極秘任務の噂
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──極秘任務の噂
その次の日辺りから、恐らくはオライリー伍長と同じ情報源と思われる『極秘任務』の噂がウォースパイト中に出回った。
「俺はエステライヒ帝国の沿岸要塞の偵察だって聞いたぜ」
「そうか? 俺は地中海に派遣されると聞いたけどな」
エステライヒ帝国の沿岸要塞への偵察活動だとか。地中海にある極秘の空軍施設への派遣だとか。あるいは南の植民地に向かうのだとか。挙句の果てには、何の用事があるのか極東に向かうというものまで。
噂はいろいろあれど、どれも胡散臭かった。
しかし、ここにきてそれらしき噂が流れてきた。
「ガリア共和国への派遣?」
「そうですよ。本艦はガリア共和国にとある高貴な身分の方を運ぶそうです」
そういうのはウィーバー上等兵で彼はこれが事実だと確信した顔をしていた。
「ええー? でも、どうして?」
「それは……分からないです」
なんだそりゃ。
しかしながら、ウィーバー上等兵の噂はあり得るかも知れないと私は思った。
噂のいくつかはウォースパイトには明らかに向いていない任務だった。だが、大陸海峡を挟んで向こう側のガリア共和国に要人を運ぶというだけならば、ウォースパイトだって立派にこなせる。
それに私にはひとつ思い当たる節があったのだ。
そう、ジョンソン中尉だ。
彼はラムリー中佐も言っていたように高貴な身分だという。私が見た限りでも貴族であるのは間違いないと思われた。
しかし、何のためにガリア共和国に向かうのか。
それがさっぱりな噂話であったのだ。
「ガリア共和国に向かう理由は本当に分からない?」
「極秘任務っていうぐらいですから、俺たちには分からないですよ」
と、噂を持ち出したウィーバー上等兵すら匙を投げてしまっていた。
しかし、気になった私は噂を追いかけてみることに。
「ガリア共和国に向かう理由?」
「ええ。そういう噂がありますけど」
下士官食堂でガリア共和国への飛行について噂していた下士官たちに私は尋ねる。
「ガリア共和国は別に友好国でも何でもないし、偵察じゃないのか?」
「おいおい。高貴な身分の方を連れていくんだぜ? きっと外交だ。俺は新聞を読んでるからな。詳しいんだ」
「外交って何するんだよ?」
「そりゃあ……偉い人と飯を食ったり?」
「飯食ってもしょうがないだろ」
正直言って、空軍は別に頭がいいと入れないとかではない。それに加えて空軍という閉鎖的な組織で過ごすので、常識知らずの馬鹿ばかりに見えることもある。
「しかし、高貴な身分の方ってのは相当な貴族なんだろうな。前に俺たちは公爵かなんかを乗せたことがあるだろ? そのときもこうして情報がぎりぎりまで隠してあったじゃないか。違ったか?」
「乗せたな。他の男爵の息子とかなら空軍にもいるけど、公爵だったり、公爵の息子だったりを乗せるとなると空軍も大騒ぎだ」
「公爵様ってのはそれほど立派なものなのかね……」
しかし、やはり高貴な身分の方を乗せているというのが重要になっているようだ。
私はどうすべきか迷った。
私がジョンソン中尉に近づいてはいけないという明確な理由がほしかった。今はただ自分のために、自分が女であることを明かされないよういにするために、ジョンソン中尉から距離を置いている。
それは卑怯だと思う。
ジョンソン中尉の事情を把握した上で、自分の意志でジョンソン中尉と向かい合いたい。彼が高貴な身分で私などが近づくべきではないと自分で納得して、その上でジョンソン中尉と適切な距離を取りたい。
私は意を決した。
「ジョンソン中尉」
「……ストーナー伍長? どうしたんだい?」
私からジョンソン中尉に声をかけたのは実に久しぶりで、ジョンソン中尉は少しだけ嬉しそうにしていた。
「少しお話があります。人にいない場所に行きましょう」
「あ、ああ」
私は有無を言わさず、停泊中のウォースパイトを降りて、ジョンソン中尉をリバティウィング空軍基地の倉庫に連れていった。
「ジョンソン中尉。あなたは高貴な身分の方、ですよね?」
「……否定はしない」
「しかし、ただの貴族の子弟ではないように思われます。正体を教えてください。あなたは一体何者なのかを」
「それは……」
「お願いします」
私は深く頭を下げて、ジョンソン中尉に頼み込んだ。
「本当に知りたいのか?」
「ええ。知りたいです」
「君がそこまで言うのは興味本位というわけではないように思える。仕方がない……」
ジョンソン中尉はそう言って私の方をじっと見た。
「私はアルバート。女王シャーロットの第一子にしてロストアイランド公。……つまり第一王子だ」
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本日の更新はこれで終了です。後30話ほどで完結です。
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