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第1話 ハルト
「月が綺麗ですね」
空に浮かぶ月を眺めていると、隣から声を掛けられた。
「そうだね」
楽しそうな笑みを浮かべているハルトは、聞こえてきた感想に軽く返答する。
ふと気配を感じて視線を落とすと、ハルトは至近距離で顔を覗き込まれていた。
「夏目漱石って、知ってます……?」
その質問に、自分の返答が間違っていたことに気付いたハルトは、思わず苦笑した。
「あぁ、そっち。ごめんごめん……えっ?」
そして気付く。ここには、自分達しかいないということに。
「えっ? あ、えっと……ん? いや、あの……え?」
動揺を隠しきれず、目が泳ぐハルト。そんな様子が可笑しかったのか、小さな笑い声が聞こえた。
「月が、綺麗ですね」
月を見ることなく、真っ直ぐと向けられた言葉。逸らすことを許さないかのような熱に、ハルトの顔は熱くなっていく。
何か言わねばと口を開けては閉じてを繰り返したハルトだったが、結局その言葉への返答を見つけられず、最後まで何も言うことが出来なかった。