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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きらきらと輝く魂に惹かれて死神は堕ちる

作者: 海底御田

我はいつの間にかこの世にいた。

湧いて出た時にはすでに我だった。

我は気ままに宙を飛び、彷徨う魂を喰う。

誰に教えられたわけではないがそれが我の為すべきことだとわかっていた。


この地に住まう生き物が何をしようと関係なかった。

目についた彷徨う魂をただひたすらに喰らった。

そうしてどれだけの時間が流れたのかわからない。

今思えばそれは我に与えられた役割であり、存在する理由だったのだろう。



その日はいつもと同じように気の向くままに漂っていた。

ふと地上には魔物に相対する人間がいた。

三人はすでに事切れており、相当数の魔物もその周りに息絶えていた。

我はいつものように魂を喰らう。

残りは魔狼二匹と女が一人。

女の魂は迫り来る死に抗うかのようにきらきらと輝いていた。

そのとき我は、初めて綺麗だと思った。

そしてその輝く魂をもっと見ていたいと思った。


我は女に襲いかかる魔狼の魂を刈り取った。

正確には吸い込んだというのだろうか。

とにかく生きている魂を初めて喰らった。

その瞬間、その女が我の方を見て目を見開くようにした。

我は不可視のはずなのに。


女は傷ついているが死ぬことはないだろう。

その輝く魂をまだしばらく見ていられて嬉しいと思った。


次の瞬間、我は強い力によって地上に縫い付けられた。

身体が重くて起こせないし、宙に浮かぶこともできない。

そして顔の真ん中と足が燃えるように熱くて痛い。

初めて感じる感覚に戸惑う。


女の方を見ると警戒して身構えている。

我が見えているのか?


「瘴気の消えた黒狼よ、向かってくるなら迎え討ちます。

 それとも其方は死神でしょうか?」


驚いた。

我が魂を喰らう様が見えたのだろうか?

そして我は黒狼の中に引っ張られた、ということか。

生きた魂を喰らってしまったせいで、空となった身体に移ろいだのか。

女を生かすために、我は地に縫い付けられたのだ。

身体の重さと痛みをそう理解した。


女を襲うつもりなどないが、意思疎通ができない。

黒狼の喉から言葉が出てくることはなく、ぐるぐると喉がなるだけだった。


とりあえず血が出ている足が痛くて、まともに立ち上がれないので舐めることにした。

初めて感じる血は、食欲をそそられるように感じられた。

そして舐めることで痛みが少し和らぐようだった。


女はというと、警戒を少し解いて他の人間の躯へと向かった。

屍だと確認すると手早く自分の手当てをした。

それが終わると骸にすがりついて咽び泣いた。

ひとしきり泣いた後に、我に向き直って告げた。


「私はシーアと申します。

 もし貴方が死神なら、私の魂を差し出します。

 どうか彼らの亡骸を見守ってくださいませんか?

