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あまえんぼうねこちゃんの番 2

セオルド視点




 回復したら王女殿下の近衛に戻れるという話は、王太子殿下の意向を汲んだ上層部によって立ち消えとなった。


 元々僕をカレンの下につけるのは難しいという判断から王太子殿下の近衛候補から外されていたわけだが、懲罰委員会でのカレンの一言によって、その前提がひっくり返されてしまったのだ。


 つまり、僕がカレンの指示に従って動けることを公に認める結果となり、王太子殿下に忖度した上層部によって退路を塞がれてしまったわけだ。


 頼みの綱の王女殿下も、お兄様がほしいのならと、あっさり売られ、それどころか早く貸しを返すよう要求されて、ここにいる。


 森の動物たちのお茶会の場に。


 虚ろな僕に気づくことなく、王女殿下は嬉々として両手を合わせた。


「今日は新しいお友達が参加してくださるそうよ! 楽しみね!」


 新たな犠牲者が誰かは知らないが、きっと僕よりもひどい役を与えられるということはないだろう。


 あまえんぼうねこちゃんに対抗できるのは、それこそさみしがりやうさちゃんくらいだ。そしてさみしがりやうさちゃんのうさ耳帽子は、誰の目にも触れない場所にこっそり隠したので、永久に憐れなうさぎが誕生することはない。


「みなさん、仲良くしてあげてね?」


 森の動物たち役の侍女たちがおっとりと微笑んでうなずく。殿下は満足げにそれを眺めてから、ひとり反応しなかった僕に目をつけた。


「あまえんぼうねこちゃんもよ?」


「……はい」


「返事が小さいわ」


「はい!」


 やけくそで声を張ると、視界の隅にいた先輩の口元が、によっと動いた気がした。すかさずそちらをにらんでおく。


「もう。あまえんぼうねこちゃんったら、ご機嫌斜めね? お兄様のところに里子に出されたことを、まだ拗ねているの?」


「まあ、それもありますね……」


「大丈夫よ、安心しなさい? あまえんぼうねこちゃんの役はセオルド以外にいないもの。あなたなら、いつでもお茶会に参加してくれて構わないわ」


「……」


 やっぱり捨てられてよかったかもしれない。


 いろいろと言いたいことを飲み込んで、上等な茶葉で淹れた最高級の紅茶で喉の奥へ奥へと不平不満を流し込んでいると、殿下が弾んだ声を上げた。


「まあ! いらしたわ!」


 今日の犠牲者が連行されて来たらしい。ちらりと目線を上げて見えたのは、かわいらしい雰囲気の若い女性だった。茶色の髪をハーフアップにして、品のいい桃色のドレスを纏い、どこか不安気な面持ちのまま侍女に挟まれた彼女は、所在なさげに立っている。そのタレ目がちな瞳があたりをさまよい、僕に止めると、瞬時に驚きの色へと染まった。


 というか……アリッサ!?


 いつもかわいいアリッサの、いつも以上の可憐な愛らしさに見惚れていて、初動が遅れてしまった。


 マナーを無視して慌てて立ち上がると、彼女の横に並び立つ侍女たちに詰め寄った。


「どういうことですか?」


「お察しの通りでは?」


 涼しい態度が忌々しい。この侍女たちの中の誰かが、もしくは全員が、日夜殿下にいらない知恵を与えているのだ。


 その結果、おもしろそうという理由だけで、アリッサが引きずり出されたに違いない。


「ここから先のエスコート役は、あなたにお譲りします」


 確かにアリッサのエスコート役を他人に譲るわけにはいかないので、悔しいがおとなしく従っておいた。


「お手をどうぞ」


 手を差し出したが、アリッサの目線はやや上を向いたまま動かない。


 僕の頭上あたりをじっと見つめたまま……。


 頭の、上……?


