表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/36

11

暴力表現があります

ご注意ください




「手を組む?」


 あえて少しだけ興味を引かれたという風に聞き返した。


 騎士団の情報を得るための裏切り者。犯罪者ならば誰だって喉から手が出るほどほしい存在だろう。


 アリッサよりも自分の価値の方が高いことを暗に示すことで、すぐに殺されることだけはどうにか回避した。


 このまま生存率を上げるため、同調して従うように見せかけなくては苦労が台無しになる。せめて逃げる算段がつくまでは……。


 とはいえこんな、下衆どもと嘘でも同類扱いされたくないのが本音だ。


「お互いレオナルド・カレンを陥れたいと思ってるなら、俺たちと利害は一致してるはずだ」


 確かに僕は崇高な人間ではないし、カレンに勝つために汚い手や卑怯な手を使うことも厭わない。


 だがひとつだけ、勝負に際して、これだけは絶対に譲れないという己に課した決め事がある。


 それは、一対一の勝負である、ということ。


 大勢で力を合わせてたったひとりに勝つことに、なんの意味があるのか。


 その前提が崩れてしまえば、それはもはや勝負ではない。


 少なくとも、僕の望む勝ちではない。


 だけどまあ、そんなこと、ほぼ初対面の犯罪者たちにわかるはずもないだろうが。


「……僕に、いかにも悪党な風体のきみたちと手を組めと? 失うものが大き過ぎることくらい、想像がつかないか?」


 含みを込めて慎重に問いかけたが、こちらの意図は伝わらなかったらしい。脅しのためか、首筋にナイフを突きつけられた。冷たい硬質なナイフの側面が、焦ったく首をなぞる。命を握られている事実をわかりやすく突きつけて、こちらの判断力を鈍らせようという魂胆だろう。


「命を失ったら、元も子もないんじゃないのか?」


 ……まったく察しが悪いな。


「ここで命が助かったとしても、どの道、後から騎士団に裁かれる。仲間を売った人間がのうのうと生きていれるほどあまい組織じゃない」


 解雇され放逐されるだけならまだいい方だ。僕は少なからず騎士団の機密に触れているし、近衛として王族の事情に明るい。そんなある意味野放しにしては危険な人間を、国が易々と逃しはしないだろう。口を封じてしまうのが手っ取り早い。


「後ろ盾がない以上、どちらを選んでもあるのは死だけだ」


 ここで嬲られて死ぬか、裏切り者として名を汚して死ぬか。そのどちらかだ。


 つまりだ。


 僕がなにを言いたいのかというと。


「それを打開できるだけの大きな後ろ盾でもあると言うのか?」


「ああ、とっておきのがな」


 侯爵の名はそう簡単に明かさなかったが、貴族との繋がりは認めた。……せっかくだ、もう少し揺さぶりをかけるか。


 瞳を揺らして逡巡する素振りを見せてから、諦めたようにうなだれて首を振った。


「無理だな。うちは公爵家だ。うち以上となると、それこそ王族の後ろ盾でもなければ」


 嘆く僕を前に、男が、男たちが、くくっ、と愉快そうに笑った。


「王族どころか、未来の王様が俺たちの味方だ。……レオナルド・カレンさえ仕留めれられればな」


「……」


 ……あ、うん。未来の王様、ね。うん。


 侯爵ではなく、まさかそっちが出てくると思わなかったから、つい演技も忘れてちょっと素に戻ってしまった。


 もちろん彼らの言う未来の王様が、王太子殿下でないことはわかっている。


 前回同様、残党たちと侯爵が直接やり取りしているとは思えないから、間で両者を繋いでいた者が口を滑らせたか、もしくは誇張して煽ったか、どちらにせよ。よくそんな怪しさしかない口車に乗ったなと、いっそ感心すらしてしまった。


 残念ながら、この国の次期国王は、我らが王太子殿下その人だけだ。


 それ以外は、あり得ない。


 たとえレオナルド・カレンが殉職したところで揺るがない、確固たる事実だった。


 これ以上、彼らから得られるものはないだろう。


 そしてこれ以上、くだらない茶番を続ける意味は、もうなくなった。


 手首の戒めが、タイミングよく、ふつりと効力を失った。


「それを聞いて安心したよ」


 納得したようににっこりと笑ってみせると、気を緩ませた男がナイフを持つ手をわずかに下げた。その一瞬の隙を狙って、その肩口を掴んで一気にこちらへ引き寄せると、鳩尾に渾身の一撃をお見舞いした。


