おまけ
本日二度目の更新です
レオと王太子の会話(会話文のみ)
「よかったですね。セオルドがレオの試験を無事突破できて。愚かな侯爵の野心がこうしてひとつの恋を成就させたと思うと感慨深いものがあります。この世に不要な人間などいないとは、よく言ったものです」
「……考え過ぎです」
「そうですか? 今回の件に乗じて、セオルドを試す意図があったのだと思っていたのですが」
「なぜそうお思いに?」
「だって、あなたたち兄妹は、似ていないのでしょう? 同姓でも親族とは思われなかった可能性が高いのに、危険を承知で彼女の存在を公にした。妹さんを囮にするほどレオは非情ではないでしょうから、セオルドの想いがどれほどのものかを試す目的が含まれていたのだと思っていたのですが……違いましたか?」
「マクニールの想いなど……。それこそ、今さら試すまでもありません。本当に、しつこかったので」
「レオをそれほどうんざりさせるとは、相当だったのでしょうね……」
「……ええ」
「ではなぜ、セオルドに妹さんを託したのですか?」
「……多少、思うところもありますが……機会くらいは与えてやろうかと。妹の反応次第では、認めていいと思っていました」
「はじめから容認していたわけですか」
「もちろん妹を守れないようなら認めはしませんでしたが、あれでだめなら誰に任せても同じだと」
「セオルドは十分才能ある優秀な騎士なのに、二番手という言葉にコンプレックスを抱えていますからね。一番でなければ意味がないという極端な思考の矯正も、そろそろ視野に入れておかないと。……かわいそうに、あの分だと一番を取れたとしても信じられないかもしれないですね」
「まだ譲る気はありません」
「ふふ。拗ねないでください、わかっていますよ」
「拗ねてなど」
「騎士としては優秀でも、近衛としては難ありですからね。セオルドは、忠誠心にやや欠ける」
「……」
「ですが、お姫様のおままごとの相手をさせておくにはもったいない。単独行動は褒められた行為ではありませんが、レオが口添えしてくれたおかげで引き抜きやすくなって、得しちゃいました」
「……言わせたのはあなたですが」
「あの場面では私の口添えよりも、あなたの指示だったという方が有効でしたからね。ですが根回ししてくれたのはあなたでしょう? あなたに庇われると事前に知っていたら、セオルドはむきになって粛々と懲罰を受けたはずです。あなたにもそれがわかっていたから、セオルドの療養中に処遇についての話し合いをすべて終わらせたのでは?」
「……」
「だんまりですか。レオは実は、セオルドのことを気に入っていますよね? かわいい妹をあげるくらいですから」
「四年です」
「?」
「四年、顔を合わせるたびに、一度見かけただけの妹をかわいいかわいいと。……嫌がらせかと思いました」
「ある意味、嫌がらせでは?」
「……」
「そんな執着心の異常な相手に、よく大事な妹を預けようと思いましたね? 私なら嫌ですよ」
「……金があるだけの年寄りの後妻になられるよりは、ずっといいので」
「ああ、レオが血相を変えてご実家に飛んで帰ったときのことですね?」
「……その節は大変ご迷惑を。両親もまさか、妹がそんなバカげたことを言い出すとは思っておらず……」
「バカげていますか? 非常に現実的で打算的な思考だと思いますが」
「真剣に考えての結論であれば、話くらいは聞きました」
「聞きはするけれど、容認はしない?」
「……」
「妹さん、どのような方なのですか?」
「普通の妹です」
「ふふ。一日中じゃがいもの皮をひたすらむき続けて平然としていられるだけで、もう間違いなく普通ではありませんよ? 過去には発狂した見習いや、じゃがいもアレルギーになった人もいたとか」
「興味のあることへの集中力だけは、目を見張るものがあります」
「ものは言いようですね」
「……」
「妹さんの気持ちはさて置き、私も兄ですから、レオの気持ちもわからなくはないです。義弟が自分よりもずっと年上のおじいさんというのは、ちょっと……つらいですからね。精神的に」
「……ええ」
「その点セオルドなら、一日ですが年下なので義弟と呼ぶのに抵抗は少ないでしょう」
「……」
「ふふ、義弟と呼ぶのは嫌なのですね。そんな怖い顔しないでください。……それにしても、お互い第一印象がよかったのでしょうか? セオルドの方は見て知って気持ちが悪いと思っていましたが、あれで好感触だったのですか?」
「そのようです。……気持ちが悪いと?」