 はっとして、慌てて頭に両手をやった。そこには三角のもふっとした毛皮の感触。あまりの羞恥に、見なくても自分の顔が真っ赤に染まったのがわかった。


 …………終わった。


 見られてしまった。


 こんなの、絶対に引かれる。


 気持ち悪いと思われていたら、もう、生きていける気がしない……。


 これ以上の絶望なんてない。


あまえんぼう(・・・・・・)ねこちゃん(・・・・・)ったら、どうかしたの?」


 あった。


 まだ絶望には底があった。


 底知れぬ底が。


「あ、あま、あまえんぼう、ねこ、ちゃん……?」


 アリッサの混乱が手に取るようにわかる。僕の顔と頭に、目が行ったり来たりを繰り返していて非常にわかりやすい。


 近衛の何人かが我慢できなかったのか、とうとう噴き出した。仲間に対する仕打ちが残酷過ぎる。


「見惚れていないで早くエスコートをしなさい」


 見惚れる余裕を与えてくれなかったのはどこの誰だ。綺麗だよ、と小声で褒めると、我に返ったらしいアリッサの頬が薄く色づいた。


 さすが寛大なアリッサ。猫耳をつけた僕を見ても嫌った様子はなさそうで、心底安堵した。


 そのとき侍女のひとりがすっと前に出て、殿下にアリッサを簡単に紹介した。


「こちらはあまえんぼうねこちゃんの番の、はずかしがりやのタヌキちゃんです」


 新キャラの登場についていけなかったのは僕だけだったようで、森の動物たちのみなさんはまったく動じることなく、よろしくねと一言ずつ告げていく。さすが王女つき侍女たち、練度が違う。近衛たちは腹筋が大変なことになっているのに。


「いえ、わたしはアリッ、…………ひぃっ、……いえ、その、は、はずかしがりやの、タヌキ? です……」


 訂正しようとして侍女にきつくにらまれて言い直しさせられるアリッサが不憫過ぎた。


 混乱しきりのアリッサにそっと寄り添って、腰に腕を回す。指先がもふっとしたものに触れて疑問符が浮かんだが、硬直していたアリッサの体が、ほっとしたようにわずかに弛緩したのを感じて、どうでもよくなった。


 体を寄せると、髪を飾る花の香がほのかに匂い立つ。普段のアリッサも十分かわいいが、こうして着飾った姿は想像以上に綺麗だった。


 そばかすを薄く残すあたり、悔しいがさすが侍女たち、わかっている。


 余計なことしかしない侍女たちだが、こういう技術は国随一だ。そこだけは認める。


「この子が噂の番なのね? はずかしがりやのタヌキちゃん、さあ、おかけになって」


 お姫様のご機嫌を損ねる前に、僕はアリッサの手を取りエスコートして席へと戻った。


 そして、自分の膝の上にアリッサを乗せて座る。


「……え?」


 それは誰の声だったのか。もしかするとアリッサ本人だったのかもしれない。


 その場にいた全員の視線が僕たちに集まった。


 僕たちというか、不作法な僕に。


「僕はあまえんぼうねこちゃんですから、番と片時も離れていたくないのでご容赦ください」


「さすがはあまえんぼうねこちゃんね。よろしい、許可します」


 マナーを無視しても役さえ立派にこなしていれば、殿下は非常に柔軟な思考の持ち主で、話のわかる相手だ。


 アリッサとセットならあまえんぼうねこちゃんも悪くない気がしてきた。


「あの、でも」


 おろおろするアリッサのお腹に腕を回してぎゅっと密着する。もっふりとした物体はタヌキのしっぽらしく、ちょっと邪魔だが我慢して引き寄せて、肩に顎を乗せると荒んだ心が少しだけ落ち着いた。


