第5話 密航少女、温泉で悶える羽目になる
ここは崖にできた、階段状の露天風呂の一番上。
下の段の温泉では、原住民の少女たちが入浴していた。
『神様だ……。神様がいらっしゃった!』
そんな彼女らが俺に気づいた。そのまま女湯のあちこちから駆け寄ってくる。誰も何も隠さずに、褐色肌の生まれたままの姿で距離を詰めて来ているのだ。アイツらがここまで来るには、少しだけ時間がかかるだろうが。
「おい、アイツら何て言ってんだよ」
言葉の意味はわからずとも、その態度が好意的なものであることは伝わったはずだ。女の園に男が侵入したにも関わらず好意的。その異様さに気づいているのだろう。
眼下に広がる光景への嫌悪を隠さずに、ドン引きした表情でガキは俺に尋ねた。
「神様、と連呼しているな。この島の伝承に曰く、かつてこの村に神様がやって来た。海底火山が生み出す高温の激流を、たやすく超える竜の船と共に。来訪した神は、当時の村人に熱林で暮らせる知恵を与え、訪れる度に大いなる恵みをもたらした。
故にもてなすがよい。来訪した神に捧げたならば、石ころ一つが宝石になる。草束一つが家畜になる。何度でも来たいと思ってもらえるよう、盛大にその来訪を祝え。子々孫々に――と」
「つまり、偶々この島には外から来た奴を神様扱いする伝承があって、アンタらはそれに乗っかってるわけ!? それで、こんな、神を詐称して、あたしと同い年くらいの奴らからモテモテ? ……気ッ色悪っ!」
(うーん、僕らへの好感度がゴリゴリ削れていくね)
しょーがねーわな、こんなもん嫌いなやつは嫌いに決まってんだ。
けど、これだけは言わせてくれ。
「おいガキ。まずは――、俺に助けてもらったお礼からじゃないか?」
俺らがやっていることを肯定しろとは言わん。色々と利用しているのは間違いないからな。ただそれはそれとして、葉っぱを落としたお前のミスをフォローしてやったのは俺なんだぜ? そこんところを忘れてほしくはない。
おかげで全身アリに集られるわ、頭からヒルが振ってくるわ、蜂に追いかけられるわな散々な目にあったんだからな。
「う、そのあたりは、まぁ……悪かったよ。虫の被害があんなにひどいとは思わなかったんだ」
「まったく、もうちょい俺も詳細に説明しときゃよかったぜ。猛獣一匹より、小さい虫がわんさかいるほうが恐ろしい。そんなこと冒険してれば当たり前なんだが、お前みたいな町娘は知らなかったか」
ずっとガキを持ち上げたまま、立ち泳ぎを続けるのはキツイ。よって俺たちは温泉の岸に上がった。そして、今のうちにやるべきことをやっておくことにする。
「じゃあ、やっぱり悪いのはアンタ――って、なんで脱ぎだしてんだよっ!!」
「アリに集られたせいで全身がかゆいんだよ。正直もう我慢できねぇ」
俺は、お湯で濡れた服を脱ぎ捨てる。
そして同時に、ガキに見せつけるように、脱いだ船長服を適当に温泉でじゃぶじゃぶした。それだけで湯の成分にやられた毒アリ共が、わんさか服から浮いてきた。
「うわっ! キショッッ! やめろ、あたしまでかゆくなってくる!」
「いや、なってくるんじゃなくて、気づいてないだけで既にお前はかゆいはずなんだよ。特にお前は全身を噛まれてるからな。そろそろアリの毒が、猛烈なかゆみをもたらすはずだ」
「え、あ――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!?!? がゆいがゆいがゆいィィッッ!! か゛ゆ゛い゛よ゛お゛ぉぉぉぉ!!!???」
今までは追いかけっこからの温泉ダイブという、緊迫した状況が続いていた。つまり、他に集中すべきことがあった。
しかしこうして温泉に入っている以上、心身ともに余裕は取り戻される。それはつまり、肌のかゆみを意識できてしまうということだ。
「だじゅっ!? だじゅげっ、だじゅげでぇぇぇぇぇッッッ!!!??」
だが、流石にこれは反応が大げさすぎやしないか?
服の上から全身を掻きむしる様子は、服を全て引きちぎる勢いだ。
というか、服の上からの刺激ではかゆみが収まらないのか、実際に服を全部脱ぎ捨ててしまった。俺に対する羞恥心も嫌悪感も忘れて、真っ裸のガキが温泉の岸で悶ている。
掻きむしるだけでは足りないのか、温泉の岩盤にまで肌をこすり付け始めていた。
「おいおい何だこりゃ、コイツは流石にヤベーだろ!」
(まさかアレルギーか!?)
「何だそりゃ」
(彼女はアリの毒にかぶれやすい体質なのかもしれない。とにかく取り押さえるんだ、このままだと全身傷だらけだ!)
