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あまえんぼうねこちゃんの番 1

アリッサ視点




 その日わたしは、縹色のお仕着せを身に纏う楚々とした美しい侍女たちに行手を阻まれ、逃げる隙も与えられず、四方を囲まれていた。


 城で働く女性たちの羨望と男性たちからの憧憬をほしいままにしている美女集団を前にしたわたしは、根性で腰は抜かさなかったが、相変わらず生贄の羊の気分はしっかりと味わっていた。


 この既視感。いくらなんでも方々から囲まれ過ぎている。


 もはやそういう星のもとに生まれたとしか考えられない頻度だ。


 今度は一体どんな因縁をつけられるのかと震えながらも身構えた。


 わたしが思いつくことの筆頭は、兄様関係かセオ様関係のことだ。


 特にセオ様は頭を打って負傷してからというもの、言動が極端になったように感じているのは、きっとわたしだけではないはずなのだ。


 死を間近に感じたからなのか、なんかいろいろと吹っ切れたらしい。人目を憚ることなく会えばくっついてくるし、誰に対抗しているのか不思議に思うくらいにあまえてくる。


 吹っ切れたのは兄様に対してもで、ふたりが会話しているところもしばしば目撃されるようになったらしいが、なぜか不仲説はそのままだった。


 しかしそれと、今のこの状況と、どんな繋がりがあるのだろうか。


 彼女たちのような身分も容姿も教養もある女性たちがこんなところにいるのは場違いで、下っ端のわたし相手に用があるのなら、わざわざ自ら出向かずとも呼び出してしまうのが早いのに。


 わたしを囲い込んで追い詰める事自体に意味がある……?


 もしかして兄様たちは関係なく、わたし個人に用がある……とか?


 彼女たちに苦言を呈されるようなことをした覚えはまるでなく、強いて言えば、ところ構わず背中に引っついてくるセオ様を放置して風紀を乱していることくらいで……。


 はっ!


 風紀と言えば、思い当たるものがひとつある。


 ま、まさか、参考書……?


 風紀の乱れそのもののような内容のあの参考書たちが、清廉な彼女たちの逆鱗に触れてしまったのだろうか。


「アリッサ・カレン男爵令嬢。ご同行を願えますね?」


「あ……は、はい……」


 わたしは毛刈り中の羊の、もうどうにでもなれっ……、という諦観した目をしながら、各所で男性陣からの羨望の眼差しを向けられながら、美女に左右を挟まれたまま城の中へと連行された。





 連れて来られた広い一室。目の前には見たこともないような色鮮やかなドレスがずらりと並んでいた。


 圧倒され過ぎて立ったまま失神しかけた。


 王女殿下の持ち物だろうか、子供サイズのふわふわとしたドレスが並ぶ中、わたしは場違い感にそわそわしながらも無抵抗のまま床に両膝をつけて懺悔する。


「申し訳ありません、規制品は、その……あの……」


 この期に及んで口ごもるわたしを、侍女の方がわずかに小首を傾げてから、腕を引いて立ち上がらせた。


「背筋を伸ばしていただけますか?」


「は、はい」


 従順に直立するわたしの体に、一着のデイドレスを当てながら彼女は言った。


「こちらは既製品ではなく、フルオーダーです」


 違う。そんなことは聞いていないし、できれば聞きたくなかった。


 それにわたしが言いたかったのは規制品で、既製品ではない。


 焦りながらセオ様との会話を思い返し、ふと気づく。


 もしかすると規制品ではなく、禁制品だったかもしれない。


 なんかそんな気がしてきた。


 混乱していたわたしが間違えて覚えていたかもしれない。


 そうとわかれば心を落ち着けて、今度こそ、と口を開いた。


「あの、禁制品のことで」


「金製品? アレルギーをお持ちですか?」


「ア、アレルギー?」


 ぽかんとしている間に煌びやかなアクセサリー類が引っ込められていった。よくわからないが、今のでひとつ難を逃れた気がする。


「公式の場ではないので、アクセサリーはなくても大丈夫でしょう」


 そんな侍女様の独白を気にする余裕もなく、間近で見てしまったドレスのタグに震え上がった。


 お、おう、王室御用達の……。


 そんな目の飛び出そうな高価なドレス、こちらに押しつけないでほしい。汚したらどう弁償すればいいのか。一生奴隷にでもされるのだろうか。じゃがいもを何個むけば解放されるのか。


 イヤイヤと首を振って抵抗するも、優秀な侍女様方によってお仕着せを剥かれて(既視感)、ドレスを着せられ、髪を結われた頃には抵抗する気力を失っていた。


 着せ替え人形の気持ちがすごくよくわかった。なにもしなくていいのに、なぜか気疲れする。


 だけど侍女様方の手腕がすごくて、鏡に映る自分はもはや別人。着たこともない桃色のドレスは品よく優美な趣きがあり、乙女心がにわかに騒ぎ立つ。ほんの少しだけ、兄様の妹と言っても受け入れられそうだと、化粧を施されながら鏡の中に映る自分を見つめつつ図々しいことを思ったりした。


 しかし、だ。フルオーダーのドレスがわたしにぴったり問題だけは、捨て置けない。


 どこから情報が漏れた。


 心当たりはふたりしかいない。


 どちらにせよ、この場合、問題しかない。


「あなたには今から、姫様のお茶会にご参加いただきます」


 油断していたところに、まさかの宣告。衝撃で頭の中が真っ白になった。おかげでドレスのサイズとかどうでもよくなった。


 わたしのような田舎貴族の、社交界デビューも済ませていないほぼ平民の娘が、王女殿下の御前に出ること自体が罪だ。


 もしかして王女殿下はセオ様のことを慕っていて、わたしのことを断罪しようと思っているのだろうか。セオ様をたぶらかし、風紀を乱すわたしを見せしめに吊し上げを――。


「では仕上げに、こちらを」


 真っ青になったわたしの目に映ったのは、茶色い毛皮のもふっとしたなにか。長くて太めの、動物のしっぽのようなそれを、なぜか、スカートの切り返しあたりの腰に装着された。