「はぁ……。心の癒し」


「まあまあ。仲のよろしいことで」


 侍女のひとり、社交界の花の孔雀夫人が鷹揚に微笑む。


「この調子ですと、すぐに御子が誕生しそうですね」


 やはり侍女のひとり、麗しのキツネ令嬢がくすくすと笑って僕らを揶揄する。


 子供……か。


 子供たちのいい父親になってねとすでにお願いされていたが、婚約を経て、それもいよいよ現実味を帯びてきた。


 殿下のせいで正直子供は苦手だと思っていたが、アリッサと自分の子ならば話は別だ。


 無意識にアリッサのお腹を守るように両手を重ねて、思案する。


 アリッサそっくりの女の子とか、絶対かわいい。男の子でもきっとかわいいに違いない。


 僕そっくりな子でも嬉しい。顔はまあいい方だし、女の子なら将来美人になりそう。男の子なら、ちょっと女性関係が不安だけど……。


 できればふたりの要素を半分ずつくらい受け継いだ子が理想だが、どんな子でもアリッサとの間に生まれた子ならば無償で愛せる自信がある。


 あ、でも……。


 ひとつだけ懸念が。


 もし……もし、カレン似の男の子が生まれたら、どうしよう……。


 レオナルド・カレンがカレン家の突然変異ではなく、あれこそが連綿と続くカレン一族特有の血を引いている証らしく、母方の祖父や、アリッサたちが生まれる前に亡くなったという父方の曽祖父が顔も性格もそっくりなのだと聞いている。


 そもそもアリッサの両親が親戚同士であり、非常に近しい血筋で結婚しているらしいので、そうなるとタヌキとねこの間から狼が生まれるという奇跡もなくはないわけで……。


 え、怖っ……。これ、なにかのフラグとかじゃないよね……?


 ちびレオナルド・カレンは、レオナルド・カレンからこそ生まれるべきだろう。


 なぜアリッサのお腹から出て来る可能性を宿しているのだ。


 なぜか赤面しているアリッサとは対照的に、血の気を引かせて真っ青になった僕は、めずらしくお茶会の席らしいことを口走っていた。


「カレ……孤高の狼の、浮いた話なんかを知っている方はいますか?」


 自分で口にしてなんだが、孤高の狼しか浮かばないのはずるい。


 あまえんぼうねこちゃんに匹敵する、斬新かつ残酷な名前を思いつけたらよかったが、自分に名づけの才能がないことがわかったので子供の名前は信頼できる別の人に頼もうと思う。先輩とか。


「それはとっても興味深い話題ね。さすがよ、あまえんぼうねこちゃん」


「わたくしも耳にしたことがありませんわ」

 

 殿下の侍女の中でも情報通の、情報屋のリスちゃんがそう言うということは、本当に浮いた話がひとつもないのだろう。


 孔雀夫人とキツネ令嬢も知らないようだ。殿下はアリッサへと水を向ける。


「はずかしがりやのタヌキちゃんのお兄様でしょう? なにか聞いてはいないの?」

 

「え!? 狼って、兄様、のことですか……?」


 ひとりだけ話題についていけてなかったらしい。おろおろとしたアリッサのこめかみに軽くキスをしてから、小声で、カレンの女性関係知ってる? と要約してあげる。


「今のキスは必要でしたの?」


「僕はあまえんぼうねこちゃんですから。必要ですよ、孔雀夫人」


「開き直り方が清々しいですね」


「実は一番適応力がありますわよね」


 ひそひそとするキツネ令嬢とリスちゃんに、にこりとする。


「お褒めに預かり光栄です」


 別に褒めてないという視線が突き刺さったが、殿下の容認があるので毅然としていればいい。


 アリッサといちゃいちゃしながらのお茶会だと思えば、これはこれで最高かもしれない。


「それで? 孤高の狼さんは、まだ結婚のご予定はないの?」


 殿下の追求にアリッサは、自分の頭に頬擦りをする僕を気にしつつも、真面目に答えた。


「予定どころか……恋人を紹介してもらったことも、一度もありません」


「そうなの……。もしものときは、お兄様がいい人を紹介してくださるから安心なさい?」


 王太子殿下推薦の女性……。裏しかなさそう。


 しかももう他人事ではないから、適当に聞き流して腹の中で笑ってもいられない。


「あ、ありがとうございます……」 


 ひたすら恐縮するアリッサは事の重大さがわかっていないらしい。


 自分の兄嫁が、腹黒の大蛇とか鋭い爪を隠した猛禽類とかだったらどうする気なのか。タヌキなんて丸呑みだよ?


