今度は遊びに
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──今度は遊びに
飲み会はあれから盛り上がったが、その分士官たちの財布はダメージを受けた。
私は仲間に声をかけて、下士官も少しばかりお金を出すことにし、士官とは言えどそうこう高給ではないイーデン大尉たちに感謝されたのだった。
それから路線バスで再び基地に戻り、その日はお腹もいっぱいで、ぐっすり眠った。
次の日から休暇であり、私はジョンソン中尉を遊びに誘うことに。ジョンソン中尉とはリバティウィング空軍基地のゲート前で待ち合わせだ。
私の今日の服装は休暇ということで完全な非番なので、私服である。もちろん、女だとばれないように男装だ。
男物のチェックのジャケットにブラウンのズボン、そしてベレー帽。自分で言うのもなんだが、こうしていると絶対に女に見えない。
「ジョンソン中尉! こっちです!」
「ああ。すまない。待たせてしまった」
ジョンソン中尉は細身の体にあったスリムなグレーのスーツで決めており、そのおかげで、その長い足が映えていた。いつもの見慣れた軍服姿とは違う格好も似あうのはずるいなと私は思うのだった。
「バスがそろそろ来るので、昨日と同じですがドーンハーバーの街に行きましょう」
「案内を頼むよ、伍長」
「ええ。任せてください」
下士官教育が終わり、ウォースパイトに配属され、それからずっとリバティウィング空軍基地にいる。だから、この基地に最も近いドーンハーバーの街については地元民並みに知り尽くしてるつもりだ。
私たちは路線バスに乗り、ドーンハーバーの街に向かう。そして、今度は繁華街ではなく、市場でバスを降りた。
「昨日は夜だったので市場はお休みしていましたが、今日は開いてますよ。屋台も出ていて、いろいろと美味しいものがあるので食べて回りましょう。ジョンソン中尉はどんな屋台の料理が好きです?」
「いや。その、屋台という場所で食べたことがなく……」
「ありゃ。お祭りとかで出ている屋台で食べたりも?」
「ああ。屋台というのはそもそもどういうものなのだろうか?」
「そこからですか」
思った以上にジョンソン中尉は育ちがいいのかも。だって、屋台を知らずに20歳まで生きるとかは普通はないと思うし。
「百聞は一見に如かず、です。まずは行ってみましょう」
私はジョンソン中尉を屋台に案内する。
ドーンハーバーの市場にある屋台は様々だ。
「フィッシュ&チップスはお好きですか、中尉?」
「あまり食べたことがない。しかし、美味しそうな匂いだ」
「美味しいですよ。少し食べていきましょうか」
フィッシュ&チップスは特に珍しい料理でも何でもない。アルビオン連合王国ではごく普通のファストフードだ。
ただ、このドーンハーバーのフィッシュ&チップスは美味しい。新鮮な白身魚を使っているし、油もけちけちして古いのを使っていないおかげである。
「うん。美味しいですね」
サクサクとした衣の食感を味わいながら、白身魚のフライを楽しむ。
「あの小さな屋台でこんなに美味しいものが出せるのか……」
ジョンソン中尉も屋台の方を見ながら白身魚のフライとジャガイモのフライをもそもそと味わっていた。
「王都の方だとビネガーを味変に使うらしいですが、こっちの方だとそれがないんですよね。味変はこのマヨネーズを使う感じで」
「ふむ。食文化の違いというものなのだね。興味深い」
「他にもいろいろありますから、まだお腹いっぱいにならないでくださいね」
「了解した、伍長」
あまりにもジョンソン中尉が格式張っていったので私は噴きそうになってしまった。
「今日は非番なんですから、肩の力を抜いていきましょう」
「う、うむ。そうだね」
どうやら軍務以外で人と付き合うのも得意じゃないようだ。
「さて、次です、次!」
私たちはフィッシュ&チップスを味わい終えると、次の屋台へ。
「次はロブスターロールですよ。これがまた美味しいんですよね」
ロブスターロールは茹でたロブスターをマヨネーズなどで味付けしたものを、ロールパンにはさんだものである。ロブスター本来の濃厚でほんのり甘い味とソースのクリーミーな味わいが合わさって美味しいのだ。
「これはこのまま食べるのだろうか……?」