 私は人を呼んできます。

 彼らを、私の大切な仲間を、連れて帰るために…

 彼らを連れ帰ったあとに、必ずこの身を差し出します。

 どうかお願いします」


我はすでに黒狼になってしまった。

魂を喰らうことはもうできないだろう。

だからこの女、シーアの魂は要らない。

我はただこのきらきらと輝く美しい魂を見ていたい。

沈黙を是ととったのか、もう一度「よろしくお願いします」と頭を下げると我から立ち去っていった。


とりあえずお願いされたので待つことにした。

見守るということは、他の野獣から守れということだろうか。

血は止まり痛みにも慣れてきたが、今度は腹がすいてきた。

転がっている骸から漂う血の匂いに惹かれ、食らうことにした。

頼まれた以上、人間を食うわけはなく魔獣だった獣の骸だ。

腹が満たされ横になって休んでいると、シーアが他の人間を連れて戻ってきた。


「ひっ、黒狼!」

「大丈夫です!襲ってきません、落ち着いてください!」


我は忌避される存在なようなので、少し離れてやった。

そうして三人の骸を台車に積むとまた元来た方へ戻っていく。

我は少し離れてシーアについて行く。


「ひい、黒狼も付いてきやがるっ!」

「大丈夫です、もし襲ってきたら私が食い止めます。

 とりあえず村まで急ぎましょう」


今まで不可視の存在だったし、宙を飛べたから何も気にしたことはなかったが、少々煩わしい。

我はシーアの魂を見ていたいだけだ。

お前達など興味もないが、そう伝える術もない。


村に辿り着くと、やはり村人達が大騒ぎをし始めたので、村には立ち入らずに遠くからシーアを眺めることにした。

その間に排泄をした。

眠気も湧いてくる。

生身の身体を持つというのはこんなにも不便なものだと知った。


日が落ちこの日は村の近くの茂みで眠った。

日が昇って少ししたら、輝く魂の持ち主が馬車に乗って村から出てきた。

またシーアに付いていく。

歩き続けると足はまだ痛み、喉も渇き、身体も疲れてくる。

シーアの近くにもいけない。

本当に不便だ。


夜になる前に別の村に着き、またしても村の外で待つ。

大きな街の場合はなおさら近づけず、複数の人間に追い払われた。

街の外からはシーアの姿が見えずにイライラした。


そうして何日もかけて移動するうちに、ある夜野営することになった。

夜更けになればシーアに近づけるだろう。

やはり近くであのきらきら輝く魂を見ていたい。

シーアの周りにいる人間どもは、我が近づき過ぎると敵対してくるので、慎重にその時をうかがった。


シーアが一人で野営から少し離れた。

我はすかさず近寄る。

すると予想していたのか、暗闇に向かって小声で話し始めた。


「死神さま、近くにいるのでしょうか?

 明後日には目的地に着きます。

 そうしたら約束通り、私の身を差し上げます。

 私はきっと糾弾されるでしょう。

 仲間をすべて死なせて私だけが生き残ってしまいました。

 それに…私の役目もほとんど終えました。

 街の外でお待ちいただけますか?

 街から出たその時に私の身を差し出しましょう。」


我の望むことはシーアの輝く魂を近くで見続けることだ。

身など差し出されても喰う気などない。

喉をぐるぐる鳴らして不服を訴えてみるが伝わっただろうか?

それに街に入られるとシーアを見ることが出来なくなるので面白くない。

できれば街の外にいて欲しい。


それともう一つ、シーアのあのきらきらと輝いていた魂の光はあれからずっと弱々しい。

死地にあって命の火を燃やすように輝いていたのだろうか。

もう一度あの輝きを見たい。


一気に加速してシーアに飛び掛かった。

シーアは首元に歯を立てられても抵抗しない。

魂も輝きが強くなることはなかった。

血が滲んだ部分を舐めてから、退いてふたたび闇に紛れる。


「………まだ生きろということでしょうか…」


のろのろと起き上がると再び野営地に戻っていった。



そうして二日後、今までで一番大きな街に到着した。

街が大きすぎて黒狼の我は近づけない。

シーアの一行は高い城壁の中に消えていった。

我は見失ったような落ち着かない気分になって、城壁の周りをうろうろした。

夜になると遠吠えをして、シーアを催促する。

でも何日経ってもシーアは出てこなかった。


昼間はいつシーアが出てきてもいいように城門から出てくる人間を眺める。

夜の間に腹を満たすために少し離れた森へ狩りに行き、そのあと城壁のそばに戻って幾度か遠吠えをする。

するとある日、遠吠えに合わせて虫の羽音のようなか細い音が聞こえた。

シーアがここにいると返事をしているのだろうか。


そのわずかな呼応を頼りに、遠吠えとか細い音でお互いの存在を伝え合う。

早く出てこい、シーア。

きらきら輝く魂だけが我の拠り所だ。



何日も待ってようやくシーアが城壁の外に出てきた。

一人だった。

久しぶりに姿が見えて嬉しかった。

口に何かをくわえて時折か細い音を出している。

我を呼んでいるつもりだろうか。

十分に街を離れたところで近づいた。


「大変お待たせしました。

 ここではまだ街に近すぎますので、もう少しだけお付き合いいただけますか?」


我はひと鳴きしてシーアについていく。

暗くなっても街には入らずに野営するようだ。

我はずっと近くにいられるので嬉しい。

少し弱々しく輝く魂を見つめた。


そんな風に何日も過ごした。

日中に街に入ることはあったが、いつも野営した。

我はシーアとの旅を楽しんだ。

ある夜にシーアが我に問いかけた。


「死神さまは私の命を奪わないのですか?

 ……私はもう役目を終えました。

 いつ命を奪っていただいても構いません」


我はシーアの役目など知らない。

我はただこの綺麗な魂を眺めていたいだけだ。

このまま旅を続けるのではいけないだろうか?

首を傾げてみせた。


「私は長く共に戦ってきた仲間を失いました。

 ただ一人残った仲間も…幸せに、なりました…

 亡くなった方々の鎮魂の為にと王都を旅立ってきましたが、今の私は、心から祈りを捧げている、とは言い難いです。

 死神さまに命を捧げた方がよほどいいかと…」


シーアの言うことはよくわからない。

人間の営みなど理解していない。

ただ、女が一人で徒歩で旅をするというのは確かに普通ではないだろう。

シーアはなぜか死にたがっているようだ。

だから魂の輝きが最初より弱々しいのだろうか?


