友達の家
「それでは以上で打ち合わせは終了とする」
オルドラ父上の厳かな声で会議は終了となった。時間にして45分ほど。編成部隊の数、質から魔主の情報まで詳細を聞いたあと会議室を後にする。・・・あぁ、3日後かぁ。
・・・ちなみに父さんはこの後村長とカイン団長と何やら話があるみたいで、会議室に残っていた。・・・チラっと聞いたら奥さんの悩みやら、子育ての悩みやら、亭主にとってある意味魔主狩りよりも重要な会議の始まりらしい。
「聞いてくれ、カインよ。最近カグラが私の服と一緒に自分の服を洗わないでとか・・・」
「そ、それは・・・。私の家の長女はまだ6歳なのでそう言ったことはないですが・・・妻の出費がすごくて・・・特にコスメ関係・・・。そのくせ私のお小遣いが全然・・・くそう」
「ほっほ。オルドラ様。娘とはそういうものですじゃ。遺伝子上、娘が自立をしていく上での重要なプロセス。逆に成長を喜ぶぐらいの器量を持つとよろしい。カイン様、お小遣いはその買っているお化粧を褒めつつ、値上げ交渉をしてみてはいかがかな?」
「「そ、村長っ!!」」
何やら村長に向けて神様をみるような視線を送る二人。・・・うん、家族を持つって大変なんだなぁ。
♢♢♢
二人が村長に尊敬の眼差しを向けている間に役場を出た。向かうは午後にアポを取っていた友達の家だ。テクテクとのんびり中央十字路まで戻ってきたので、南に下り、市場を少しひやかしていく。魔物が出た直後とあってか、露店には先程までの人集りは無かった。
さて。母さんのクッキーは持ってきているが、お茶請けにもう一種くらい欲しい。サクサクの甘いお菓子の他にちょっと塩気のあるものがあればサイコーだ。食感はカリカリとしていれば尚いい。
そんなことを思いつつ、いつも贔屓にしている緑色の屋根のお菓子が売っている露店に顔を見せた。
「こんにちはゼホさん。儲かってる?」
「お、坊ちゃん!らっしゃい!今日は村に来る日と聞いていたからね!来るとは思っていたよ」
ガハハと豪快に笑う40代の髭もじゃのおっさん。いつみてもお菓子職人とは思えない。その風貌は盗賊あたりのソレだ。ぼちぼちですなぁ、なんてお決まりの文句を聞きつつ本題に入った。
「んで、坊っちゃん。今日は何が欲しいんだ?」
「なんか塩気があって、カリカリとした食感があるものがいいんだけど・・・なんかあるかな?」
「また曖昧だな、おい」
ですよねー。自分でもそう思う。ただそう苦笑しつつも、おっちゃんはなんかあったかなーと店に並んでいるお菓子を物色してくれる。うん、実にいい人である。・・・見た目と違って。
「・・・お、じゃあこれなんかどうだい?なんでもポテトチップスとかいうものなんだが」
そう言って店主は瓶詰めになっている沢山の薄い楕円形のお菓子を取り出す。一口大で食べやすそうではあるが初めてみるな。
「へぇ。これなんなの?」
「芋さ。それを薄くスライスして、油で揚げたんだ。塩も振ってあるから塩気とパリッとした食感が楽しめるんだ。なんなら味見してから決めてもいいぜ?」
そう言って瓶から1枚取り出す店主。ニカっと笑って差し出すその表情はイタズラをする子供のようだ。
「それじゃ、遠慮なく」
手にとって食べてみる。・・・おお!口の中でパリパリと音を立てて砕けて面白いな。塩加減もちょうど良く、味は誇張しすぎない。俺が今求めていたお茶請けにぴったりだ!
「これいいね!なんていうか手軽に楽しめる感じ!!その瓶ごとに売っているの?」
「おうとも。瓶一つで250ウェンだ。買うかい?」
「うん、是非!!今日は一つだけ貰うよ!!屋敷にも欲しいから、近々まとめて購入してもいいかな?」
「毎度!!もちろんだとも!!いやー坊ちゃんはやはりお目が高いぜ。領主様の所で人気が出れば、そこから下々にも流行が流れてくるからな!!今から大量に発注依頼しとかなきゃなぁ」
お金のやり取りをしつつ、気になるセリフを拾う。
「発注って、おっちゃんのトコの手作りじゃないんだ?これ」
「まーな。作り方も単純だし、出来なくはなさそうだけどよ。取引先がいるんだよ」
・・・・。なんかピンと来た。こういうやり取りが以前にもあったのだ。クッキー、シチューと言った食べ物から将棋、スケボーと言った遊び道具まで多岐に渡り、変わったものを問答無用で世の中にぶち込んでは流行らせた事例が・・・。
「へぇ、そうなのか・・・所でその発注先って」
「ガハハ、いくら坊ちゃんでもそれは教えられねぇぜ!アイツ風に言や企業秘密ってやつだ」
「キギョウヒミツ?」
ますますだ。そんな妙な単語を使うやつは今の所そいつしか思い当たらない・・・。
「━━おい、店主。その必要はないぞ。そいつは俺の友人だ。今日ポテチがお茶請けに出されればその話はするだろうからな」
ふと背後から声をかけられた。聞き覚えがある声だなぁと振り返ってみれば、そこにはやはり。灰色の髪に白い一張羅。この世全てが気にいらないという感じの不機嫌そうな目つきをしている俺より4つ上の男の子が立っていた。
「久しぶり、ジャイル」
テキトーに挨拶をしてみる。眉間に皺を寄せた少年はさらに深く眉毛を上げて応えた。
「フン、考えることは同じか。やはりクッキー、お茶とくれば3つ目のお茶請けが欲しくなるわな」
