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アリッサ視点 16

アリッサ視点のエピローグ




 わたしが一生懸命真摯に祈っていると、心底呆れたという兄様の盛大なため息が聞こえてきた。


「顔、にやけてるぞ」


「えっ?」


 そんなひどい顔をしていただろうかと慌てて確かめようとしたが、手が、なぜか動かなかった。


「……あれ?」


 繋いでいた手が、気づかないうちに指を絡めるようにしてがっちりと握られている。おかしい、逃げられない。


「起きたのならさっさとそう言え」


「……え?」


 兄様の冷めた視線の先を追いかけると、こちらを見上げるセオ様と目が合った。


 ……目が、合った?


「あー、もう! もう本当になんなの? 一緒にいたいとか、元気な顔を見せてとか、かわいいが過ぎる! 殺す気?」


「こ、殺しませんが……え? もう起きて……え?」


 思ったよりも早く起きたせいで、ちょっと理解が追いついていかない。


 勝手な想像で起きた後はもっと、ぼんやりとしていたり、痛そうだったり、気落ちした感じの反応をすると思っていたのに、まさか怪我をする前より元気になっているとは思わなかった。


 わたしが知らないだけで、負傷ハイというものがあるのかもしれない。痛みがわからないくらいに興奮しているように見えた。


「アリッサは、僕のこと、好きなの?」


 横たわったままなのに詰め寄られている気分になりながら、やや逃げ腰のままはいと小さく返答する。握られた手は引いてみたが、相変わらずびくともしなかった。


「本当に? 脅されて嫌々つき合っていたんじゃなかったの?」


「いくらわたしでも、さすがに嫌々でつき合ったりはしません。その……はじめから、好き、ですよ?」


「それ、ちゃんと恋愛的な意味合いで?」


 急に真顔になった。顔が腫れているせいで凄みが増していてちょっと怖い。


「は、はい。恋愛的な意味で、です」


「ああ、よかったぁ……!」


 満身創痍なのにどこにそんな力があったのか、片腕で思い切り抱きしめられた。直後、ようやくセオ様は痛みを思い出したのか、呻きながらベッドに深く沈んだ。


 黙って成り行きを見守っていた兄様は、すっかり呆れ果てている。


「動くからだ」


 安静にしていれば完治すると聞いていた以上、ここはわたしがしっかりとセオ様に言い聞かせて安静にさせなくてはならない。


「セオ様、めっ!」


「はぁー……。なにそれ、しんどい」


 セオ様が心臓を押さえて悶え苦しみはじめてぎょっとした。


「大丈夫ですか!? 痛みますか? もしかして、動いたせいで骨が折れたんじゃ……」


 兄様に助けを求めると、骨はもう折れているから気にするなという、全然安心できない言葉をもらってしまった。


「放っておけ」


「で、でも」


「セオルド・マクニール」


 兄様がそう呼びかけただけで、セオ様の苦しげな表情が一瞬で消えた。なんか、兄様の言霊に平伏しそうだった。


「なにか言いたいことはあるか?」


 セオ様は一度ぱちりと目を瞬いてから、ゆっくりと上体を起こそうとした。ベッドに戻そうとするわたしを押し留めて、真面目な顔で兄様に向き合った。


「レオナルド・カレン。宣言通り、アリッサはもらいます」


 肩を引き寄せられて、ベッドの縁に浅くかける形で兄様を見上げた。セオ様を見据えていた兄様が、ちらりとこちらへと視線を寄越してからわずかに目を伏せ、そしてすぐにいつも通りの表情でセオ様へと向き直った。


「……いいよね? お義兄さん」


「お義兄さんとは呼ぶな」


「え? じゃあ、お義兄ちゃん?」


 セオ様のおちゃめな冗談に、兄様がものすごく嫌そうに顔を顰めた。


「だから、そういうことではないと」


「お義兄様は嫌だよ?」


「……マクニール、本当に年長者を敬う気持ちがあるのか?」


「いや、年長者って……。たった一日産まれるのが早かったくらいで偉ぶられてもね……?」


「誰が偉ぶった」


「目の前にいる未来の小舅がだけど?」


「……調子に乗るなよ、セオルド・マクニール」


「怪我人相手に説教でもする気か、レオナルド・カレン?」


 わたしは兄様とセオ様の小気味よく飛び交う会話のノリについて行けずに、忙しなく首を動かしてふたりを交互に見やる。兄様の機嫌も低下しているし、セオ様も痛そうに顔を顰めるくらいならその減らず口を閉じて黙っていてほしい。


 それにしても、このふたり……。


「こんな堅物の義兄なんてこっちだって願い下げだけど……アリッサのために、我慢する」


「こっちの台詞だ」


 やっぱりこれって、ケンカするほど仲がいい、というやつなのでは……?