 切っ先がぶれたのか鎖骨のあたりを切り裂いたが、傷口は浅く大したことはなさそうだ。蹲るように嘔吐く男の手からこぼれ落ちたナイフを拾って、深く息を吐きながら立ち上がる。擦れて赤くなった手首をさすりながら、もう片方の手首に巻きついたままだった縄を切って床に捨てた。


「な、いつの間に……!?」


 驚愕する男たちにわざわざ答えを与えはしなかったが、ナイフとは反対の手の中には、不細工な謎のマスコットのついた僕の部屋の合鍵が握られている。アリッサに渡しておいた、あの合鍵だ。


 猫の餌がないか探ったときに見つけていたのだが、こんな形で役に立つとは思わなかった。あの猫には絶対に感謝しないが。


 ボコボコに殴られた今の僕の顔のようなマスコットは心底不気味だったが、僕の渡した合鍵を仕事中も肌身離さず持っていてくれたことにじんわりと胸が温かくなる。


 背後を気にしながら慎重にことを進めていたので時間はかかったが、鍵を駆使して、どうにかきつく縛られた縄の結び目を緩めて手を自由にすることはできた。


 脂汗を滲ませ、鈍痛を宿す腹を抱えながらも立ち上がった男の目は、これまで以上に深い憎悪の色に染まっていた。


「交渉決裂だ。――やれ」


 その命令を受けたひとりの男が軽くうなずく。


 攻撃に備えて身構えた。だが、その男がしたのは、小さな包みを手燭の蝋燭に焚べたことだけだった。


 なにを……?


 困惑していると、焼け焦げた紙の内側からふわりと白い煙が立ち、はっとして鼻と口を覆ったが、初動に遅れたせいか少しだけ吸い込んでしまった。


「騎士団の連中が踏み込んで来たときのために準備しておいた強力な弛緩剤だ。麻酔の効果もある代物で、吸い過ぎると死に至るらしいが……運よく助かるといいな?」


 視界の端で、無情にも窓が閉め切られる。


 僕以外は笑いながら平気そうに息をしているので、仲間を見捨てて逃げた卑怯者の男から事情を聞いた時点で、中和剤でも飲んでいたのだろう。ごみの残骸と一緒に転がるビンを一瞥して、息を止めたまま奥歯をきつく噛み締めた。


 くっ……! 油断していたのはこっちの方だった!


 袖で鼻と口を塞ぐが、それも時間の問題だ。逃げ道はない。


 焦りが呼吸を促しまた焦る。近くにいた大柄の男が動き、一撃目と二撃目はなんとか対応したが、三撃目が防ぎきれずに地面へと押し倒された。


 衝撃と痛みで、思わず息をしてしまった。顔を顰めて相手をにらみつけたが、自分にのしかかるようにしてまたがって来た男を目にして戦慄した。さっき体を触って来ようとしたあの男だった。


 思いがけず優しげに髪を撫でられ、嫌悪と恐怖に震え上がった。


「弛緩剤じゃなくて、媚薬がよかったか?」


 その言葉で、なにをされるのかが確定してしまった。


 いや、待って。


 嘘でしょう?


 体の至るところから、だらだらと変な汗が滲んできた。


 殴る蹴るの暴行をされる覚悟はあった。だけど、そっちの暴行をされる覚悟はできていない。


 当然ながら仲間の行動を止めようとする気配は皆無で、それどころかちょうどいい余興とばかりに囃し立て、にやつきながらこちらを眺めているやつらに殺意を覚えた。


 僕のことを舐めるように、じっとりねっとり、しつこく見つめていた男の顔が、ずいっと間近に迫る。悲鳴を上げそうになりながらも必死に身をよじるも、体格と力の差でびくともしない。こういうとき、いつも悔しい思いをして来たのを思い出して歯噛みする。


 このっ、馬鹿力!


