ジョンソン中尉の考えていたこと
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──ジョンソン中尉の考えていたこと
演習の判定が発表され──。
「ウォースパイトの判定が合格だ! この演習で唯一の合格者となった!」
「おおおおっ!」
飛行科の集まるハンガーにてイーデン大尉が宣言し、歓声が響き渡った。
「改めて、よくやったな、ジョンソン中尉、ストーナー伍長!」
「はっ! 光栄です、大尉」
イーデン大尉の感極まった言葉にジョンソン中尉と私が敬礼する。
「艦長から後でお言葉がある。それから本艦の練度を評価して、空軍参謀総長であるマウントバッテン元帥閣下が本艦を訪問されるそうだ。その際にはふたりとも閣下をお出迎えするように!」
「了解です」
「もちろん、褒美もあるぞ。飛行科の全員に休暇と昇給だ!」
「やったー!」
私はイーデン大尉の示したご褒美に思わず歓声を上げてしまった。
休暇と昇給はとても嬉しい。飛行艇関係の模型をあれこれと買いあさって組み立てる時間ができるのだから!
「では、追って指示があるまで待機するように!」
イーデン大尉はそう言って一度ハンガーを出ていった。
「やりましたね、ジョンソン中尉!」
「そうだね。何とか成功させることができた」
私が笑顔で声をかけるのに、ジョンソン中尉はまだ緊張した様子で頷いていた。
「しかし、まさか中尉の作戦が重戦闘飛竜に襲い掛かるものだとは思いませんでしたよ。本当にどうなることかと思いました」
「すまない。だが、演習には参加するドラゴンが必ず全て帰投する必要はないと読める条件が記されていた。そこで私が君を守り、無事に目的地まで送り届けられれば、後は成功するだろうと思ったのだ」
「え。まさか自分は撃墜されるつもりだったんですか……?」
「ああ」
ジョンソン中尉は私の言葉にそうあっさりと頷いた。
「中尉! 実戦だったら撃墜されたら中尉もグロリアも死んじゃうんですよ! 演習だからなんて言い訳は駄目です!」
思わずそう言葉が出た。
私は結果としてジョンソン中尉の大胆な行動によって守ってもらったが、もしこれが実戦でジョンソン中尉が死んでいれば、絶対に受け入れられなかっただろう。ジョンソン中尉が死んで、私が生き残っても嬉しくもなんともない!
「す、すまない。だが、君はまだ若い。犠牲になるのは年長者からであるべきだ」
「そういうのはおじいちゃんが言う言葉です! 中尉は何歳ですか!」
「……23歳だ」
「私と少ししか変わりませんよ! 中尉にだってあと何十年も人生があるんですから! 自分を粗末にしないでください!」
私はそこまで言って冷静になった。
「もちろん中尉に助けてもらったことには感謝しています。けど、これからはちゃんと相談してください。そうすれば誰かが犠牲になる勝利ではなく、全員で迎えられる勝利だって考え付くかもしれませんよ?」
「そうだね。私も身勝手すぎた。そもそも先輩である君のことを軽んじていた。このことはしっかりと反省させてもらう……」
「私も言葉が過ぎました。すみません!」
上官に偉そうな口を利いたら私も処罰の対象だ。
それから微妙に居心地の悪い沈黙が続いた。
「そ、そうです。休暇を貰ったら一緒に遊びに行きませんか?」
「もちろんだ。誘ってくれて嬉しい、伍長」
「いろいろと美味しい食事の店や模型店を知ってますから案内しますよ!」
「楽しみだ」
ジョンソン中尉はそう言って微笑んだ。
「おいおい! まずは俺たちに付き合ってもらいますよ!」
「そうだ、そうだ! 今回の勝利を祝して酒に付き合ってくださいよ!」
そこで飛行科の将兵たちがわいわいと騒ぎ始める。
「じゃあ、まずは飛行科全員で飲み会ですね」
「我々だけの勝利ではないからね」
「ええ。チームワークの勝利です」
新任のジョンソン中尉がウォースパイトにおけうる飛行科の将兵と親睦を深めるいい機会になるだろう。まあ、下士官と兵卒の内、士官が奢ってくれることに期待している不届きものは少なからずいるだろうが。
それから私たちは戦勝祝いに飲みに行く店を話し合っていたが、そこでイーデン大尉が戻ってきた。
「これよりマウントバッテン元帥閣下がいらっしゃる。準備を!」
「はい!」
ウォースパイトは高度を落としてイーグルピーク空軍基地内に停泊。
そこに空軍元帥旗を掲げた自動車が現れ、そこから真っ白な軍服を纏い、空軍元帥の階級章を付けた初老の男性が降りてくるのが飛行甲板から見えた。副官らしき大佐の階級章を付けた男性を伴っている。
「整列!」
私たちはマウントバッテン元帥を迎えるために飛行甲板に並ぶ。
「ご苦労」
やはり、初老の男性が空軍参謀総長のマウントバッテン元帥だったらしい。初老で白髪の混じった太い眉毛をしていながら、眼光は恐ろしく鋭い軍人のそれだ。背丈も高く、しゃきっとした姿勢で年齢を感じさせない人だった。
「……ごほん。ジョンソン中尉。見事な活躍だった。貴官の恐れを知らぬ攻撃にアグレッサー部隊も肝を冷やしたと言っている。おめでとう」
「ありがとうございます、閣下」
マウントバッテン元帥はどこか言いにくそうにそう言っていた。
「ストーナー伍長。君のことはアグレッサー部隊が絶賛していた。類まれなる飛竜騎手としての才能があると評価していたぞ。戦闘飛竜に乗り換える気はないかね? 将来的にはアグレッサー部隊に配属されると約束しよう」
「も、申し訳ありません、閣下。お言葉は嬉しいのですが、相棒であるドラゴンを見捨てて、自分だけ乗り換えるわけにはいきません」
元帥閣下に伍長風情がこんなこと言って大丈夫なのかな!?
「そうか。だが、いずれ君にも後進を育ててほしい。その才能は王立空軍にとっても貴重なものなのだ」
しかし、マウントバッテン元帥は怒ったりせず笑顔でそう言ってくれた。
「それからジョンソン中尉を支えてやってくれ。頼んだぞ、伍長」
「はい、閣下!」
「握手を」
マウントバッテン元帥が手を差し出し、私がその手を握った。
「さて、ひとり種明かしをしよう。今回の演習で私がつけた条件は『合格』が絶対に出ないものということだった。アグレッサー部隊を動員し、可能な限り君たちに不利な条件であったのはそのためだ
マウントバッテン元帥は悪戯を明かすように笑みを浮かべて告げた。
「だが、君たちは合格した。そう、君たちは不可能を可能にしたのだ。そのことを誇りに思い、そしてさらなる研鑽を積んでほしい。空軍は諸君に期待する」
「はい、閣下!」
マウントバッテン元帥の言葉に飛行科全員が敬礼を送ったのだった。
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