憧れの空で
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──憧れの空で
「わあ! 見て、お母さん! お船が空を飛んでる! ドラゴンも!」
子供のころに見た景色を今でも覚えている。
一糸乱れぬ楔型の編隊で飛行する無数の飛竜たち。
それらドラゴンに守られるようにして単縦陣を組んで飛行する巨大な黒鉄の城──すなわち空中戦艦やその他飛行艇の戦列。
女王シャーロット陛下在位10年を祝う王立空軍の展示飛行であり、私は一応は男爵家の娘ということで招かれた祝いの席から、その様子を興奮して眺めていた。
私は7歳のときに見たそれが忘れられず、16歳のときついに──。
男だと嘘をついて空軍に入ってしまった!
私は現在上空1000メートルにいる。
この青空の浮かぶ天空は見た目には美しいが、常に危険と隣り合わせだ。その美しさに油断して気を抜けば死が待っている。
私は自分の体に装着したハーネスと艦を繋ぐカラビナをしっかりと規則通り2度確認した。このカラビナが故障していたりすれば、艦が急激に旋回したときなどに空に投げ出されるか、壁に叩きつけられる。
「ロージー・ストーナー伍長!」
「はっ!」
艦中央の煙突後方。そこに私が所属する飛行科にとって重要な飛竜のハンガーはある。私はそのハンガーで上官であり、飛行長であるイーデン大尉から命令を受けていた。
「今からすぐにリバティウィング空軍基地に向かって人を連れてきてもらいたい。どうやら本艦が離陸した際に乗り損ねた人間がいるようだ」
「了解です。直ちに向かいます。ですが、どのような方ですか?」
「名前はアーサー・ジョンソン空軍中尉。我々飛行科に配属される人間だが、このおっちょこちょいは遅刻をしたようだ。本来ならば本艦が任務を終えるまでは基地に放置して、その自らの怠慢と向かい合ってもらうのだが」
「今回は特別に乗せる、と」
「そうだ。本艦の飛行科はエドガー中尉がクイーン・エリザベスに異動になってから、偵察飛竜に乗る人間がいない。早く鍛えておかないと合同演習日も近い。艦長もそのことを気にしていらっしゃる」
「では、直ちに」
「うむ。頼んだぞ」
私はイーデン大尉に敬礼するとすぐに任務に向かった。
さて、私はロージー・ストーナー空軍伍長で空中戦艦ウォースパイト所属だ。
憧れの空中戦艦、それも最新鋭艦に配属されたことには感動しかない。このウォースパイトは空軍大臣であったチャーチル卿の働きかけもあって建造されたものであらゆる面で最新鋭だ。
主砲は王立空軍最大の38.1センチ連装砲が4基。速力は高速艦に分類される24ノット。装甲は機密だから分からないが、これもかなりのもの、なはずである。
つまり王立空軍で最良にして最強の戦闘飛行艇だと言えるだろう!
そんなウォースパイトの飛行科に私は配属されていた。今の私は飛竜を駆って空を飛ぶ飛竜騎手なのだ。
「ワトソン、任務だよ!」
私は私の相棒に声をかける。
「どこに飛ぶんだい、ロージー?」
もちろん、飛竜騎手の相棒は飛竜に決まっている。私の相棒は小型竜のワトソンだ。灰色の鱗をしたワトソンは全長7メートルほどで、小型と言っても私からすれば大きい。
ワトソンは連絡飛竜としての役割を空軍から与えられている。連絡飛竜の役割は飛行艇から飛行艇に人を運んだり、負傷者を病院に搬送したり、ちょっとした偵察飛行を行ったりすることが任務だ。
私はかなり小柄なので飛竜騎手として、そしてさらに連絡飛竜の騎手として、ばっちり条件に合っていた。私が軽いのでワトソンはそれだけ早く飛べ、それだけ大勢の乗せられるのである。
「リバティウィング空軍基地まで。本艦が離陸した時に乗り損ねたおっちょこちょいさんを拾いに行くよ。さあ、乗せて」
「了解だ」
私はワトソンの体につけられているハーネスに自分のハーネスに付けてあるカラビナを繋ぐ。これを怠るとやはり事故の原因となるので慎重に。
私は空軍の飛竜騎手としてハーネスの他に階級を付けた青いつなぎ服、ヘルメット、そしてゴーグルを身に着けている。
シンプルなつなぎ服はドラゴンの上でも、艦上でも動きやすい。ヘルメットはあらゆる衝突事故から頭部を守ってくれる。そして、ゴーグルは高速で飛行するドラゴンの上で騎手の目を守るものだ。
「発艦準備!」
同じ飛行科の空軍将兵が私とワトソンのために発艦準備を整えてくれる。
ドラゴンは基本的にその場から垂直に離陸できる。しかし、できるならば滑走路があった方がドラゴン自身も離陸しやすい。そのためこのウォースパイトにはささやかながらドラゴン用の飛行甲板が設けられている。
「発艦開始!」
その飛行甲板の安全確認や周辺を飛行する他の物体の確認が行われたのちに、発艦にゴーサインが出た。
「ストーナー伍長、行きます!」
ワトソンが私の合図で加速し、滑走路を駆け抜ける。
そして、私は空に飛びあがった。憧れの大空に。
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