 体の反応が少し鈍って来たが、それでもどうにか一瞬できた隙を狙って、男の顔面に頭突きをお見舞いする。


「ふっざけんなっ、この強姦魔!!」


 がつんっ、と激しく頭蓋と頭蓋がぶつかり、意識が真っ白に染まったが、くらくらしながらも、額を押さえて呻く男を押し退けてなんとか下から這い出した。


 甚だしく自尊心が傷つけられたが、恨み言は後回しだ。今は逃げることだけを優先させる。駆け出そうと踏み出したが、足首になにかが絡みついて来て、驚きに振り返った。


 目にした光景に小さく悲鳴をもらした。頭突きに呻いていた男がよりいっそう爛々とした悍しい形相で、這いつくばったまま僕の足を掴んでいる。


 ぐい、と力の限りで引かれ、咄嗟に腕で庇ったが間に合わず、体の前面から迫り来る地面へと叩きつけられた。


「ぐっ、あ……っ!」


 顔面と胸を強打した痛みを堪えて必死に態勢を立て直そうとするも、足を掴まれたまま男の方へと引きずられ、抵抗するように歯を食いしばって床に爪を立てた。


 もがく僕の背中にのしかかった男が乱れたスカートの裾に手をかけたので、無我夢中で叫んだ。


「待っ、男だって! 男!!」


 一縷の希望に縋ったが、男の手が止まることがなくて軽く絶望した。


 振り向きざまに肘で背後の男の頭を殴りつけ、怯ませることには成功したが……それだけだった。


 カレンなら……カレンだったら、この状況下でも諦めずに戦うのだろう。


 いや、カレンならこんな不利な状況にならないように事前に手を打っておくだろうし、まず男に陵辱されかけたりしないだろう。


 だから僕はあいつの上に行けないんだろうな……。


 そんなことを思って、はぁー……と長く息をついた。


 そして、


 自分の中で、なにかが切れる音を聞いた。



 ――ふざけるなよ!!



 どいつもこいつも自分も、揃いも揃ってカレンカレンカレンって、乙女か!!



 怒りに任せて変態大男の顔面に裏拳をぶち込んで転がしてから、獣のような体勢のまま床を蹴る。


 こっちは腐っても貴族で、騎士だ。多少毒物にも耐性がある。完全に動けなくなるまで、まだ少しだけ時間は残されている。それまでにかたをつける。


 慌てて攻撃に転じて来た男たちを片っ端から転がしていく。普段から訓練で自分よりも体格のいい騎士たちを相手にしているのだ。力で歯が立たないのなら、ほかで対抗するまでだ。相手の勢いを利用して攻撃を躱して床へと叩きつけた。


 剣の方が得意だが、体術に自信がないわけではない。騎士学校時代からずっと、今の今まで、訓練で組む相手がカレンだったせいだ。力で勝てない相手に真正面から力で挑む必要なんてどこにもない。


 頽れた男から手早く武器を奪って、頭上に振り下ろされたナイフを受ける。


 交差した刃が、ぐぐぐ、と自分の方へと近づくのを歯を食いしばって耐えたが、押し負けて踵がじりじり後退していく。


 その間も容赦なく背後から鈍器を振り下ろされて、寸前で躱したが別方向からの攻撃をまともに食らう。


 なんとか体勢を立て直すと、ざっと周囲に視線を巡らせた。


 今は……一対何人? わからない。


 視界がぶれはじめて、敵の数が把握できなくなってきた。めまいでふらつき、かぶりを振る。格段に反応が低下して、五回に一回は攻撃を受けるようになってきた。そろそろ、まずい……。


 ふらついた拍子に、頭上へとナイフの刃が振り下ろされた。身を引いて反応しようとしたが、そこで膝ががくりと落ちる。躱し切れない――。


 深手を負う覚悟をしたときだった。


 カン、と軽い音を立てて、迫っていたナイフが視界から消えた。


 なにが起きた……?


 大きく見開いた瞳で、それを――その男を目にしたら、一事が万事納得がいった。



 ――レオナルド・カレン。



 いつもなら見たらうんざりとするその顔を見て…………やっぱりうんざりした自分に胸を撫で下ろした。


 これで一瞬でもときめきでもしていたら、本気で精神が死んでいた。ただでさえ男に襲われてやわな男心がズタボロなのだ。もう男は勘弁してほしい。


「……カレン、弛緩剤が」


 相変わらず涼しい顔をしたカレンがこちらに一瞥を向けたが、すぐに視線を外して鼻と口元を覆うようにハンカチを頭の後ろで結びながら、率いてきた部下たちによく通る声で指示を出した。


