模型のお店
……………………
──模型のお店
「ジョンソン中尉はあまりお酒は嗜まない感じですか?」
カレーのお店を出て、いっぱいになったお腹をならすために、ぶらぶらと繁華街を歩きながら私はそうジョンソン中尉に尋ねた。
「あまり好きではないんだ。ワインの一杯程度ならばいいが、それ以上はすぐに顔が赤くなってしまうし、気分も悪くなる。アルコールに弱く生まれてしまったらしい……」
ジョンソン中尉はどこか申し訳なさそうにそう語った。
「でも、よかったです。私もアルコールには弱いので。ジョンソン中尉が割と飲む人だったら困ってました」
「君もアルコールが?」
「ええ。生まれつきですね」
私は未成年なのでそこまで大量に飲んだことがないというのもあるが、アルコールは苦手だ。なので飲み会に行ったら食べるのを頑張っている。
お酒は苦手でもお酒のつまみは好きだったりするのだ。
「お酒を飲む人と飲まない人は食事でも何でも合わない部分があるから、なるべくならばそこら辺の相性が合う人がいいですよね。どう思います、ジョンソン中尉?」
「ああ。そう思うよ。向こうが飲むのに私が飲まないと失礼だと思われてしまうからね。私も君が飲まない方でよかった」
ジョンソン中尉はそう安堵した表情を浮かべていた。
「では、お腹も膨れたことですし、次は文化的なものを体験しません?」
「面白そうだね。お願いしよう」
「こちらへどうぞ!」
私はジョンソン中尉を伴って繁華街から商店街に移る。
そこにある一件の店に私は用事があったのだ。
「ここです、ここです」
「ここは……何の店だろうか?」
「模型のお店です!」
私が見るのは『ドーンハーバー・モデルズ』という看板を下げた店で、店頭のショーウィンドウには車や機関車の模型が展示されていた。
「模型か。君は模型が好きだったのかい?」
「模型というより飛行艇の模型ですね。やっぱり好きな飛行艇を好きなときに、いつでも眺められると幸せというべきか。いや、むしろ飛行艇分を常に摂取できなければどうにかなってしまうというべきか」
「そ、そうか」
私がそう語るのにジョンソン中尉はこくこくと頷いていた。
「まずは中に入って見ましょう」
私はそう言って模型店の扉を潜る。
「ああ。ロージー君か。いらっしゃい」
「どもです、グレアムさん」
私が店に入ると白髪交じりの頭をして、分厚いレンズの眼鏡をかけた壮年の男性が笑顔で出迎えてくれた。その手にはピンセットがあり、蒸気機関車の小さな模型の部品を器用に摘まんでいる。
「そっちの方は?」
「アーサー・ジョンソン中尉です。私の同僚ですよ。中尉、こちらはグレアム・スミスさんです。この店の店主さんですよ」
その壮年の男性──グレアムさんを私はジョンソン中尉に紹介した。
「初めまして、ジョンソン中尉」
「初めまして、スミスさん」
ふたりは紳士らしく丁重に挨拶しあった。
「しかし、いろいろな模型があるのですね……」
ジョンソン中尉は店内に所せましと並べられた模型を見渡す。鉄道模型から車の模型、それからその背景にある建物の模型まで様々。
だが、私がなにより注目したいのは、飛行艇の模型だ!
「グレアムさん、グレアムさん。エステライヒ帝国の飛行艇の模型ってあんまりないですよね?」
「ないね。民間飛行船ならポツダムって旅客飛行船の模型が入ったけど。カーター&オーランド社製ね。海外の模型会社、それこそエステライヒ帝国の模型会社なら、出してると思うけど、何かほしいものが?」
「空中戦艦フリードリヒ・デア・グロッセって飛行艇の模型がほしくて」
「いや。それは聞いたことがないね」
やっぱりかー。仮にも空軍の下士官である私が聞いたことがなかったのだから、そうだとは思ったけど。
「新しいのを探しているということは、アイアン・デュークはもう組み立てのかい?」
「ええ。それから実物のアイアン・デュークを演習で見てきましたよ」
「おお! それはいいね。実物に見て、触れるのは空軍将兵の特権だよ」
「今度、スケッチを持ってきますね。いろいろと新しい発見がありますよ!」
「それはありがたい。私もアイアン・デュークの模型は持っているから、より作り込みたいと思っていたんだ」
グレアムさんと話が弾むのにジョンソン中尉は戸惑った表情をしていた。
「中尉さんも模型を?」
「私は……模型は作ったことがなく……」
「おや。そうなのかい?」
ジョンソン中尉はどこか恥ずかしそうにそう言った。
「中尉もひとつ模型を作ってみません? 面白いですよ」
「そうだね。以前見た時に組んでみたいと思ったことがある。昔の帆船の模型だ。だが、残念なことに組み立てる機会がなかった。そういうのは置いてあるだろうか?」
ジョンソン中尉はそうグレアムさんに尋ねた。
「もちろんあるよ。人気商品だからね。これまで模型を組んだことがないと言うなら、お勧めするのはパーツ数が少なくて、あまり大きくないものかな」
グレアムさんはそう言って立ち上がると商品棚を見る。
「あ……」
そこでジョンソン中尉がある商品に目を止めるのが分かった。
「ほしいもの、ありました?」
「ああ。あの戦列艦の模型だ」
私の問いにジョンソン中尉が指さしたのはテメレーアという戦列艦の模型だった。
「記憶が確かなら、私が前に見た絵画で描かれていたものだ」
「ええ。そうだよ。絵画が有名なものだね。渋いチョイスだ、中尉」
「ありがとう。それをいただけるだろうか?」
戦列艦っていうのは昔の軍艦。まだ海軍がそれなりに力を持っていたころのもの。ジョンソン中尉は飛行艇には興味ないのかな。
「初めて組み立てるみたいだから、基本的な接着剤やピンセット、カッターなどのツールはおまけしておくよ。それから模型初心者向けの組み立てガイドも」
「恩に着ます、スミスさん」
「他にも分からないことがあったらいつでも尋ねに来てくれていいよ」
グレアムさんはそう言ってツールセットと戦列艦テメレーアの箱を紙袋へと入れて、ジョンソン中尉に手渡した。
「模型のことなら私も相談に乗りますから」
「そうだよ。ロージー君はこのドーンハーバーの模型コンテストで入賞してるんだ。模型にはかなり詳しい子なんだ」
「自慢ではないですが、その通りです!」
模型は空軍に入って最初のお給料で買ってから、ずっと続けている。とは言え、飛行艇の模型ばっかりだけれど。
「手先が器用なのだね。私もちゃんと組み立てられるといいのだが」
「大丈夫ですよ。私にできたぐらいなんですから」
私はそうジョンソン中尉を励ましたのだった。
……………………