そだねーと言いつつもレターバードを送った主である友人ジャイルに手を振った。
♢♢♢
中央十字路から西側に向かうと、直径1、2キロ程のちょっとした林がある。そこを抜ければ村の子供たちがよく水遊びをしている川にたどり着いた。今日も何人か川釣りを楽しんでいるようだ。どんな魚が釣れるのか気になりつつ、川に掛かる橋を渡り終えた。
そして300メートル程歩いた先にポツンと建っている二階建てのガラクタ屋敷・・・もとい、家にたどり着く。ジャイルの家だ。
一人暮らしのジャイルにとって二階建てのその家は大きすぎると思うのだが、本人には小さすぎるらしい。何せ至る所に何かよくわからないものが散乱しているのだ。一見するとゴミ屋敷なのだが全て発明に必要不可欠のものらしい。
「ほう。貴様、魔主狩りのメインをやるのか」
「まーね。気は進まないけどね」
大体10畳くらいのリビングで母さんの手作りクッキーとポテトチップスを広げて、お茶を啜る。部屋の中はあまり掃除が行き届いてはいなかったが・・・うん、いいお茶だ。どうやらいいお茶が飲みたいという俺のリクエストにはしっかり応えてくれたらしい。不機嫌そうに見えて、案外世話焼きな所は相変わらずらしい。
「しっかし、また変なガラクタが増えたね、この家も」
「ガラクタではない。実験から生まれた貴重な成功のもとだ」
・・・つまり失敗作だ。この家はリビングこそそこまで散らかってはいないが、それ以外の部屋はありとあらゆる場所に色んな意味のわからないものが散乱している。・・・うん、踏んだら痛そうだ。
「これでも片付けた方なんだがな」
ボソリとジャイルが呟く。・・・どうやら俺がくるので少し整理したらしい。もしかしたら普段はリビングまで散乱地域が広がっているのかも。
「まぁ、ジャイルの発明は俺たちも恩恵を受けているからね。文句はないですよ」
ジャイルの発明品は多岐に渡る。ポテチのようなお菓子から、おもちゃ、生活用品、インテリアに至るまで、次々と世に出しては物議を醸し出しているのだ。特にコンロと冷蔵庫の発明は貴族から平民に至るまで料理の利便性を広げた逸品で、革命と言っても過言ではないだろう。
「フン。これらは発明ではない。俺の元いた世界のものを試行錯誤してなんとか再現しているに過ぎん」
そっかとポテチをポリポリ食べながら適当に流す。不機嫌そうに言うこのセリフは何度もジャイルの口から聞いた言葉だ。
「最も、動力を魔石から取っている時点で元々の世界とは根本が異なるがな・・・」
「魔力が無い世界なんでしょ?何度聞いても不便そうな世界だよね。・・・でもこんな美味しいものがいっぱい食べられるなら行ってみたいわ。ジャイルの故郷」
「魔力が無い世界だからこそ、科学という文明が発達して逆に便利な世の中なんだがな。・・・しかし、こんな戯言を信じるとは相変わらず変なヤツだ」
普通は信じないぞ、と目を向けられる。・・・そんな事実が多々あったのだろう。
俺はそうかな?と疑問に思いつつも今度はクッキーを頬張る。なんとなくジャイルの話はしっくり来るから疑ってないだけなんだけど。別に違った所でこちらに害はないし。・・・うん、クッキーもうまいな。
「・・・所で話は戻るが。今回の魔主はどの魔物か分かっているのか?」
「えー、と。情報によるとグレイアンクルフだった。アイアンクルフの上位個体」
「ほう。グレイアン・・・確か、中級下位の魔物だな。魔力量が少ない貴様には荷が重いんじゃないか?」
さすがは我が友。非常に遠慮なき物言いである。・・・その事実に俺は机に突っ伏した。
「そうなんだよー。最近全然魔力量が伸びなくて・・・。姉さんが10歳くらいの時はこの3倍強はあったんだよ?すっごい理不尽じゃない?」
「門外漢である俺にはよく分からん。だが訓練である程度伸びるとはいえ、生涯の魔力量は結局身長みたいに個体によるらしいからな。仕方あるまい」
ジャイルの指摘は正しい。カイン団長が精悍な魔力を帯びてきたとは言ってくれていたが、俺は貴族の元に生まれ、魔導訓練も受けている身の割には魔力量が少ない・・・と言うのは悩みの種だった。
「ジャイル、魔力がパパッと多くなる発明品は無いの?」
「アホか、そんなもの開発したらそれこそノーベル賞クラスだろう」
「ノーベル?」
「・・・なんでもない。とにかくこればかりはどうしようもないという話だ」
ですよねーと大して期待せずに会話を切る。お茶をもう一杯お代わりを頼もうとしたその時にドンドンと乱暴に玄関のドアが叩かれた。
「ほわっ!?」
・・・突然の出来事にビクッってなっちゃったじゃないか・・・。
「おい、ジャイル!いるんだろ!?出てこいやぁ!!」
ドンドンドンッ!!
外から喧しい声。ドアを叩く音はもう一段階大きくなっていた。
「騒がしいなぁ。・・・誰?」
せっかくのお茶がまずくなる。ジャイルの方を伺うと、眉毛の皺がよりっそう深くなっていた。
「国のお役所連中の下っ端だろう。大方俺の発明品関連だろうが・・・」
仕方なくジャイルは玄関へと向かった。・・・ふーん。領主の息子として、一応話は聞いておくか。気は進まないが、俺もジャイルへと続いて招かれざる客を迎えに行った。
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