「そうです、そうです。がぶりとどうぞ。こんな感じで」
たっぷりのロブスターの身が詰まったロブスターロールを前に困惑しているジョンソン中尉。彼の前で私は豪快に口を開けてロブスターロールを頬張った。
「な、なるほど。そういう食べ方をするものなのか……」
ジョンソン中尉は私と同じようにロブスターロールを頬張ろうとするが、上手くいかない。ぽろぽろロブスターの身が落ちてしまっている。
「ジョンソン中尉、あんまりこういうの食べ慣れてないです?」
「実は……。あまり機会がなくて……。すまない」
「いやいや。謝らなくていいですよ。こういうのは初めてがあるものです」
もしかしたらと思っていたが、ジョンソン中尉はかなりいいところの生まれなのかもしれない。しかし、それにしては腰の低い人だ。生まれをひけらかして、威張り散らしたりしていないし。
「では、もっと食べやすい店に行きましょうか。美味しいものはたくさんあるので、楽しんでいきましょう!」
「了解──いや、分かった。そうしよう」
また軍隊式に返事しそうになるのキャンセルして頷くジョンソン中尉。
私は市場を抜けて、繁華街に向かう。飲食店のうち酒場などは夜間営業だが、普通の食堂やレストランは営業している。
「このお店です。ジョンソン中尉、カレーって好きですか?」
「確か南方の食べ物だったね。一度、小さなころに食べたはずだ。とても辛かったが、あの辛さは美味しかった記憶がある」
「では、気に入ると思いますよ」
私が入ったのは他でもないカレー料理の店だ。
「いらっしゃい!」
「2名で!」
「テーブル席へどうぞ!」
またお昼前ということもあって、そこまで混雑していない店内で、テーブル席に私とジョンソン中尉は座った。
「カレーは確かに南方の料理なのですが、ここのカレーは東方風なんですよ」
「東方にもカレーが?」
「他ならぬ本邦から伝わったそうです。それが現地で別の味付けになった、と」
「興味深い。世界は日に日に小さくなっているように思える。小さくなり、より複雑な関係を描いている。そういう風に思えるよ」
「ですね。カレーも南から西に行って、東に行って、大忙しです」
世界は確かに小さくなったのかもしれない。
飛行艇の技術は遥か遠くの国で作られた商品を、これまでにない速度で運ぶようになった。空路による交易網はここ数年でびっくりするほど発達した、と思う。
そう、飛行艇は軍用のそれだけではない。民間飛行艇も一般的になってきたのだ。商品から人間まであらゆるものを運ぶ飛行艇が、何百種類もある!
「というわけで、ここのカレーは少し違いますよ。辛さは選べますが、どうします?」
「ほどほどの辛さがいいな。あまり辛いのは食べきれる自信がない」
「であれば、中辛に。私はそれよりちょっと辛い辛口にします」
それから私たちは注文し、それからすぐにカレーは運ばれてきた。
「……? ライスで食べるものなのか?」
ジョンソン中尉がお出しされた白いライスと茶色いカレーのコントラストが食欲を誘う皿を見て、怪訝そうに首を傾げていた。
「ええ。そこが南方とは違うんです」
「ふむ。では、いただくとしよう」
ここのカレーはもちろんシーフードのそれだ。イカやエビがごろごろと食べ応えたっぷりに入っていて、何よりお安いのがとてもありがたい。
私はスプーンでライスとルーを掬い、それからざく切りの具材を乗せて口に。
アツアツのそれが口の中に入り、すぐにスパイスの風味が突き抜ける。シーフードも柔らかく、カレーの味を邪魔しないように料理されており、これは──。
文句なしに美味しい!
「どうです、中尉?」
「とても美味しい。こんなに美味しいものは食べたことがない」
ジョンソン中尉もカレーを気に入ったようだ。
で、やはり思った通りにカトラリーの使い方に育ちの良さが出ている。とても上品で、見ていて気持ちよくなるぐらい綺麗な食べ方だ。
「前に食べたものとは違うが、これはまた別の良さがある。紹介してくれてありがとう、ストーナー伍長」
「気に入ってもらえてよかったです」
私たちはそう言ってピリ辛なカレーを味わったのだった。
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