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婚約の話

セオルド視点

セオ視点のエピローグから、長くなったのでカットした部分です




「婚約したら、一緒に暮らさない?」


 結婚前に婚約者の家で生活することはそこまで変な提案ではないはずだ。それなのに赤くなったり青くなったりするアリッサの思考はいまいち読めないが、なにか余計なことを考えている気はする。


 結婚は受け入れたけれど、まだ一緒に暮らすのは嫌だということだろうか。アリッサの気持ちを置き去りにして自分だけ盛り上がっていたことに気づくと、その温度差に苦笑いになった。


「そういえば……ずっと聞きたかったんだけど、アリッサはいつ僕のことを好きになってくれたの?」


「いつ、と訊かれると明確には答えられませんが、はじめから、その……素敵だな、と思っていました」


 はじめと言うと、ふたりの思い出の場所(ただの騎士団の敷地内の名もなき場所)で、はじめて会話したときのことだろうか。


 あの時点ではまだアリッサは僕の素性を知らなかった。好意的に見えるよう振る舞っていたし、僕の求める答えとはちょっと違う。


「だけどアリッサも僕に対して、周りと同じようなことを思ってなかった? そんな男、嫌いになっても好きになるのはおかしいと思うんだけど」


 自分の兄への復讐心に利用されていると思っているのにその相手に好意を抱くことなんてあるのだろうか。犯罪被害者なのに加害者に共感して結婚までしてしまう事例と同じ心理だろうか。


 アリッサの心理状態が今さらながら心配になった。


「おかしい……ですか? 確かに手ひどく振られるんだろうなとは思ってましたけど、セオ様を嫌いだと思ったことは一度もありませんよ?」


「え? 一度も?」


 そんなバカな。


 アリッサはちょっと考えてから、唖然とする僕を見て不思議そうに言った。


「嫌いになるようなこと、されてませんから」


 寛大すぎるのか抜けているのか判然としないが、僕は己の暴挙をひとつひとつ羅列していく。


「脅してつき合わせて、口さがない噂を放置して、ひとりで街に出るなとか男と話すなとか狭量な束縛をして、迂闊にも弁当を紛失して、身内とのひどい会話を聞かせて、理由も説明せず仕事着を剥ぎ取ってカレンの執務室に放置した」


 なんか思った以上に、最低な男では?


 これでなぜ愛想をつかされないのかがわからない。


 アリッサはじっくりと時間をかけて思案してから、ゆっくりと語りはじめた。


「つき合うことに決めたのは結局私の意思ですし、噂に翻弄されたのは事実ですけど、わたしに向けられていたのはほぼ憐憫だったからそこまで困ったわけでもないので……。束縛は全然許容範囲内でしたし、お弁当は……うん、もう仕方ないことだと割り切ってますから、蒸し返さないでください。お兄様との会話については、わたしが盗み聞きしてしまったのがいけなかったんです。兄様の執務室に放置された件だって、お仕事関係のあれこれが絡んで理由を説明できないのは理解していますから、お仕着せさえ返してくれたらそれでいいです」


「……」


 え、なんか……アリッサがすごいしゃべった。


 過去一長文を、つっかえることなくすらすらと。


 びっくりして、つい本物か確認してしまったが、やつ(仕事上のパートナー)の匂いが染みついていて、余計な嫉妬心が焦げついただけに終わった。


 内容に突っ込みたいことも多々あったが、ひとつ、早急に謝らなければならないことがあったことを思い出して懺悔した。


 アリッサのお仕着せだが、残念ながらすでに儚くなっている。返せと言われても返せない。


「お仕着せは……弁償します」


「あ……はい。お願いします」


 そうやってなんでも許されると調子に乗ってつけ上がってしまいそうだ。

 

 絶対に地雷は踏みたくないから、なにをどこまで許されるのか教えてほしい。


「ちなみに、なにをされたら嫌いになる? 暴力とか、倫理に伴わない行為は絶対にしない自信があるから、それ以外で、ここから先は許せないっていうラインを教えてほしい」


 アリッサはしばし悩んだ後、逡巡しながらもちょっと思い切った様子で切り出した。


「勝手に仕事を辞めさせられたら、さすがに怒ります」


「そこなんだ? わかった、絶対しない」


 意外だったわけではないが、それが一番に出てきたことは意外だった。


 しかも嫌うじゃなく、怒る、だ。


 怒らせても、嫌いにはならないということか?


 ……いや、さすがにそれはないか。


 アリッサのしたいことを否定する気はさらさらない。ひとりで街に行くなと言ったのだって、アリッサが狙われていたからで、その危険がなくなった今なら、ひとり歩きは推奨しないが、同性の友人たちと出かけるくらいならば全然構わないと思っている。


 アリッサは僕の答えにほっとしたように微笑んだ。結婚を急ぎたいのは、アリッサの気が変わる前に早く自分の妻にしたい僕の身勝手なエゴだとわかっているので、彼女のこれまでの生活はなるべく壊さないようにしてあげたい。