 だめだ、混乱する。さっきから混乱しかしていない。


「あの、つまりどういうことなんですか? わたしとつき合ったのは、なにか目的があってのことなんじゃ……」


「僕がいつそんなことを言った?」


 にっこりと切り返されて、うっ、と言葉に詰まった。


 確かに彼から言われたわけではないし、自分を含めて周りが勝手にそう思っていただけかもしれないけど、代わりに否定もしてくれなかった。誤解するなと言う方が無理な話だ。


「僕が脅してでも手に入れたいと思った子は、アリッサだけだよ」


「そ、そう、ですか……」


 やり方に問題しかないし、この発言を好意として喜んでいいのかもわからない。参考書で言うところの、ヤンデレという解釈でいいのならすんなりと納得できるものの、セオ様は悩むことはあっても病むことはなさそう。


 結局素直に受け止められずに、否定の材料を探してしまう。


「で、でも! ほかに好きな人がいるって、言ってましたよね? ……初恋が叶わないとか、なんとか」


 盗み聞きなのでしどろもどろになるわたしを特に気にした様子もなく、彼は痛々しい顔でほんのりと苦笑した。


「ああ……それね。だってそうだろう? 自分がどうがんばっても絶対に勝てない男の妹なんだから、期待しないよ、普通は」


「嘘……」


「嘘じゃない。嫌われても仕方ないとは思っていたけど、アリッサのことを好きな気持ちだけは、本当だから」


 本当に、叶わない恋の相手が……わたし?


 だけど、わたしと彼がはじめて会ったのは、手を差し伸べてくれたあのときのはずだ。それまで王都に来たこともほとんどないし、彼のような目立つ人と会っていたら、間違いなく印象に残っている。一方的に知られていたとしても、いつ見初められたのか、心当たりがまるでない。


「いつから……?」


「競技会の日。いたよね、観覧席に」


 四年ほど前に兄様の勇姿を観に王都に足を運んだのは事実だが、やはりセオ様と会った記憶はない。もちろん試合は見ていたものの、かなり後方の席で、顔なんてわからないような距離があった。


 どこかですれ違っていたのだとしても、当時のわたしはまだ十三歳。周りの子よりもほんのちょっとだけ発育が遅く、見た目も中身もまだまだ子供だった。


「……」


 おかしい。最有力の兄様への当てつけ説が消えて、ロリコン疑惑だけが残った。


 わたしの考えていることが読めたのか、セオ様が慌てて否定した。


「見かけたのはそのときだけど、自覚したのはまだ最近の話。……腹立たしいことに、きっかけはカレンに指摘されて、だけど」


「兄様に?」


 ちらりと見上げるも、答える気はないのか兄様は視線を逸らしている。


 兄様がセオ様が動くきっかけを与えたということは……。


 それってつまり、はじめから兄様公認だったということで。


 わたしの悩みは全部ただの取り越し苦労で、人の噂はあてにならなくて、セオ様は本当にわたしを好きで、なんなら兄様の探して来た結婚相手ということで……。


 そ、そんな……。


 だったら。


 だったら、もっと素直に恋愛を楽しめたのに!!


 勝手に思い込んだのはわたしだけど、すごく損した気分だ。


 まさか兄様がわたしの結婚相手を探すためにすでに行動していたとは思っていなかった。兄様の行動力を舐めていた。


 忙しいのはわかっているけど、兄様もそういう大事なことはもっとちゃんと教えておいてほしい。気が抜けてベッドに脱力した。


 くいくいっと手を引かれて、ぐったりしたまま顔を起こす。まっすぐこちらを見つめる彼の瞳が少しだけ潤んで見え瞬いた。なんとなく姿勢を正さないといけない気がしてしゃんとした。


「やっと……やっと、きちんと言える。こんな無様な姿でごめんね、アリッサ。だけど、好きなんだ。カレンの妹だからではなくて、アリッサだからだよ。本当に、愛してる。だから――結婚しよう?」


「え……えぇ!?」


 結婚!? って、あの結婚……?


 さっきからとにかく展開が早過ぎてついていけない。


「今すぐしよう。うちの実家に口出しされないようにカレンの名前をちらつかせて取引するから、安心して嫁いでおいで?」


「人の名前を勝手に使うな」


「今ちょっと男としての尊厳を失いかけて弱っているから、いじめないでくれないかな?」


 男としての尊厳……?


 進んで女装していたように見えたが、実は嫌だったのだろうか。セオ様は兄様をきっとにらんでから、わたしへとあざとかわいい上目遣いで縋って来る。


「まさか、断ったり、しないよね?」


 それはあの日とまるで同じ言葉。それでも、痛々しげなその顔で、捨てられそうな仔犬のような目をして請うて来るその姿は全然違って……。


 危うく絆されてうなずきそうになった。


「あの、結婚はまだ早」


「こ、と、わ、ら、な、い、よ、ね?」


 耳元でいたずらっぽくそう囁いたセオ様に、目をぱちくりとさせてから、思わずくすりと笑ってしまった。


 そうやって脅されたのだった。


 なんか懐かしい気もして、ごちゃごちゃと時間をかけて考えたところで、たどり着く結論は結局ひとつだけ。


 だからわたしも、こう答えた。


「あの……はい」


 彼は怪我のせいでぎこちなく、だけどあのときよりもずっとずっと幸せそうに笑った。


「うん。大切にする。……セオルド・マクニールの名にかけて」


 そして血の固まった唇で、ゆっくりとわたしの手にキスを落とした。





アリッサには結局なにも知らされない

だって本人が死亡フラグ回避のためにそう宣言してしまったから

そのあたりはセオとレオは結託している

ケンカするほど仲がいいふたり


次はセオルド視点のエピローグになります


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