「ええ、実は。内緒ですよ? セオルドは人の懐に入るのがうまいですからね。あの性質の異常さ――執念、執心、執着といった、本来負であるはずの感情を、一途だとか、ひたむきだとか、粘り強いだとかいう好意的な言葉に意図せず変えてしまえる力がある。誰もが、セオルドなら仕方ない、と笑って許してしまう。本人が気づいているかはわかりませんが、あれはもはや才能です。あなたは執着される側だから、感覚が麻痺しているのですね。俯瞰して客観視するといいですよ」
「……不快でないとは言っていません」
「最近はいろいろと吹っ切れたのか、妹さんにくっついて回っているとか。うちのお姫様が感心していたくらいです。私的なお茶会の場とはいえ、嬉々として彼女を膝に乗せて、こめかみに頰にキスを繰り返して周りを唖然とさせていたとか」
「即刻態度を改めさせます」
「ふふ。おもしろいので構いません。その振る舞いが許されるところが、セオルドなのです。妹さんがどう思っているかは知りませんけれど」
「……妹は……受け入れているのだと。あれで嫌なことは絶対にしない頑固な娘なので」
「そうなのですか? 意外です」
「……妹はマクニールを愛称で呼んでいました」
「……それは、いけないことですか?」
「親しく名前を呼び合うような友人がいたこともなければ、周りは動物ばかりの田舎育ちです。しかもあの子自身、家族以外には、レオの妹、と続柄で呼ばれていました。名前で呼び呼ばれることに慣れていません」
「レオの名が大き過ぎた弊害ですか」
「……遺憾ながら」
「なるほど……愛称で呼ぶ、たったそれだけのことで妹さんの気持ちがわかったわけですか。さすがレオですね」
「……」
「そういえば、妹さんは女官試験も受けていましたよね? 面接で落とされたとか。確かに人と接することに慣れていなければ、人に仕えるということは難しいかもしれないですね。口利きをしなかったのはそのためですか」
「いえ。誰であれ、試験は公正に受けるべきかと」
「……。そうですよね」
「唯一受かったのが調理場です」
「ふふ。あそこは実力主義ですから。料理長も期待の新人だと褒めていました」
「……恐れ入ります」
「……私はね、レオの妹さんには、とても感謝しているのですよ」
「感謝……ですか」
「ええ。マクニール家は見栄っ張りなだけで、毒にも薬にもならない公爵家だからこそ、価値がある。ただひとつ懸念があるとすれば、隣国の王族に娘を嫁がせている点です。彼の国に利用されては、少々厄介なことになるでしょう。なにか起きる前に事前に手を打ち、備えておくに越したことはありませんからね」
「それで、セオルド・マクニールですか」
「私もそろそろ正式に婚約者を選ばなくてはいけない頃合いですし、末娘の彼女が城に上がったら情報元がなくなってしまいます。困りますね? ですがセオルドが両親と和解したのなら、話は別です。定期的に公爵家の内情を探らせることも、心情はどうであれ、セオルドの処世術をもってすればそう難しいことではないでしょう。レオの妹さんが受け入れてくれたおかげで、セオルドの首に頑丈な首輪をつけて手綱を握ることができました。もちろんレオにも感謝していますよ。レオの名があってこそ、ですから」
「殿下まで人の名を……」
「使えるものはなんでも使うのが私の主義です。公爵家はすでに、レオナルド・カレンが義理の息子になると喧伝して回っているらしいですよ?」
「注意しておきます」
「大丈夫、トロフィーを集めて飾り立てることで、自分たちの価値を再確認して満足してしまえる、ある意味では欲のない人たちですから。裏でなにか利用しようとは思っていませんよ。彼らはそう、利用される側です。そんな親の背を見て、不用品扱いされていたセオルドは今さら持ち上げられても複雑な心境でしょうが、かわいい奥さんのためなら耐えるのでしょうね」
「まだ妻ではありません」
「時間の問題では?」
「……」
「ふふ。セオルドが私の近衛に加わるのが楽しみです。しっかりと友好を深めてくださいね」
「……妹の話では、泣いていたそうですが」
「嬉し泣きですか。照れますね」
「…………」
「そうそう、セオルドは猫が好きだと聞いたので、この子を紹介することも楽しみにしています」
「にゃー」
「それは……あの森で拾った猫ですか」
「ええ。犯罪者たちが連行され、負傷したセオルドが運ばれて行く最中に、私に庇護を求めて来た賢い子です。誰に擦り寄るべきかを一瞬で見抜いたのですよ。いい子ですね、よしよし」
「にゃーん」
「ふふ。セオルドの喜ぶ顔が目に浮かびます。ああ、明日が来るのがとても楽しみです!」
最後の最後までお付き合いくださりありがとうございました!