこれを指示を出し、ドレスを整えていく。
「色はどうしましょう?」
「それはジャクソンさんの好みと合わせたいですね。ジャクソンさん、好きな色は何でしょうか?」
私が青とか、赤とか、またはウェディングドレスのような白とかのドレスを前に首を傾げ、レクシーさんはアーサーにそう尋ねた。
「青が好きだ。個人的には」
「では、青を基調としたものを」
というわけで、ディープブルーのドレスがまず選ばれたのだった。
「早速試着を」
「わ、分かりました」
私は試着室に押し込まれ、ディープブルーのドレスを纏う。
「ど、どうでしょうか?」
私は鏡でも自分の姿を見たが、そこそこ様になっているようには見えた。
色はディープブルーで、素材はシルクのイブニングドレス。可愛いリボンのアクセントがついていて、ウェストを高めにしているのでスタイルがよく見える。これを着ていると本当に立派な家の人間に……見えなくもない。
「とても似合っていますよ。ばっちりです、ストーナーさん」
「よかったです。アーサーはどう思います?」
私はまだ感想を述べていないアーサーにそう尋ねる。
「と、とてもよく似合っている、ロージー。本当だ」
「そうですか。なら、これで決まりですね!」
アーサーは顔をやや赤くしていたが、しっかりと頷いてくれた。
「予備として同じ色の系統で違うデザインのドレスを数着作っておきましょう」
「え」
まだ選ぶの……? とそう思ったが、レクシーさんは本気だった。
「やっとドレスが決まったあ……」
「次は靴ですよ。その次はアクセサリーで、その次は化粧品です」
「ああ。まだまだなんですね」
今度は靴を選ぶ番である。
ハイヒールを履いたのは久しぶりなせいで、よろよろしてしまった。レクシーさんは私とアーサーの身長差をヒールでごまかそうとしたので、余計に高いヒールに私は思わず転びそうになった。
最終的にネイビーのハイヒールが選ばれた。
「次はアクセサリーです。遠慮せずにほしいものを選びましょう」
他人のお金で買い物というは正直やりにくい。特に高額な品だと申し訳なくなる。
しかしながら、空軍伍長程度の給料ではこのドレスの端切れすら揃えられないので、ここはお願いするしかない。
「ネックレスにパールはいかがでしょうか? お似合いになると思いますよ」
店員さんがそう勧めてくる。
「し、真珠って本当につけるんですか?」
「そうですね。悪くないと思います。青のドレスにパールの白が映えますから」
パールなんて小さいころに母がしているのを見たぐらいだったが、目の前にあるのは本物である。レクシーさんはこともなげにパールのネックレスを受け取り、私の首に下げてしまった。
「いいですね。どうです、ストーナーさん?」
「は、はい。いいと思いますが、もうちょっと安いやつでも……」
「お値段は気にしないで。金銭的な余裕は十分にあります」
「私の心の余裕は十分にはないです」
お高い買い物のストレスは凄い。小心者の小市民には辛い。
「髪が短いのでその点を補うのにイヤリングなどを付けましょう」
「ヘアアクセサリーもいろいろと取り揃えておりますよ」
あれやこれやと私はレクシーさんと店員さんの着せ替え人形にされ、いくらか分からない高級そうなアクセサリーを付けたり、外したり……。
「これでいいでしょう。文句のない出来です」
「あははは。よかったです。なくさないようにします……」
絶対に私の収入を遥かに超えているだろうアクセサリーの数々に、私は作ったような笑顔でそう言うしかなかった。
「次は化粧を」
化粧をするのも久しぶりだ。小さいころは母の化粧道具を使って遊んでいたものだが、ここ数年は化粧なんてするわけにはいかなかった。
「ここは明るい色にしましょう」
「はい」
化粧の方法を思い出しながら、鏡を見ているとだんだんと昔の自分が鏡の向こうに現れてきた。性別を偽って空軍に入るために捨てたはずの自分だ。
特に未練はなかったので、ただ懐かしいという気持ちが湧いただけであった。
そして、私が化粧を終えたとき。
「ロージー……! 君は……!」
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