そいつはマズイな、コイツは大して清潔じゃないんだ。肌は汗や泥で汚れてるし、爪の手入れもできてない。こんな状態で全身血が出る勢いでかきむしったら、最悪変な病気になるぞ。
「よっしゃ、助けてやるからな!」
「あ゛あ゛あ゛ッッ!! なんで取り押さえるんだよ゛゛ッッ!!」
とりあえず腕を掴んで固定した。アリに噛まれた跡が、赤い発疹としてガキの全身に広がっている。かきむしられたその肌からは、一部出血が見られている。
「おい、こっからどうすりゃいい!」
(温泉のお湯でアリの毒を洗い流すんだ。多少しみるとは思うけど、念入りに隅々まで洗えば、今ならまだ洗い流せるはず!)
「よっしゃ、じゃあそうするか!」
もうひとりの俺の説明を聞きながら、俺はガキを温泉へと放り込んだ。そのまま一緒に入って全身を洗ってやる。そんな俺に対し、もう一人の俺から説明があった。
(毒アリの毒の正体は、アリの胃液だ。アゴと牙が発達しているこの島のアリは、外敵に対抗する際に噛み付き、傷口に胃液を流し込む。この激痛によって、おそらく捕食者を遠ざけているのだろう。
そして胃液であるため、アリが食べていた内容物まで一緒に注入される。つまり、アリが食べたものがお腹の中でどろどろに溶かされたものだ。当然、雑菌まみれで綺麗なはずがない。この汚さに人体の免疫が抗おうとする結果、猛烈なかゆみを伴うのだろう。
対して、この島の温泉は火山灰の層でろ過された綺麗な水。そのため弱アルカリであり、熱と温泉の成分のため殺菌もされている。アリの胃液毒を洗い流すのにはピッタリだ)
どうやら、そんな感じらしい。
正直、ガキの全身を洗うのに集中していたから、半分くらいは聞き流してる。
あとで改めて教えてもらおう。
「ヒッ、はっ、ハ――っ……」
「よーし、だんだん落ち着いてきたな」
猛烈なかゆみのせいで前後不覚だったガキに、温泉が効いてきた。
しばらくすると、ぜぇぜぇと方で息をしながらも、呼吸が安定して来ている。
『あの、神様……?』
『その子はどなたですか?』
入浴中だった、一糸まとわぬ少女たち。褐色肌の彼女らが俺のところに辿り着いたのは、それぐらいの時だった。
「ちょうどいい。俺たちの服の洗濯と、毒アリに噛まれた時用のぬり薬を頼む」
☆☆☆☆☆
「おぎゅっ、ふぎゅっ、くふぅぅ……」
そして、温泉の熱気が立ち込める中、密航者のガキの声が艶っぽく響き始めた。
赤い発疹が出来てしまったアリに噛まれた箇所に、この村秘伝の虫刺されの薬が塗られていくからだ。
服を脱ぎ捨てた姿のまま、同じく服を来ていない褐色肌の少女たちに、暴れないよう取り押さえられて薬を塗られている。
噛まれた箇所が全身に広がっているため、ふとももの内側、脇の中、薄い胸りなど、そうそう他人に触れられない場所を触られまくっている。
「んぐ、ンぐぅぅぅ!?!?」
『はーい、暴れちゃダーメ』
『すぐ終わりまちゅからねー』
「せっ、せめて足、閉じさせ――」
『こーら、大事なところに薬が塗れないでしょー』
『だいじょーぶ。太ももの付け根、おしりの割れ目の内側。アリに噛まれた場所は、一つたりとも見逃なさいからねー』
言葉が通じないため、密航者のガキの苦情は少女たちに届かなかった。
まるで我がままな幼児をあやすかのように、手慣れた動きで薬が塗られていく。実際、手慣れているのだろう。
子どもたちが気軽に森に入り、アリに噛まれて帰ってくる。それもまた、この村の風物詩だと聞いた。つまり、それだけありふれたことなのだ。
『神様、だいじょうぶですか? かゆいところはありませんか?』
『ああ、大丈夫だよ、ありがとう』
そして、かくいう俺も同じ目にあっていた。
少女たちに囲まれ、あちこちから伸びる手に薬を塗られていく。
距離感がだいぶ近く、柔らかい褐色肌が度々触れてくる。
……何でこんな事になってるんだ?
(まさか薬をお願いしたら、浴場から出る前に塗りに来るとはね)
そう、俺は少女たちにアリ毒用のぬり薬を頼んだ。常備してあるのか、ぬり薬はすぐに届けられた。そして天然の露天風呂にいる俺たちを取り囲み、ここから出すことなく湯気の中で薬を塗り始めたのだ。
『なんでこのまま薬を塗ってんだ。汗と湯気で意味ないんじゃないか』
『いえいえ、むしろ汗と湯気で毒を落としながら、揉み込むように薬を塗る。これが一番早く治りますから』
『だいじょうぶ、全部だいじょうぶですから。神様たちはぜーんぶ、私達に任せてください』
と、何やらそれっぽいことを言っているが、何人かはわざと俺に体を押し付けている。明らかに狙ってやっている様子だった。
『なぁ、お前ら、役得とか思ってないか?』
『うふふ♡』
『えへへ♡』
『おほほ♡』
誰も、何も否定しなかった。