「え? え?」


「よろしいですか? あなたは今から、あまえんぼうねこちゃんの番の……そうですね、はずかしがりやのタヌキちゃんです」


 全然よろしくない。


 さっきから話が通じないと思っていたが、とうとう言っている意味がひとつも理解できなくなった。


「ま、待ってください!」


 もはや一から十までついていけない。


 せめて、せめて詳しい説明を……。


「それではどうぞお茶会を楽しんで」


 完璧なその微笑の下にどんな感情が隠されているのかわからないけれど、わたしの意思は最初から必要とされていないことだけは確かだった。


 誰か!


 誰か参考書をください!





 多少の礼儀作法やマナーなどは母から教わってはいたが、王女殿下の御前に出られるレベルでないことはわたしが一番よく知っている。


 なにか粗相をしたら兄様に迷惑が……、それどころか、今はセオ様にまで類が及ぶかもと考えたら、生まれたての子鹿くらい足が震えた。


 逃走防止のために両脇を固める侍女様方がいなければ、わたしは真横に倒れていたと思う。


 王族とその側近、そして招かれた客以外が立ち入ることのできない薔薇の咲き誇る中庭には、さっきの侍女様が言ったようにお茶会の準備がされていた。


 しかし不思議なことに、テーブルやイスをはじめ、茶器やらなにからなにまで、サイズが小さい。


 もしかして、王女殿下の背に合わせた特注品だろうか。楕円形のテーブルを囲むように腰掛けている人たちは大人で、サイズ感が合わずに遠目から見ても浮いている。


 ひとりだけお茶会セットの大きさにぴったりの女の子がいるので、彼女が王女殿下その人だろう。ふわふわの淡い金色の髪が日の光で輝いている、かわいらしいレディだった。


 すでに招待客のほとんどが揃っているのか、空いている席はひとつきりだった。


 救いがあるとすれば、招待客のほとんどがさっきわたしを連行した侍女たちだったことだ。


 わたしが着替えをさせられている間に、自分たちの支度を終えていたのだろう。涼しい顔で席についている。


 ここに来てようやく、さっきの侍女様が公式の場ではないと言っていた意味が見えてきた。これは内輪のお茶会で、もっと言ってしまえば、お茶会の練習のような場なのだ。


 なぜわたしだけ本格的に着飾らされたのかは不明だが、王女殿下の御前に下働きの格好で出て行くわけにもいかないし、どうせならばきちんとした格好に、と彼女たちが気を遣ってくれた結果なのかもしれないと思うと、親切心を素直に受け取れずに申し訳なく思った。


 しかしさっき会った人たちばかりとはいえ、ほとんど初対面の人たちだ。堂々としていられる自信はまったくない。


 助けを求めるように、周囲へとぐるりと視線を巡らせた。


 近衛の中に見覚えのある人がひとりいたが、セオ様の先輩でもわたしは特に話したこともない人なので、心強さもなにもない。


 せめてセオ様がいたら不安の半分は解消されるのに、彼はすでに王女殿下の近衛を解任されてしまっている。


 あの日のことが原因なのはわかっているが、わたしに入ってくる情報などほとんどなく、わかったのはセオ様は任務中に負傷したという事実だけ。


 唯一聞こえてきた噂は、女装したセオ様が男に襲われたという、嘘か真か微妙に判断しにくい不名誉な話だけだった。


 結局あの偽カードの差出人も、その意図もわからずじまい。箝口令が敷かれているのか誰の口からも詳細な情報は語られなかったが、悪い人からのメッセージだったことだけは間違いないと思っている。


 もしかするとわたしの代わりにひどい目に遭ったのではとさりげなく尋ねてみたが、「頭を打ったせいか、あの日の記憶が曖昧なんだ。ごめんね」と躱されてしまったので真相はもはや闇の中。


 知られたくないと思っているのなら、それ以上訊き出せるはずもなく、今日に至っている。


 実はセオ様に懸想している人がいて、人を雇ってわたしの純潔を奪って別れさせようと画策し、それに気づいたセオ様が先手を打ってわたしの服を剥ぎ取って成り代わり、雇われた人たちはそこに現れた女装姿のセオ様を間違えて襲った、という可能性もなくはないが、果たしてそれがどう任務と繋がるのか――。


 現実逃避していると、とうとう殿下の元へと到着してしまった。


 幼いながらもしゃんと澄まして座っている王女殿下を前に、とにかく早くあいさつしなくてはと焦っていると、テーブルを囲む招待客役の中にひとり、黒い近衛の制服を着た人がいることに気づき、目を見張った。


 向こうもはじめは怪訝そうにこちらを見ていたが、わたしだと気づくと、驚きも露わに大きく目を見開いた。


 セ、セオ様……?


 なぜセオ様がここに?


 突然の辞令で、今後は王太子殿下の近衛として兄様の下につくことを上から厳命されたと聞いていたのだが。


 カレンの部下なんて嫌だと、悔し泣きする彼を慰めたのはつい先日のことだった。


 ならば近衛ではなく、招待客としてこの場所にいるのだろうか。


 いや、そんなことよりも……。


 わたしはセオ様の綺麗な金色の頭部に視線を向けた。


 とりあえず、誰か。



 その頭についた猫耳の説明を求む。





アリッサのサイズ漏えい問題

単純にお仕着せのサイズの計測記録が残っていたからで、セオとレオは完全なる冤罪


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