「女性関係はあれですけれど……ねぇ?」


 情報屋のリスちゃんがなにか含み笑いをしながら、ほかの侍女たちに目配せする。


「ええ、そうね……」


「うふふ。あちらの方は、ねぇ……?」


 彼女たちの言わんとするところがわからないのは僕だけのようで、周りの侍女らも同様の反応をしていた。


 しかもアリッサまでもが、なにか気づいた様子で体を硬直させている。


「……なにか思い当たることが?」


 アリッサがびくんっと体を跳ねさせる。わかりやすい反応、どうもありがとう。


「ねぇ、アリッサ? 教えて?」


 ぎゅむっと抱きついたまま耳元で囁くと、あまやかな声を漏らしてしまうのを堪えるように、きゅっと口を結んでしまった。顔を覗き込むと、反対側へと逸らされる。絶対に言わないという強い意思を感じた。


 強情なアリッサもかわいい。


 だけど無理強いをして嫌われるのだけは絶対に嫌なので、仕方なく標的を変えることにした。


 誰から攻め落とそうかと考えていると、そんな僕を嘲笑うかのように、優雅に紅茶をひと口飲んだ殿下が、なにを今さらという顔で爆弾を投下した。


「レオナルド・カレンの秘密の恋人はセオルド・マクニールだという噂のことでしょう?」


「………………は?」


 今、なんと?


「あなたたちをモデルにした恋愛の本が出回っているらしいわよ?」


「そ、え、本……は? は?」


「あまえんぼうねこちゃんが壊れたわ、孔雀夫人」


「よほどショックが大きかったのでしょうね。先生も本当に罪なことをなさるわ」


 殿下たちの言葉が耳を流れていく中、そろりと膝から降りて逃亡を図ろうとしたアリッサのしっぽを掴んだ。現行犯逮捕だ。


「……アリッサ?」


「あ、その……ご、ごめんなさい!」


「それ、なにに対しての謝罪?」


「だ、黙っててごめんなさい……の、謝罪です……」


 アリッサまで知っていたことにめまいで倒れそうだったが、アリッサが知っていることがむしろ答えだった。


 諸悪の根源は謎の覆面作家、ラヴィ・アン・ローズ!


 なんとなく、敵は近くにいる気がする。


 じろりと周囲をにらんでいると、アリッサは必死に自分の罪を軽くするための小癪な弁明をはじめた。


「手違いで読みはじめてしまったのは認めますが、最後までは読んでいません! 最初の五ページくらいで、あっ、となって閉じました。本当です!」


 なにをどう書いたらたった五ページで察するのか。


 周囲を警戒すべき近衛騎士たちからは、とうとう膝をつく者が現れはじめた。鍛え直すよう殿下に進言することを決めて、アリッサのしっぽを引っ張る。


「最後まで読んでたら、さすがに怒ったよ」


「そこまでの好奇心と度胸は……わたしにはありませんでした……」


 好奇心が猫を殺すって、もしかしてこういう意味だった?


 好奇心に満ちた女性たちによって踏み躙られた僕の心のねこちゃんがズタボロになっている。


 もう自分がなにを言っているかすらわからなくなってきた。


「なんでこんなにかわいい婚約者がいる僕が、カレンなんかと……」


 創作だとしても許せない。見つけたら名誉毀損で訴えてやる。


 嘆いていると殿下に追い打ちをかけられた。


「今期の売れ筋一位らしいわよ?」


 この国には敵しかいないのか。


 悪意に満ち溢れ過ぎている。


 年齢制限のかかった本を殿下が読んでいるということはないだろうが、侍女たちの反応を見るに、殿下以外は全員読んでいる。読んだ上で、僕をそういう目で見ている。


 男に襲われたばかりの心の傷がしくしくと痛んだ。


「きっと、わかる人にしかわからないと思いますよ……?」


 わかる人にわかるのが一番問題なのだ。


 アリッサの慰めがずれていてまた泣きたくなった。


 とりあえず帰ったらこの件を持ち出して、気が済むまであまえまくろうと決めた。




ちなみに王女殿下の侍女たちの間では、レオとセオと王太子殿下の三人で、三角関係が展開中

誰と誰がくっつくかで熾烈な舌戦が繰り広げられているとかいないとか


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