敵騎接近!
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──敵騎接近!
その後、飛行艇による展示飛行と演習が行われた。
タワーズ艦長が言っていたように飛行艇の演習には特に変わったことはなかった。艦隊運動の確認や簡単な砲術などが行われたのみだ。
しかし、私たち飛竜騎手のそれが違う。
「いよいよですね……」
「ああ。いよいよだ」
私とジョンソン中尉はそう言葉を交わし、ハンガーから外を見た。
「インヴィンシブルの飛行科も失格だそうだ。撃墜判定らしい」
「クソ。アグレッサー部隊の連中、大人げないな」
飛行科の演習は各艦ごとに行われ、私たちウォースパイトは8番目であった。
フューリアスからはアグレッサー部隊が発艦しており、彼らは今のところほぼ確実に獲物を仕留めている。撃墜されたなかったのはオライオンが出撃させたドラゴンだけだが、それは針路を外れて演習空域を外れたので失格だ。
「本当に私の自由に飛んでいいんですね、ジョンソン中尉?」
「ああ。自由に飛んでほしい、ストーナー伍長。ただし、偵察結果を報告するまで無線封止は維持してほしい。無線を傍受される可能性はある」
「了解。信号旗でそちらとは連絡し合います」
「ああ。頼む」
改めて私が確認するのにジョンソン中尉は頷く。
どういう作戦なのか相談してくれてもいいだろうに、ジョンソン中尉は明かしてくれない。私が意識するといけない秘密の作戦なのだろうか?
「そう言えばこれから天候が悪化するかもしれないという報告が入っています。天候の悪化に賭けるのもひとつの手かもしれませんね」
「天候の悪化は我々にも影響してしまうのでは……」
「悪天候の飛行なら慣れてます。任せてください。ですが、防寒着を準備した方がいいですよ。雨の中を飛ぶのは体温と体力を奪われますから」
「分かった。これでいいだろうか?」
ジョンソン中尉は立派な革のジャケットを取り出して見せた。空軍の支給品ではないだろう。仕立てがよく、とても高級そうで、温かそうなものであった。
「ばっちりですよ。私も準備しておきます」
体温を奪われると体力も減る。最悪、意識を失う可能性すらあるので危険だ。
「ジョンソン中尉、ストーナー伍長! いよいよお前たちの番だ! 発艦準備!」
「了解!」
イーデン大尉が大声で私たちに命じ、私とジョンソン中尉は駆け足でハンガー内にいるそれぞれの相棒に向かう。
いよいよウォースパイトの番が回ってきたのだ。
「頼んだよ、ワトソン」
「任せて、ロージー」
私はワトソンのハーネスにカラビナを接続し、ワトソンを飛行甲板に進める。
「発艦開始!」
「行きます!」
そして、飛行甲板をワトソンが駆け抜け、一気に発艦。私とワトソンは空に舞い上がった。今や安全ではない空に。
私とワトソンに続いて、ジョンソン中尉とグロリアが発艦し、階級に従い私たちはジョンソン中尉を編隊長として演習空域に進出した。
演習空域に入ると同時にジョンソン中尉が私に先頭を譲った。自由に飛んでくれという指示だったので、私が先導するということだろう。
私は少し悩んだ末に高度を思いっきり上げることにした。
敵による索敵を避けるには高高度を飛ぶか、逆に超低空を飛ぶかだ。
アグレッサー部隊はどちらを飛んでも私たちを探知する可能性があると考えると、いざ空中戦になった場合に有利になる高高度を飛んだ方がいい。
「ワトソン、頑張って」
「うん」
高度が上がるごとに私とワトソンの呼吸は辛くなり、気温も低下する。今日の天候悪化に備えて私はつなぎ服の上から革のジャケットを着ていたが、それでも震えそうになるほどに寒い。
ジョンソン中尉も私に続いて高度を上げ、左手後方を飛ぶ。ジョンソン中尉はあの高級そうなジャケットを着ているが、吐く息は白い。
「雲が多いね。天候悪化は間違いなさそう」
雨雲らしき灰色の雲が、じわじわと私たちのいる演習空域に近づいていた。
「!?」
そこでジョンソン中尉が素早く信号旗を上げた。それは『敵接近』の信号旗だ!
私は空を見渡し、敵を探しながらジョンソン中尉からのさらなる報告を待つ。
続いてジョンソン中尉が『南南西の方角』の旗を上げ、私は視線を向ける。
「来たよ、ワトソン。まずは軽戦闘飛竜だ」
現れたのは恐れていた重戦闘飛竜ではなく、2体の軽戦闘飛竜だ。しかし、軽戦闘飛竜とは言えどワトソンとグロリアのような非戦闘飛竜には脅威に変わりない。
「敵のドラゴンはこっちに気づいている?」
「近づいてきてる。気づいているよ」
「オーケー。どうする、ロージー?」
「このまま逃げ切るんだよ!」
「ナイスアイディア!」
戦っても勝てなければ戦わないのみだ。私たちは加速し、軽戦闘飛竜2体を振り払うように高速で飛行する。助かったのは軽戦闘飛竜は2体ともかなり低空を飛行しており、上昇するのに手間取っているということだ。
「ワトソン、雲の中に入って撒くよ」
「合点!」
私は追跡してくる軽戦闘飛竜を撒くために雲の中に飛び込んだ。
視界がほぼなくなる中を、速度計と高度計に目を向け、私は慎重にコースから外れないように計算を続ける。苦手だったこの手の飛行方法も、苦手だからこそ猛勉強したのでちゃんとできているはずだ。
「ジョンソン中尉! ついて来てますか!」
「大丈夫だ!」
問題はジョンソン中尉がついてこれるかだったが、今のところは大丈夫。
私たちは雲中を駆け抜け、迫っていたアグレッサー部隊の軽戦闘飛竜を振り払えたことを祈った。お願いですから、雲を抜けたときにアグレッサー部隊がいませんように!
徐々に雲が薄くなっていき、雲の終わりが感じられ始めた。
「抜けた」
雲を抜けると再び開けた空が広がる。だが、空の色は既に灰色になっており、天候のさらなる悪化が予想された。
しかし、それ以上の危険がそこにはあったのだ。
「敵だよ、ロージー!」
「……っ!? 重戦闘飛竜!?」
私たちの右斜め前方に何かの影が見えた。
それは2体の重戦闘飛竜で、彼らは急速に高度を上げて私たちに迫っていた!
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