 やつ(仕事上のパートナー)には思うところがあるが、私生活は僕を優先してくれるのなら折り合いをつけてもいい。


 つまりなにが言いたいのかと言うと、日中は我慢するから、夜は一緒にふたりきりで過ごしたいということだ。


「一緒に暮らすのは嫌?」


「まだ早いとは思いますが……嫌、では、ないです」


 恥ずかしそうにしているが、思ったよりも嫌そうな感じではない。じゃあさっきはなぜ一瞬青ざめたのか。


「……もしかして、婚約が嫌?」


 図星だったのかぴくりと肩が跳ねる。


 なんてわかりやすい……。無理やり嘘とかつかせたら、息苦しさで窒息して死んでしまいそうだ。


「婚約はこれといって面倒な手続きはないよ? それに婚約しておかないと、結婚前に僕になにかあったとき、アリッサが受け取れるはずのお金がもらえなくなる」


 騎士なんて、いつなにが起こるのかわからない仕事だ。先日のように危うく死にかけることだって、今後ないとは言い切れない。そのときにアリッサがただの恋人であるのと婚約者であるのでは、主張できる権利が大いに違ってくる。主に金銭面でだが、国から遺族に支払われるお金は、実家よりはアリッサに受け取ってほしいと思っている。


「いきなりお金の話になってごめんね。でも入籍は国から許可が降りるまでちょっと時間がかかるから、婚約はしてほしい。嫌かな?」


 もちろんアリッサを置いて死ぬ気はさらさらないが、想像して涙目になっているところがかわいい。抱き寄せて目尻に軽くキスをすると、ちょっとだけしょっぱかった。


「違っ、違うんです。婚約が嫌とか、そんなことは」


「だったらなにが嫌だった?」


 アリッサが潤んだ目をさまよわせる。


「あ、の……その……、こ……婚約破棄が」


「うん?」


 飛び出した言葉に耳を疑った。


 婚約破棄?


 婚約してもないのに?


 ちょっと待って、混乱してきた。


「今、婚約破棄が流行っていて……」


「初耳だけど」


 婚約破棄なんて結構な醜聞だが、流行っているなんて聞いたことはない。婚約すること自体は簡単なのだが、破棄や解消するにはお互いの同意に加えて、慰謝料という大きな問題が発生するので、絶対に揉める。どちらが悪くてどれだけ支払うとか、本当に、揉めに揉める。


 そもそもそんなものが流行っていたら、婚約という制度自体見直しになりかねない。


「……界隈では有名で」


「どこの界隈?」


「その……物語界隈で。昨日読んだ本もそうで、だからちょっと過敏な反応を……。ごめんなさい」


 なんだ、と拍子抜けした。本の内容を引きずって不安になってしまったらしい。いちいちかわいい。


「僕と婚約するのが嫌なわけじゃないんだよね?」


「それは、はい。婚約破棄は嫌ですが」


「破棄なんて絶対しないし、むしろ僕がされる方じゃない? カレンの反感を買ったらすぐに引き離されそう」


 今後は突っかかるにしても、一応向こうが義兄になるわけだし、ほどほどにしておかなければとは思っている。積極的にアリッサとののろけ話を聞かせて、精神的なダメージをじわじわ与える方向性には変更はないが、いまいちカレンの逆鱗がどこにあるのかわからないのだ。


「兄様はたぶん……セオ様に構われることを嫌がってないと思いますよ?」


「構っているわけでは……」


 アリッサにはそう見えるということなのか?


 なんか、納得がいかない。


「話しかけるといつも殺されそうな目でにらまれるのに?」


「兄様は……本当に嫌いな人は、ちらっとも視界に入れないと思います。反応するのも無駄だと思っていると言うか……もはや見えても聞こえてもいない感じで」


 ああ……それはなんかわかるかもしれない。最初の頃、そんな感じだった。めちゃくちゃ感じ悪かった。思い出したらまた腹が立って来た。


「確かに今は無視はされないけど、この前なんか、おまえは卑屈過ぎて鬱陶しい、だって。ひどくない?」


 同意を求めたのに、アリッサが曖昧に納得しながら苦笑いする。否定されなかったことにひそかに傷ついた。


「へぇ……? アリッサはカレンの言い分に賛成するんだ?」


「えっ!? 違っ、そういう意味では……!」


「だったらどういう意味?」


「兄様の真意は想像するしかないですが、たぶん、もう少し自信を持って、自惚れてもいいという意味だと……」


「自惚れ……?」


 それはあまりいい言葉ではない気がする。


「確かに過剰な自惚れは身を滅ぼしますが、兄様は自分自身を正しく評価しないセオ様を、もどかしく思っているんだと思います」


 それだとあのカレンが、僕のことをめちゃくちゃ評価してくれているみたいではないか。


 アリッサはきっと、人のことを悪く思えない性質なのだろう。だから僕のことも嫌わずいてくれる。


 アリッサがいい子なのはわかった。


 そして、誰かに横槍を入れられる前に、早く自分のだと知らしめなければならないことも。


 すぐに動けないこの身が憎い。


「あ、そろそろ戻らないと」


 アリッサが慌てて立ち上がった。休憩時間が終わってしまったらしい。


「また後で来ますね。絶対に安静にしててくださいよ?」


 子供に言い聞かせるようにそう言い残して、あっさりと気持ちを切り替えるとスカートを翻して行ってしまった。


 そんなにじゃがいもが大事なのかと、つまらない嫉妬心が湧き上がる。


 休憩時間と帰る前の短時間しか会えないのに、アリッサの日中を拘束しているやつ(仕事上のパートナー)が憎い。


 実は僕の一番の恋敵(ライバル)は、やつ(仕事上のパートナー)なのかもしれない。




セオのライバルは間違いなくじゃがいもです

アリッサのライバルはたぶん兄様

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― 新着の感想 ―
[良い点] めでたしめでたし。  健全な(健全なんですよね?…)ライバルは出てきたけど、悪役令嬢は出てこなくて(出かけたけどアリッサに認識されずに、蹴散らされちゃっただけ?ある意味似たもの兄妹)、でも…
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