アーサー・ジョンソン中尉
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──アーサー・ジョンソン中尉
ワトソンで大空を飛行すること30分弱。
「見えてきた」
リバティウィング空軍基地が前方に現れ始めた。
リバティウィング空軍基地は大陸海峡を守る基地であり、その歴史はとても古いものだ。少なくとも100年以上の歴史があるとかないとか。
私にとっては美味しいシーフード料理がお手頃価格で食べられる街が近く、周辺住民も空軍のことを誇りに感じてくれていて、とてもいい基地という評価だ。
『リバティウィング空軍基地管制へ。こちらウォースパイト所属連絡飛竜ソードフィッシュ。着陸の許可を求める』
そんなリバティウィング空軍基地の管制に向けて私は着陸の許可を求めた。
ワトソンのハーネスには無線機の入ったカバンも下げられており、それを使って私は基地や母艦、他の飛竜騎手たちと連絡を取り合うのである。
ちなみにソードフィッシュというのが私のコールサインだ。
『リバティウィング空軍基地管制よりソードフィッシュ。着陸を許可する。』
よし。許可が出た。着陸しよう。
「ワトソン、降りるよ」
「了解だよ、ロージー」
私はワトソンに合図し、基地の規則で決まっているように東側からアプローチして滑走路に向けて高度と速度を落としていく。ドラゴンは垂直に離陸できるのと同じように垂直に着陸できるので、正直そう長い滑走路は必要ない。
私は高度計と自分の目で地上との距離を測りながら、ワトソンに合図し、降下を続けた。ワトソンにとっても、そして私にとってもリバティウィング空軍基地への着陸は慣れたものだが、決して気は抜かない。
「着陸!」
ワトソンの手足が地面に着き、数メートル滑走して速度を完全に落とし、私たちは無事にリバティウィング空軍基地に着陸した。
リバティウィング空軍基地には無数の飛行艇とドラゴンたちが駐留している。空軍将兵の数も多く、とても賑やかな場所だ。
私はそんなリバティウィング空軍基地の滑走路を出て、誘導路からエプロンに入る。
「ストーナー伍長! お早いお戻りですね!」
リバティウィング空軍基地ではドラゴンの世話や飛行艇の整備などをしてくれる地上要員が待機していた。ワトソンを可愛がってくれる彼らとは顔見知りである。
「遅刻した人がいるそうなので、その人を連れに来ました。アーサー・ジョンソン中尉、というのですが、知っていますか?」
「ああ。多分、基地司令に面会していた人ですね。今は食堂にいると思います。ワトソンの面倒は見ておくので、行ってきてください」
「ありがとうございます!」
私は地上要員の人たちに頭を下げてワトソンを任せると、基地施設に向かった。
しかし、遅刻して艦に乗り損なうなんてとんでもないミスを犯したものだと私は思っていた。ただのうっかりでは済まされない職務放棄である。軍法会議にかけられたって文句は言えないぐらいの。
飛竜騎手としての訓練を受けた際に軍隊は時間厳守が基本と叩き込まれたので、今では私も秒単位で行動するぐらいだ。それぐらい軍隊は時間に厳しいのである。
「食堂、食堂っと」
私は食堂に向かって覗き込む。
すぐに誰かアーサー・ジョンソン中尉かは分かった。ひとりだけ何も食べている様子もなく、テーブルに俯ている若い将校がいたからだ。
「失礼します。アーサー・ジョンソン中尉でしょうか?」
「ああ。そうだが、君は……?」
ジョンソン中尉は恐ろしく美形な人だった。
ややくすんだアッシュブロンドの細い髪に、物憂げに細く見開いた瞼から覗く輝くような金色の瞳。そんなとても綺麗な特徴を持ち、とても整った顔立ちの──つまり凄い美形の20代前半ほどの男性だ。
その軍人にしては細身の体に空軍の真っ白な軍服を纏っている。
「ウォースパイト所属飛竜騎手ロージー・ストーナー伍長です。お迎えに参りました」
「ウォースパイトの! ありがとう。まさか迎えが来るとは思わなかった。次の帰還を待つしかないかと」
私が告げるのにジョンソン中尉はぱあっと明るい表情を浮かべた。
「ご安心を。ウォースパイトまでご案内しますので、こちらへ」
「ああ。君についていくよ」
基地地上施設を歩いて進み、私はワトソンを預けた地上要員がいる場所まで戻った。
「お帰り、ロージー。そっちの人がおっちょちょいの人?」
「しーっ! 本人の前で言っちゃダメ! 上官なんだから!」
悪げもなさそうにワトソンが尋ねるのに私が慌ててそう言う。
「そう? でも、飛行艇に乗り遅れる空軍将校は実際におっちょこちょいだよ」
「言葉もない」
ワトソンは地上要員からもらった干し肉を噛みながらそう言い、ジョンソン中尉は恥ずかしがるように頭を下げていた。
「気にしないでください、中尉! さ、さあ、行きましょう!」
「分かった」
私がワトソンのハーネスにカラビナを接続したとき、違和感に気づいた。
「ジョンソン中尉、ハーネスはどうしました?」
「あ。少し待ってくれ。今、装着する」
飛行艇に乗るにも、ドラゴンに乗るにもハーネスは必須だ。これがなければ飛行艇からも、ドラゴンからも振り落とされてしまう。
「やっぱりこの人、おっちょこちょいだよ」
「こら、ワトソン!」
大慌てでハーネスを付けるジョンソン中尉を見て、ワトソンはけらけらと笑い、私は軽く彼の頭を叩いたのだった。
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