とりあえず魂を奪う気はないと伝えるために、シーアのすぐ隣に移動して頬を舐め、そこに寝そべった。


「ありがとうございます…私のそばにいてくれて…死神さま…

 では、私の生まれ故郷に向かいましょう」


シーアの行くところが我の行くところだ。

ひと鳴きして是と答えた。

それから野営をする時はシーアの隣に寄り添うようになった。

シーアもいろんな話をするようになった。

あの時、この黒狼の魂を刈った時、やはりシーアには視えていた。

だから我を死神だと判断したそうだ。


我はこの二人きりの旅路を楽しんでいた。

黒狼の体は不便で面倒だったが、こうして話を聞いて、寄り添い合う穏やかな時間が心地よかった。

シーアの魂の輝きは最初に惹かれた時ほどきらきらしていなかったが、それでもそばで眺めるだけで満足だった。


シーア一人、徒歩での移動は危険もはらんでいた。

日中も夜もこちらをうかがう気配がよくあった。

盗賊という、人を襲い奪う連中がいるそうだ。

黒狼たる我がそばにいることで襲われることはなかったが。



シーアの故郷に近づいていたある日、シーアが突然別れを切り出した。

何日も尾けられている気配が強くなっていた頃だ。

シーアは我を巻き込みたくないと言う。

我はもちろんシーアを死なせるつもりはない。

離れるなど論外だ。

抗議として低く唸ると、シーアは困ったような泣きそうな顔で我の頭を撫でた。


そしてその時は間もなくやってきた。

野営中に五人の男が襲撃してきた。


シーアは多少の自衛はできるが、襲ってきた連中は手練れだった。

一対一なら黒狼の方が強く、一人ずつ仕留めるなら苦もなかっただろう。

しかし我はシーアを守りながら防戦一方となり、どんどん形勢は悪くなった。

黒狼の我の身体にいくつもの矢とナイフが刺さった。

シーアも防ぎきれず傷を負って血を流す。


そして決定的な一打がシーアの胸に突き刺さる。

連中は一気に退いていった。


シーアの魂はこの死闘が始まってからきらきらと輝いていた。

なんて皮肉だろうか。

絶対に失いたくなかった。


「しに、がみ、さま…さいご、まで、いっしょ、に、いて、くれて、あり、がとう…」


口から血がごぼりと溢れる。

目から光が消えていく。

そしてきらきらと輝く魂がシーアの身体から浮かびあがる。


だめだだめだ!

行ってはだめだ!

このきらきら輝く魂は我のものだ!

シーアの魂を喰えないのなら、せめて最後まで寄り添わせてくれ。

少しずつ宙に浮かび上がる魂を追うために、シーアの胸に刺さったナイフを口で引き抜き、我の胸へと突き刺した。


血がごぼりと喉に溢れる。

身体から力が抜け、目がかすむ。

シーアの躯の上に倒れこみ、輝く魂を見上げる。

我もすぐに昇るから待ってほしい。

まだ、シーアの魂を見つけないでくれ!


久方ぶりに生身の身体から放たれた我は必死にシーアの魂を追う。

魂は死後、少しずつ宙に浮かび上がっていく。

そうして宙を彷徨っているところを魂を喰らう者(死神)に喰われるのだ。


我は必死にシーアの輝く魂を追いかけた。

最後に喰われる瞬間まで、この綺麗な魂と一緒にいたい。

そうしてシーアの魂に追いつき、寄り添って、喰われる瞬間まで幸せなひとときを過ごした。




次に目覚めたとき、そこは淡い光の空間だった。

魂があちらこちらに漂っている。

シーアはどこだ?

あのきらきら輝く魂は我のものだ。

我のそばにいないとだめだ。



必死に探し回る我に声が降ってきた。

我にはそれが()()かわかった。

天の管理者だ。


魂を喰らう者(死神)よ、お前が探している聖女の魂は、今あそこで休息しておる。

 お前はなぜ役割を放棄したのだ?』


ふと見ると、シーアの魂が天蓋に横たわっていた。

だが天蓋のそばには近づけない。


「我はあのきらきら輝く魂に惹かれた。

 だからそばにいたいのだ。」

『聖女の魂は使命を果たした。

 今は疲弊した魂を十分に休める必要がある。

 時が来るまで待つがいい』


我は待った。

長い年月を天蓋のまわりで、微かに輝く魂を見つめながら待った。

あのきらきら輝く魂が恋しくてたまらなかった。

十分に休息して、またきらきらと輝く時がくるのをひたすら待った。


そしてある時、また天の管理者の声が降ってきた。


魂を喰らう者(死神)よ、時は来た。

 生まれ変わる時だ。

 お前は聖女の魂を慈しみ、そして守るのだ。

 よいな、任せたぞ』


そうして我は人へと転生した。





シーア視点の短編を投稿する予定です。

「絶望の淵にいた聖女は落ちた黒狼に慕われる(仮)」

少々お待ちください。

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