「窓を開け放ち、なるべく鼻と口を覆え! 罪人は捕らえ次第連行せよ!」


 カレンの部下たちが手際よく男たちを捕縛して、屋敷の外へと引きずって行く。


 それを横目に、とうとう足に力が入らなくなった僕は地面に座り込んだ。片膝を立てて顎を乗せる。なにか支えがないと身を起こしているのもつらい。


「……遅い」


 そう憎まれ口を叩いたが、正直、わざわざ出張って来るとは思っていなかった。


 カレンが王太子殿下の命令に背いて独断で駆けつけるはずがないので、この救出劇はあくまでも偶然の産物で、残党を一網打尽にするタイミングとちょうど重なっただけと見るのが正しそうだ。


 だったら、アジトを突き止めようなどと考えず、あの時点で引き返しておけばよかった。


 すべてが無駄な徒労に終わった気分だ。


 骨折れ損過ぎる。


「助けてやっただけ感謝しろ。単独行動は職務規定違反だぞ」


 それは今言わないといけないことなのか?


 頭固過ぎだろう、レオナルド・カレン。


 満身創痍の僕が見えていないのか?


「残念だけど、僕は今、きみの執務室できみの妹と睦み合っている最中だから」


「……今さらそれが通るとでも?」


 まあ、普通に考えて無理だろうな。言ってみただけだ。


 厳罰を食らったら、おそらく王女殿下の近衛は降ろされるだろうが、できれば減給くらいならいいなと思いながら仰向けになると、突き刺すような痛みが走って顔を歪めた。知らない間にどこか骨をやってしまったらしい。弛緩剤のせいか、少し感覚が鈍っていて気づかなかった。


 思った以上に自分の怪我はひどいのかもしれない。なんか意識は朦朧としてきたし、カレンも三重に見える。こんなのが三人もいたら嫌過ぎる。


 ぼんやりとしていると、いきなりカレンの部下たちから頭から水をかけられた。


「ごほっ」


 煙の影響がどこまであるか不明な以上、皮膚から吸収する可能性を鑑みて水で洗い流したのだろうが、わかっていても、一言寄越せよと思う。これではただの水責めの拷問だ。


「……はぁ、ひどっ、……僕、がんばったのになあ……」


 それなのにこれからまだ厳罰が待ち受けているとか、報われなさ過ぎだろう。


 ……まあ、でも。


 アリッサが無事なら、いいか。


「あー……もう、ちょっと無理、かも……。謹んで処分は受けるから、きみの妹を、僕にちょうだい……」


「それは今言わないといけないことか?」


 呆れた顔をするな。それはこっちの台詞だ。


「アリッサをくれるまで……顔を合わせるたびに、言い続けてやる……」


 そうすればそのうち折れるだろう。


「……勝手にしろと言っただろう」


 思いがけない切り返しに、水浸しの情けない顔で瞠目した。


 そんなこと言われたかと思い返して、思い当たる節がひとつあった。カレンと言い争う演技をしたときのことだ。


 あのときの、あの一言は、演技ではなくカレンなりの了承だった……?


 あれが、妹に近づいてもいい、口説いてもいいという、遠回しな許可……?


 本当にわかりにくいやつだ。


 だけどちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、見直してやってもいい。


「お義兄さん……」


「まだ義兄じゃない。妹の気持ち次第だ」


 一刀両断されて、それもそうかと浮かれた気分が萎んでいく。意識もゆっくりと水底へと向かって沈んでいく。ちょっと目も霞む……。


「あ……そういえば、殿下は」


 まさか殿下の護衛を放り出して来たわけではないだろう。


 するとカレンの側にいた小柄な騎士がずいっと前に出て来て、怪訝に思っていると、かぶっていた制帽のつばをちょんっと持ち上げ顔を見せた。


 それはどこから見ても王太子殿下その人で。


「来ちゃいました」


 いや、来ちゃったって。


 突然思い立って彼氏の家に遊びに来た彼女みたいな軽い台詞に、とうとう本格的に意識が遠ざかりはじめた。薬が効いて来たのか、怪我の影響か、今さら寝不足の延長か、もう指一本動かせない。


 あ、……もう、だめかも。


 あの薬、吸い過ぎたら死ぬって言っていたし。


 こんな場面でも、このまま死ぬのかというやるせなさよりも、放置して来たアリッサは大丈夫だろうかということが気がかりだった。


 最後の最後まで自分らしくて、いっそ清々しい。


 まぶたがふっと落ちて、最後に目を見張るカレンと王太子殿下の姿が見えた気がしたが、それが夢か現か判然としないまま、僕の意識は暗転した。





ヒーローは遅れて登場する

ヒーローとヒロインのかけ持ちのセオルド・マクニール


次はアリッサ視点に戻ります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