難解なるガリア語
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──難解なるガリア語
ガリア語の講習が開始された。
「ガリア語ではこの単語は女性名詞として扱われ──」
最初は『こんにちは』とか『いいお天気ですね』と言った挨拶とか『我が名はロージー・ストーナーです』『これはペンです! リンゴじゃありません!』と言った基本的な文法から始めると思っていた。
しかし、空軍が呼んだ言語講師はどこかの大学の講師で、彼は単語の意味と発音、そしてその活用法をひとつずつ教えていくという、なんとも奇妙な教え方をしていた。
そのせいで私たちは未だにちょっとした挨拶のひとつもできないのだ!
「……ストーナー伍長、どうです?」
「……オライリー伍長は?」
「さっぱりです」
「ですよね」
私は席を並べているオライリー伍長のノートを見たが、彼は退屈したらしくウォースパイトと思しき飛行艇が、この講義室を砲撃している落書きを書いていた。
私のノートにも飛行艇の落書きとワトソンなどのドラゴンの落書きがちらほら。
「──今日の講義は以上です。明日からは──」
「ありがとうございました」
講師がそう言い、私たちは一応お礼を言って送り出す。
「これじゃあ、ガリアで美人を見つけても挨拶のひとつもできませんよ」
「あはは。それは困るよね。本当にあの講師の人も挨拶とか基本的な文法からやってくれればいいのに」
私たち下士官組は言語学習にそう文句を言いながらウォースパイトに戻る。
「実際、使う機会ってあるんでしょうか? 外交官を運ぶだけなら、それで終わりってこともありません?」
「でも、イーデン大尉の命令だしなあ」
「そうなんですよねえ」
イーデン大尉はガリア語をちゃんと覚えたかチェックするはずだ。彼の権限で任務から外すということもできる以上、ちゃんと覚えてないと任務から外され、置いていかれる可能性はあった。
そうなると不名誉極まりない。
「あ。噂をすればイーデン大尉だ」
「イーデン大尉たちも言語学習の帰りみたいですね」
リバティウィング空軍基地の廊下を教科書やノートを持ったイーデン大尉たち士官組がいた。が、顔色は私たちと同じくらい酷い。
「イーデン大尉。どうされました?」
「何でもないぞ! お前たちはちゃんとガリア語を学べているか?」
「さっぱりです、大尉!」
「ちゃんとやれよ! その、無理強いはしないが……」
イーデン大尉はそう言ってどうにも居心地が悪そうにしていた。
「イーデン大尉は発音がちょっとですね……」
「文法や単語は流石に参謀になるために空軍大学を出ているだけあるのですが……」
同行していたカーライル中尉とアーサーがそれぞれそう言う。
「け、研鑽あるのみだ。“それでは失礼、紳士諸君!”」
イーデン大尉はそう片言のガリア語で言って立ち去った。
「ジョンソン中尉たちはどうです?」
私はイーデン大尉が立ち去った後にそう尋ねる。
「私は可もなく、不可もなくだ、伍長。だが、ジョンソン中尉は凄いぞ。講師が絶賛するくらい発音も完璧だった。ネイティブと区別がつかないほどだとか」
「あの講師はちょっと大げさなんだ」
にやりと笑ってカーライル中尉が言うのにアーサーが恥ずかしそうにしていた。
「君たちは?」
「ええっと。いろいろありまして、ちょっと……」
私とオライリー伍長たちはどうにも苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「まあ、頑張るしかないよ。私たちが喋る相手は恐らくガリア空軍の将兵ぐらいだろう。外交は任されないはずだ。行こう、ジョンソン中尉」
「あ、ああ」
カーライル中尉はアーサーに声をかけ、アーサーは不安そうに私の方を見たのち、カーライル中尉と立ち去っていった。
「俺たちもウォースパイトに戻りましょう」
「うん」
そして、私たちの困難な日々が始まった。
少しずつ言語学習が進んで行き、ようやく挨拶の言葉など教えてくれるようになったのだが──。
「む、難しい……」
私は撃墜寸前に追い詰められていた。
「ようやくガリア語が分かるようになったじゃないですか」
「私には難しいです……」
そう、脱落したのは私だけ。オライリー伍長たちは付いていけているのだ。
私の頭のできは悪いのだろうか……。
「そうだ。ジョンソン中尉に教えてもらったらどうです、ストーナー伍長?」
「迷惑にならないです? 士官組はマナーの勉強もあるって話でしたし」
「マナーは俺たちも明日からですよ」
「うっへえ」
テーブルマナーとかダンスとかを一通りやるらしい。
まあ、そっちは元男爵家としてちょっと嗜みがある。昔は普通にできていたし、そこまで苦にはならないだろう。もっともかなり忘れている部分もあるが……。
「頼むだけ頼んでみたらいいと思いますよ。ジョンソン中尉なら怒らないでしょうし」
「そうしてみます。私だけ置いていかれたくないですからね」
というわけで、私はジョンソン中尉に頼んでみることにした。
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