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その日の終わりに

……………………


 ──その日の終わりに



「最後に甘いものを食べて帰りませんか?」


 私はそうジョンソン中尉を誘った。


「それはいいね。賛成だ。アルコールが苦手なせいか、甘いものが好きなんだ」


「では、美味しいお店にご案内しますね」


 私たちは商店街から出て、港の見渡せるちょっとおしゃれな地区に入る。ここはドーンハーバーの少しばかりお高いお店が並んでいる場所だ。


「チーズケーキとかお好きだったりします?」


「大好物だよ」


「なら、きっと気に入ると思いますよ」


 私がそう言って中尉を『サンクチュアリ』というお店に案内した。


「いらっしゃいませ。2名様ですか?」


 きちっとした給仕服を着た女性の給仕さんが、入店と同時にそう尋ねる。


「はい、2名で」


「港の見えるお席が空いております。どうぞ」


 私たちは窓際の港と海が見える席に案内された。


「ついてましたね、中尉。今日はいい席が空いてました」


「ああ。こうしてみると美しい海だ」


 ドーンハーバーは先のも説明したように大陸海峡(チャネル)に面した港湾都市だ。大陸海峡(チャネル)を行き来する船や穏やかに波打つ海、そこを飛ぶ海鳥たちを眺めていれば、心は洗われるというもの。


「レアチーズケーキのがお勧めです。それから飲み物はサンクチュアリ・スペシャル・ティーですね。何でも珍しい茶葉を使ってるとかで。美味しいんですよ」


「では、お勧めの通りにしよう」


 私たちは注文をし、暫しふたりで海を眺めながら待つ。


「今日はいい経験ができた。礼を言わせてほしい」


「そんな、そんな。お気になさらず。私も楽しかったです」


 そんな中でジョンソン中尉が言うのに私は首を横に振る。


「ずっと私は、その、恵まれてはいたがあまり自由ではなかった。空軍に入隊したのも正直なところ私の意志はあまり関係ない」


「……お家の方針ってものですか?」


「ああ。そうだ。私の家は……責任ある立場にある。長く、そうだった」


 ジョンソン中尉はやはり貴族の家の生まれらしい。


「屋台のあるような市場にひとりで行くことは許可されなかったし、模型も許されていなかった。母は模型のような趣味は目を悪くすると思っていたんだ。模型よりも乗馬やダンスの腕を磨きなさいと言われた」


「実を言うと私も昔は模型は許されてなかったんです。その──らしくないって言われて。他の趣味を探しなさいって言われました」


 危うく女らしくないと言われたと言いそうになって、ぎりぎりで回避した。


「我々は似た者同士だな。誰かの描いた理想であることが求められる。だが、今日はとても自由だった。それがたまらなく嬉しいんだ。改めてありがとう、伍長」


 そう言ってジョンソン中尉はとても優しそうに私に向けて微笑み──私の心臓が大きく高鳴った。どきっという言葉がまさに正しい表現だ。


 何だろう。ジョンソン中尉とは身分違いも甚だしいはずなのに凄く親近感がある。さっきの話を聞いて、なぜか凄く距離が縮まったって思ってしまった。


 そのせいで……。


「その、私もジョンソン中尉とは気が合って凄く楽しいです。また一緒にどうです?」


「こちらからもお願いするよ。ふたりのときは名前で呼び合わないか?」


「じゃあ、アーサー。よろしくお願いしますね」


「ああ、ロージー」


 恐らくアーサーが心を許してくれているのは、私が男に見えて、そして私が空軍において彼の先輩だからだと思う。私の正体が女だとばれれば、きっと違う反応を返してしまうのだろう。


 嘘をついていることに少し胸が痛む。だけど、もう少しこうしていたいと、そう思ってもしまった。


 私はとても悪いやつだ。


「お待たせしました。ご注文の品です」


 それからレアチーズケーキが運ばれてきて、私たちはそれを味わった。はずだったが、私は複雑な心境過ぎていつものようには味わえなかった。


 それから支払いをアーサーが持ってくれて、私たちは再び路線バスで基地に戻った。その帰りの馬車でアーサーの顔を正面から見ることは、今の私には無理だった。


 しかし、基地に戻った時だ。


 正面ゲートの傍に40代前半ほどの空軍将校がいた。階級章は中佐だ。


 それを見たアーサーは何か緊張したような様子を見せていた。


「アーサー。随分と早く着任したようですな。そんなに急がずとも私の着任を待ってくれてよかったのですよ」


「いろいろと都合あってね」


 その将校が言うのにアーサーは緊張したままにそう返した。


「そちらの方は?」


「ロージー・ストーナー伍長です、中佐」


 私の方を見てその将校が尋ねたので私はそう返す。


「今日はふたりでお出かけでしたか?」


「ああ。ロージー──ストーナー伍長に街を案内してもいらっていた」


「なるほど。ご友人ができたわけですな。結構なことです」


 その空軍将校は嫌味な感じにゆっくり拍手して見せた。


「ですが、お忘れなく、アーサー。あなたは責任ある家に生まれたのです。あなたには義務がある。あなたは空軍に遊びに来たわけではないのですよ」


「分かっている」


 この空軍将校は嫌な感じだった。正直に言って、嫌いだ。


 まだ言語化できていないけど、私の家庭教師だった人を思い出す。いちいち嫌味で、とにかく否定形で私に接していた。そんな人だ。私はその人を好きになる要素を見つけられなかった。


「ああ。失礼。自己紹介が遅れていた。チャールズ・ラムリー空軍中佐だ。どうぞよろしく、伍長」


「はい」


 私はあまり好感を持てていないということを示すようにそっけなく返した。


「さて、では行きましょう、アーサー」


「……ああ」


 そして、ラムリー中佐はアーサーを連れていってしまった。


 アーサーの背中は緊張と寂しさが窺えるものだったのが気になる。


……………………

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