謎の将校
……………………
──謎の将校
ウォースパイトにラムリー中佐が着任したのは翌日のことだ。
しかし、彼は中佐という地位にありながら、何かしらの部署に勤務することもなく、それに加えて哨戒飛行などの際にウォースパイトに乗り込むことも少なかった。
「あのラムリー中佐ってのは何なんでしょうね?」
飛行科でもラムリー中佐のことは話題になっていた。
「中佐ってのは艦長よりひとつ下ですよね。いざってときには、あの人が指揮を執るんですか? 正直かなり不安なんですけど」
そう言うのは竜務員のウィーバー上等兵だ。まだ若い男性で、ちょっとばかりよればつなぎ服を着て、ハーネスを締めている。
彼の言うようにタワーズ艦長は大佐で、ラムリー中佐はその次の階級。そして、このウォースパイトでは副長は少佐だ。
となると、タワーズ艦長が職務不能になった場合、階級に従ってラムリー中佐がこのウォースパイトの指揮を執ることになる。
そのウィーバー上等兵の指摘に全員が唸った。
「いや。聞くところによりますと、ラムリー中佐はウォースパイトの指揮系統には関係しないそうです。着任時にそう言ったとか」
「それじゃあ、何のためにラムリー中佐は乗ってるんです?」
甲板作業員のオライリー伍長が言うのにウィーバー上等兵が尋ね返す。
オライリー伍長は甲板作業員として目立つ色のジャケットを着ている。ドラゴンが離着陸する飛行甲板ではこういう目立つ色の服でないと、事故が起きるためだ。
「憲兵だっていう人もいますよ。ウォースパイト艦内で何かしらの犯罪が起きていて、その調査に来たとか。だったら、指揮系統に加わらないのも納得でしょう」
「俺は情報部の人間だって聞きましたよ。これからウォースパイトは極秘の作戦に参加して、その指揮を執るためにラムリー中佐は来たんだって」
やれ憲兵だとか、情報部だとか。挙句の果てはウォースパイトに憑りついた幽霊を除霊するためにやってきた従軍司祭だとか、それぞれが聞いた噂話をここぞとばかりに披露していった。
「ストーナー伍長は何か聞いてないんですか?」
「私ですか? うーん……」
唸りながら私はアーサーの方に僅かに視線を向ける。
アーサーは偵察飛行の際に同乗するカーライル中尉と話していたが、私の視線に気づくと微笑み、手を振ってくれた。
ラムリー中佐は着任したその日にはアーサーと話していた。それもただならぬ関係のように思える会話もしていた。
そのことを私は知っているが、それを誰かに教えて、ラムリー中佐だけでなくアーサーまで疑惑の中の人にしたくはなかった。
「あいにく私は何も」
「そうですか。でも、本当にラムリー中佐は何者なんでしょうね?」
それからラムリー中佐の正体を巡ってあれやこれやと意見が交わされた。けど、そのほとんどは単なる憶測か、噂の又聞きにすぎないものだった。
結局のところはラムリー中佐の正体などさっぱり分からない。
「イーデン大尉なら何か知ってるかもしれませんよ?」
「イーデン大尉はこういう噂話は嫌ってますからね」
私が言うのに噂好きのウィーバー上等兵は後頭部を掻いた。
「ストーナー伍長!」
そこで当のイーデン大尉から呼び出されて思わずびくとした。
「な、何でしょうか、大尉?」
「用件は分からないが、ラムリー中佐がお前を呼んでいる。正直、よく分からない人だが、一応上官ではある。呼び出しには応じておけ」
「了解です」
噂話を聞いていたのかというぐらい、ピンポイントな呼び出しだった。
「ラムリー中佐が伍長を?」
「何か新しい情報が入ったら教えてくださいね。期待しています!」
全く、ウィーバー上等兵周りは呑気なものだよ。私はそのよく分からない人に呼び出しを食らったって言うのにさ。
私はウォースパイトを降りて、ラムリー中佐が指定したリバティウィング空軍基地にあるラムリー中佐の執務室とやらに向かう。
どこの部署にも所属せず、何の仕事をしているのか分からない人でも、執務室は与えられるものなんだね。
そんな皮肉を心の中で言いながら、私はリバティウィング空軍基地の地上施設に入り、ラムリー中佐の執務室とやらを探した。
「あった、あった」
そして、私は無事にラムリー中佐の執務室を見つけ、扉をノックする。
「ラムリー中佐。ストーナー伍長、出頭しました」
「入りたまえ」
扉の向こうからそう声がして、私が部屋の中に入った。
執務机と応接用の椅子が置いてあるだけの部屋の中はきちっと片付いており、部屋の主の性格をうかがわせている。
ラムリー中佐はいつものように空軍の制服を纏い、中佐の階級章を付けている。それ以外の徽章の類は全くない。普通ならば中佐に昇進するまでに表彰されたり、従軍したりといろいろあって徽章を付けることになるだろうに。
「ストーナー伍長。聞きたいことがあってきてもらった」
「何でしょう?」
「ジョンソン中尉とはどういう関係だ?」
もっとも答えにくい質問が発された。
「ジョンソン中尉は上官であり、同じ飛竜騎手という同僚であります」
「なるほど。そんな書類を見れば分かるような質問を私がすると思ったわけだな」
「いえ。そういうわけでは……」
「そんな分かり切ったことを今さら私が君を呼び出してまで聞きたわけではないということは理解しているはずだ」
ラムリー中佐はそう言ってじっと私の方を見る。
本当にラムリー中佐は憲兵か情報部の軍人なのではないかと思わされるぐらい、その眼光はこちらの嘘を全て暴いてしまうようであった。
「もう一度聞こう。ジョンソン中尉とはどういう関係だ?」
「友人です。その、気の合う友人です」
私はそうとだけ答えてラムリー中佐の反応を見た。
「そうか。友人、か」
ラムリー中佐はそう繰り返して顎をさすった。
「では、友人である君に伝えておこう。ジョンソン中尉はとある事情でとても責任ある立場にある人だ。彼はこれから連合王国政府のために重要な任務を担うことになる」
「そうなのですか?」
確かにアーサーは着任したタイミングも、空軍に対する知識のなさも、彼がこれまでしてきた発言においても、普通ではないと思わされるものがあった。
しかし、政府のための重要な任務とは何だろうか?
「私はジョンソン中尉がその任務を果たすのを手伝うために来た。だから、言っておこう、ストーナー伍長」
ラムリー中佐が私の方を向く。
「ジョンソン中尉にこれからは近づかないことだ」
「……!」
その言葉に私は思わず反論しそうなり、辛うじて声を押さえた。
「不服なようだが、守ってもらおう」
「お言葉ですが、私はジョンソン中尉からも、そして空軍参謀総長閣下からも、助け合うようにと言われております」
私はやはり反論しなくてはとそう訴えた。
「ほう。だが、君の狙いは本当にジョンソン中尉と助け合うことかね、お嬢さん?」
ラムリー中佐の言葉に私は背筋が冷え切った。
……………………




