決して喋らない
……………………
──決して喋らない
「すまない。待たせてしまったね」
凄い剣幕で出ていったジョンソン中尉が少し固い笑顔を浮かべて戻ってきた。
「あの、いったい何を……?」
「チャールズ──ラムリー中佐は私から注意しておいた。彼の言葉は気にしなくともいい。彼に私たちの交友に口を出す権利はない」
「そうでしたか。では、これまで通りにあなたに接しても……?」
「もちろんだ。そうしてほしい。お願いする」
ジョンソン中尉はそう言って深々と頭を下げた。
「ス、ストップ、ストップ! 頭を下げる必要がありませんよ! 私だってジョンソン中尉とは気が合っていたから、友人として付き合いたかったんです」
「そう思ってくれて嬉しく思う、伍長」
私が慌ててそう言うのにジョンソン中尉は笑みを浮かべてそう返した。
「君に再び友人として接してくれと言いながら、矛盾するようですまないのだが、私の正体については絶対に秘密にしてほしい。今は私の正体が発覚するわけにはいかないのだ。君にお願いばかりしているが、いいだろうか?」
「ええ。当然です。ご安心を。絶対に喋りませんよ」
「ありがとう。では、艦に戻ろう」
私はもうジョンソン中尉を、アーサーを避けなくていいことに安堵した。
だが、ことはそう簡単ではなかった。
「伍長!」
ウォースパイトの艦内を私がひとりで歩いていたときに私はふと声をかけられて立ち止まった。知らない声に振り替えると、そこには知らない空軍士官がいた。その制服は白のそれではなく、青色のもの。
空軍陸戦隊だ。
その階級は中尉で、私の方に歩み寄ってくる。
空軍陸戦隊は飛行艇から飛行艇に乗り移る移乗戦闘や、飛行艇の反・犯罪乱防止などの任務を負っている部隊で、このウォースパイトにも乗り込んでいる。
「少し聞きたいことがあるのだが」
「何でしょう?」
「ウォースパイト艦内に不審な人物がいると報告を受けたのだ。その人物について私は調査を行っている。伍長、君からも話を聞きたい」
「ええ。私に協力できることならば」
陸戦隊中尉がそう協力を求めるのに私は頷く。
「アーサー・ジョンソン中尉は知っているな? 彼について不審な点がなかったかを聞きたい。どうだろうか?」
「ジョンソン中尉に不審な点、ですか?」
「ああ。彼についてある捜査を行っている。具体的なことは言えないが、空軍にとって不利益なことになる可能性がある」
その陸戦隊中尉の言葉は信じられなかった。
アーサーは真面目だし、変な点などひとつもない。それに彼は──。
そこで私は気づいた。アーサーが身分を偽って空軍に入隊していることに。
「何かあるのか?」
「い、いえ。何もありません、中尉」
「隠すとためにならないぞ。何か少しでも不審な点があるなら言うんだ」
陸戦隊中尉はそう言って凄んだ。
「ありません、中尉!」
「後になってお前が隠し事していた場合、共謀罪の容疑に問われる可能性もある」
「何を言われても、私には心当たりはありません……!」
私はそう繰り返した。
「そうか。分かった。時間を取らせたな」
陸戦隊中尉はそう言って立ち去っていった。
この場をこうしてやり過ごした私だったが、どうやらアーサーについて調べているのはウォースパイトの陸戦隊だけではないようだった。
「ストーナー伍長」
「どうしました、イーデン大尉?」
イーデン大尉がハンガーで私に声をかけてくるのに私が尋ねる。
「少し聞きたいことがある。いいか?」
「え、ええ」
以前の陸戦隊中尉のことを思いだして、私は少し緊張した。あれから彼が何かしらの情報を手にして、私を共謀罪とやらで軍法会議にかけると決めたのかもしれない。
「聞きたいののは他でもないジョンソン中尉のことだ」
やはりアーサーのことで、私は大尉が何を訪ねてくるか待つ。
「ジョンソン中尉が陸戦隊に調査されていると聞いた。俺の部下であるからにして、俺にも責任がある。何かあるならば把握しておきたい。伍長、お前はジョンソン中尉と親しいが、彼に何か問題はあるか?」
陸戦隊はまだ捜査を続けているらしい。
だが、私は絶対にアーサーの秘密を暴露するわけにはいかないのだ。
「私にはジョンソン中尉に問題があるとは聞いていませんし、思ってもいません。きっと陸戦隊は何か間違った情報で行動しているのだと思います」
「そうか。一応ジョンソン中尉本人にも聞くが、事前にその言葉を聞けてよかった。安心できたからな」
イーデン大尉は笑みを浮かべるとジョンソン中尉の方に向かって行った。
「何か妙だ」
私はこうも立て続けにアーサーのことを聞かれるのに違和感を覚えた。
これまでは何も疑われず、空軍参謀総長にだって挨拶していたアーサーが、どうして今になって犯罪者のように疑われているのか。
私もアーサーに事情を聞いておくべきかもしれないとそう思った。
イーデン大尉がアーサーと話し終えるのを待って、私はアーサーの下に向かう。
「ジョンソン中尉。少しいいですか?」
「ああ。恐らく君が聞きたいことは理解しているつもりだ」
ああ。アーサーも今の状況は不自然だとちゃんと気づいているらしい。
私たちはウォースパイト艦内の人気がない場所に向かう。
「気づいていますよね? 何やら妙にあなたを疑う人間が出てきました」
「ラムリー中佐の差し金だろう。彼の狙いは君が私の正体を喋るような口の軽い人間だと証明したいのだ。君は彼に理不尽に疑われている」
「やはりそうでしたか」
「何せ彼は君が女──」
何事かを言おうとしてアーサーが口をつぐんだ。
「? どうしました?」
「な、何でもない、伍長。本当だ」
アーサーは何やら顔を赤くして視線をそらしていた。
「私を試しているということは、これからもいろいろとあるのでしょうか?」
「恐らくは。ラムリー中佐はそう簡単に諦める男ではない。良くも悪くもしつこい男だ。君には暫く迷惑をかけることになると思うが……」
「気にしないでください。私ならば大丈夫ですから」
私はアーサーを安心させようと笑みを浮かべて見せた。しかし、私の顔を見たアーサーは安心するどころか、余計に顔を赤らめてしまっていた。
「あ、ありがとう、伍長。頼りにしている」
アーサーはそう言ってこくこくと頷いていた。
……………………




